「…ふ…ぅ、ん…っ」

 目を閉じたギンコの顔を見た途端、理性などは、何処か部屋の隅へと転げて消えていた。触れた唇は渇いていて温かく、荒く重ねられて吸われても、抵抗など一つもしない。

 ただ、喉の奥から零れた嗚咽が、跳ね上がるように震えた。

 いつのまにか、互いに床に膝を付いた恰好で、ギンコは化野の背中に腕を回している。化野は片腕で支えるように彼を抱いたまま、ギンコの髪を鷲掴むように、なお深く唇を重ねていく。

 渇いていたギンコの唇は、今は渇いたままではなかった。口の端から、一滴の唾液が零れて、息遣いは酷く浅く速く。

 もはや、唇を重ねられるだけではなく、舌で口を埋められて、己の舌を貪り喰われてしまうような恐怖が、ギンコの胸の奥に湧き上がる。

   …怖い。

 そう、ギンコは心のどこかで思っていたのだ。
 こんなに溺れて、引き寄せられて、二つを一つに溶かしてしまうような思いをさせられて。お前まるで、何かを得たように、錯覚しかけているだろう。

 自分を誰だと思ってるんだ。
 
 一つところに留まれぬ
 不具な生しか持たぬくせ…こんな…


 
「…ギ、ギンコ…? すまん…。そんな、嫌だったか…」

 気付けば唇は解けていて、化野の心配そうな顔が、間近から彼を見つめていた。温かな手が、そっと両肩に掛けられて、労わるように体を支えてくれている。

 化野はおずおずと手を伸ばし、ギンコの頬の雫を、指で静かに吹いてくれた。自分が涙を流していたことを、それで初めて気付いたギンコが、どうしていいか判らずに身を捩ると、すぐ傍らの障子に強く肩がぶつかる。

「あ、嫌ならすぐ離れるから、な? まずはあっちの布団に連れて行かせてくれ。横になって休め。その…もう、しないから……」

 やっぱり困ったような顔をして、酷く落胆した目をして、それでも化野は安心させるように頬笑む。そんな彼に庇われて、新しく敷いた布団に行き、重病人のように扱われてギンコは布団に座らされ…。

 そうして傍を離れようとする化野に、彼はぽつりと言ったのだ。

「…化野」

 いいだろう…。
 だって、今しかないかもしれないんだから。
 今だけなら、このくらい許されるだろう。

 傍にある温もりを引き寄せて、冷えた体を温めるのは、別に悪いことじゃない。生きていく為に、どんな生き物だってしているのだから、俺にだけそれが許されないなんて、きっと、誰も言わない。

「…この体、お前に…やるよ」
「か、からかってんじゃ…」
「こんな恥ずかしい冗談、誰が言うんだ」

 ふい、と逸らされた顔が、見る間に赤く染まって行く。化野は布団の上に膝を付いて、傍からじっとギンコを見た。その銀色の髪に翡翠の瞳、着物を羽織っただけの彼の、開いた胸元の、抜けるような白い素肌…。

「俺はこんな身の上で、すぐ行かなきゃならないから、今だけ、だけどな。それでいいなら…やる」
「…ギンコ」
「脱げばいいのか、さっきみたいに」

 するり、と無造作に着物を肩から滑り落として、ギンコは裸の体を化野の視線にさらした。ついさっきまで、ずっと見ていた体なのに、まるで初めて見るような心地がした。

 なんと言ったらいいのだろう。まるで、やっと明けかけた空の色のように、白い肌に上気した桃色がほんのりと浮かび上がって、夢でも見ているように綺麗だった。その明け空のような清らかな胸に、小さな華の咲くように、二つの紅い華。

 ごくりと、息を飲んで、それから化野はギンコに触れた。本当にいいのか、と、無意識に何度も彼は聞いて、そのたびにギンコは繰り返し頷いて短く返事をする。

 いい
 構わない
 ああ…

 幾度めかに返事をする、その瞬間に胸の華に触れられて、ギンコは上擦った喘ぎを零した。

「いいのか…って、お前もう、してる…だろっ。ぁ、んふぅ…っ」

 布団に押し倒された裸の体が、美しい弧を描いて反って、同じ瞬間に銀の髪が振り乱される。下肢に纏いつく着物を、化野はもどかしげに取り払って、隠すもののないその様を貪るように見つめた。

 どうしてこんなにまで欲しいのか、考えてみれば、答えなど知らない。銀の毛並みをした、碧の瞳の、珍しい生き物を愛でる…そんな気持ちじゃないことは確かだ。もしそうであるならば、こんなに切ない筈はない。

 最初に出会って、それから欲しいと自覚した瞬間の事を、化野は快楽の海の中で思い出そうとしたけれど、そんなことは出来なかった。目の前の存在が、あざやか過ぎて、とても別の事など考えてはいられない。

 両腕を布団の上に押さえつけて、もがいているギンコの胸の上に、化野はゆっくりと顔を寄せた。その華を摘むように、唇で触れて舌で愛撫すると、信じられないような艶っぽい声で、ギンコは鳴いた。

「ぁ、んんぅ…あぁッ…」

 化野の体の下で、あらわなギンコの脚が揺るくもがいて、膝で彼の脇腹を撫でてくる。その片膝を、片腕で押さえて抱え込み、逃げられないようにしてから、そこにゆっくりと手を伸ばす。

 まるで酷い意地悪のように、胸元から手を下へ、じっくりと愛撫しながら這わせ、臍の窪みを通って、そのまま脚の間へと。

 何をされるか判って、ギンコは酷くもがいた。けれど、しっかりと片脚を押さえつけられ、のしかかられた格好では、残る片脚でもがいても、より一層、体が開いてしまうだけだった。

「ひ…ぅ!」

 化野の熱い手に、根元からゆっくりと包み込まれて、それだけのことで、ギンコの意識が、一瞬どこか知らない場所へ飛ぶ。

「は…あ、ああ、ぁ」

 上擦ったままに、ギンコの濡れた唇から零れる嗚咽。化野は腹に弾けた熱い液の一滴ずつを、生々しく感じながら、放った瞬間のギンコの顔を見つめていた。

「大丈夫か…? 急ぎ過ぎてるか、俺。すまんな…」

 そうして優しく詫びながら、この先も手加減など出来そうもなく、真っ赤になって逸らされるギンコの頬に、その頬を伝う涙に、化野は唇を寄せるのだった。


 
                                        続










 どーしたどーしたどーしたぁぁぁ。書こうとしたのと全然違うぞ、惑い星よ! またもギンコさんと先生に引きずられて、気付いた時にはこんなんなってました。ちょっと真面目、な、感じデスよね?

 でもでも、どーです、皆さん、予測としては。このまんま本番いきますよね、これ? ってゆーか、もう本番以外の事は、殆ど全部してるだろう、あんたたち。あーしてこーして、こんなことまで////。

 でもま、やっぱり本番は、気持ちの上で違いますか? だけどさ、お互いの気持ちを彼らがちゃんと判りあうかって意味では、まだあやしいなーって、私は思うのでありますよ。

 そんなこんなで、華蜻蛉十一、お届けですv


07/04/01





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