誘い叶う  … イザナイカナウ ・ 5 …




 暗がりで、ぼんやりと目が覚めた。まだ夜明け前だということだけ判って、うっすら開いた瞳を、ギンコはもう一度閉じようとする。

 けれど、温もりのたまった肌が徐々に冷えていくような、そんな不安定さを感じて、閉じかけた目を彼はもう一度開いた。視界には枕の端、敷布団、畳、半分開いた襖、その向こうの部屋、そこにいる人影。

 …あだしの…? 何か見てるのか…。
 ……俺のやった土産もの、か…?

 小さなランプを灯して、その傍で手のひらの上にのせてあるものを、化野はじっと見つめているのだ。遠いし暗いしで、よくは見えなかったけれど、楽しげにしているその様子だけはなんとなく判る。

 土産話に土産もの。妙なものばかり好んでいる化野のことを、もうギンコはよく知っていた。だからこそ、宿代代わりに、あれを持ってきたのだし、喜ぶ姿を見て和みもしたのだ。

 …そうか、気に入って、くれたのか。
 それならいい、よかった…。

 けれども、どうしてだろう、胸に何か、冷たいものが零れるような心地がした。

 強い睡魔がギンコに押し寄せてくる。疲れた体で喘がされ、畳の上でイかされて、その後どうしたのかは覚えが無い。でもギンコは今、ちゃんと布団の中に居る。疲れた体を包んでくれる、柔らかで温かい布団の中に。

 …あぁ、明日、どんな顔してあいつを見りゃいいのかな。

 寝入ってしまいながら、ギンコはそう思っていたのだった。

 *** *** ***


 鳥の声を聞いて、ギンコは目を覚ました。今度は朝だ。まだ閉じている瞼に、明け切った朝の光を感じる。ゆっくりと目を開いて、ギンコは一瞬、自分が何を見ているのかよく判らなかった。

 視野いっぱいに見えるのは、化野の顔。しかも寝顔ではない。

「…あ…っ」
「おはよう」

 真っ直ぐにギンコを見て、化野はそう言った。同じ布団にくるまって、瞬きの音さえ聞こえそうに間近で、彼はギンコの顔を凝視しているのだ。

「よく眠れたか?」

 起き上がる様子もなく、化野はギンコを見つめている。ギンコは動揺して、すぐに起き上がろうとするのだが、途端に、自分の腰に、化野の片腕が回されているのに気付く。

 素肌にじかに、だ。膝もわずかに触れている。

「な…っ、な…」
「…落ち着け。もう少しそのままでいろ。あとちょっとしたら俺は起きて、朝餉を作るが、お前はまだ横になってろよ」

 身じろげば腰に回された化野の手に、軽く力が篭る。触れられない場所へ逃げることも、見られないところに逃げることも、その腕一つで封じられ、ギンコは、せめても…と、両目を閉じた。

 そうやって彼が目を閉じると、化野はそろりと手を伸ばし、ギンコの髪に触れてくるのだ。枕や敷布団の上に乱れた白い髪を、指先で弄ぶようにして撫でる。

 そうされている事を、目を閉じたままで感じていたら、やがては顎に指先が届いてきた。ねだるように、化野は言う。

「目ぇ、開けて、見せてくれ」
「…目…?」
「そう。お前の、その綺麗な…」

 こんな目の前から見つめられるのかと、ギンコの心が怖気づく。無言の抵抗で黙っていたら、化野の片手が小さく動いた。腰に回されたままの手の指先が、するり…と。

 素肌を愛撫するようなその動きに、ギンコは追い詰められて目を開く。化野は最初と同じに、じっとギンコの顔を、その開かれた瞳を凝視してきた。

「上等の、翡翠みたいだな。いや、そんなものよりも、もっと綺麗だ。なんて美しい色だろう」
「……っ…」

 うっとりと、見惚れるように見つめられて、ギンコは酷く落ち着かない。

「…へ、変なこと言うな」
「変? 何がだ。綺麗だから綺麗だと言った。この髪だって、目だって、凄く綺麗だ。だから最初にお前を見た時、あんまり珍しくて、正直、目が釘付けなったぞ。滅多にないだろ、こんな色」

 ギクリと、した。

 昨日の心の痛みを思い出した。早朝の胸の冷たさを思い出した。途端に化野の温もりが痛くて、強引に寝返りを打って背中を向ける。

 ギンコが布団を引っ張って後ろを向くと、化野はそこにいるままで、彼に掛布団を奪われて、おいおい…などと笑っていた。

「布団、独り占めするなよ、ギンコ」
「…すまん、朝は何もいらない。もう少し寝たいから、一人にしといてくれ。ほんとに…悪いと思ってるから」

 仕方なく、化野は起き上がる。そうして彼は、布団の隅の方へ寝返り打ったギンコの体へと、両腕を伸ばした。掛布団の上からなんとか抱えて、よいしょ、などと掛け声をかけながら、ちゃんと真ん中に横になれるように、彼の体を引っ張り寄せる。

 布団の中でギンコは固く体を強張らせていた。何も言わず、布団の顔を埋めて、ただその身を丸めてしまっている。

「そうか? まぁ、軽くなんか用意しとくよ、腹が減ってきたら食べるといい」

 昨日、いきなりあんなことされて拗ねたのかなと、それだけ思って傍を離れた化野は、その時は少し浮かれていたのかもしれなかった。

 ギンコの傍を離れて隣の部屋へ行き、夜明け前にも見ていた土産ものを、化野はまた手のひらにのせて眺める。外側は木、内側は美しい色をした鉱石。

 綺麗で魅力的だが、それよりも、ギンコが自分の為にと思って、これを持ってきてくれたことが嬉しい。別に探し回ったわけじゃないかもしれないし、ただ偶然手に入ったものを持ってきただけかもしれないが、それでも自分に、と決めて、携えてきてくれたから。

 大事そうに手のひらにのせ、もう一方の手の指で撫でて見ているうちに、少し妙な気分になってきた。

「…まずい……」

 化野は困ったように呟いた。

…そもそもこの石だか木だかの真ん中のところ、
 綺麗な、濡れたような翡翠色をしてるのが困るんだ。
 なんか昨日のギンコの目を思い出しちまう…

 あの後、しばし嬉しさを噛み締めて見つめているうちに、ギンコは眠ってしまったのだ。疲れているのも判ってるし、無理に起こして抱くのも可哀相で、化野は無理やりに性的欲求をおさめた。

 よくも出来ものだと思う。気を紛らわせようと、酒を少し追加して、その後は外へ出て、寒くなるまで夜風に当たって…。それでも眠れなくて、ギンコからの土産をしばらく眺めていたのだ。

 欲しけりゃ明日だって明後日だって、きっとギンコは応じてくれる筈。今だけは我慢しよう。欲望よりもギンコの体を案じればいい。ギンコを想うなら、寝顔を見ているだけで、今は満足できる。

 そうやって石を見ながら堪えたのに、今度はその石が化野を追い詰める。化野はそれを持ったままで、今度は別の部屋へ入っていった。いつも襖を締め切ってあるその部屋には、棚やら卓やらの上に、集めた珍品を飾っている。

 入ってすぐの棚に向い、化野は一番見やすい場所を開け、そこに器を一つ置いて中に半紙を敷き、その中に石を置いた。初めてギンコから貰ったものだから疎かにはしたくない。そのうち箱でもあつらえようか、と上機嫌で思って、やっと彼はそこから離れた。



                                    続








 なんか不穏な空気を感じる5話目ですね。どうなるのでしょう。そして皆様、Hシーン皆無ですみません。

 アレでしたら裸のまんまで布団に包まってるギンコさんの腰に、先生が腕を回している感触なんぞ、じっくりと妄想して下さい。えっ? そんなんじゃ萌え足りない? ありゃりゃ。

 次回もHシーン無しかもしれないので、そのぅ、なんかエロいノベルを間に差し挟んで書きますかねぇ。うっしっし。

 てなわけで、「誘い叶う5」お届けいたしますーっ。


07/07/22