誘い叶う  … イザナイカナウ ・ 3 …




「よく見てくれ、この真ん中のところ」

 そんな事を言って、ギンコは彼に身を寄せた。最初から着崩れている着物の前が、斜めに身を傾ける仕草で余計に乱れて、胸元が覗いている。

 湯の、温かいような匂いがした。火照った肌から立ち上る…それは、あまりに魅力的な香りだ。差し出された、木片とも石ともつかないものを、殊更強く意識して、化野は懸命にギンコの手の中を見た。

 お前な…。と、内心で化野は思っている。

 そんな色っぽい恰好をして、殆ど寄り掛かりそうに近寄って、息遣いもみんな聞こえそうな距離で、そんな可愛い顔をしてくれるな。自慢じゃないが、欲しいものをいつまでも我慢なんぞ、出来る性分なんかじゃないぞ。

「見てるか? これは本来ただの木の枝の一部だが、ここだけ、色が違うだろう? トキノベが寄生して一季節巡るとな、こんなふうに性質が変化して、石のように硬くなり、それがやがては鉱石になる」

 ギンコは懸命に説明している。化野がろくに返事をしないので、言い方でも判りにくいかと思ったか、もう一度彼は同じようなことを言った。

「トキノベが寄生することに寄って、木は短時間で鉱石になるんだ。普通に石になるものが主だが、中にはこうして、何かの原石のように、美しい姿になることも。……あだしの?」

 ギンコは急に小声になって、どこか不安げに化野を見た。知らずに身を寄せていたのにも気付き、彼は急いで体を遠ざける。入れてあった酒を、ギンコは一口啜って、それから少し淋しそうに笑った。

「…別に、こんなもん、お前が興味がないんなら、無理して貰わなくていいから」
「興味はあるさ」

 ギンコが一歩分ほど、自分の隣から離れたのを見て、化野は短く苦笑交じりの息をつく。

「ただ…。果たして、言っていいもんかね、こんなこと。お前がきた時から、どうするか、実は迷っているのだが」

 化野はガラスの徳利と自分の盃を、カチリ、カチリとぶつけて音を鳴らし、その音に紛らせるようにして呟いた。ギンコはその、どこか意味深な口調にたじろぎ、手の中に石を握り込む。

「まぁ、要するに…俺はお前の手土産よりも、お前自身のことばかり気になって、心ここにあらずだ…ってこと、だな」
「…なに……」

 そう言われて詰まった言葉。だがギンコは、如何にもありそうな正解を見つけて、ほっと安堵の息をつく。

 判った。なんだ、つまりはこういうことだろう。何処か俺が具合でも悪そうに見えて、仕事柄、化野はそれが気になっているのだ。きっとそうだ。

「別に何処も悪くないぞ。来た時はそりゃ、腹は減らしてたが、それも今は満腹だしなぁ、お蔭さんで」

 だが、それを聞いた化野は、殆ど呆れたような顔をして、唐突に、にゅう…と片手を伸ばした。少し身動きするたびに、乱れ広がってしまうギンコの襟元を、片手で乱暴に掴んだかと思うと、緩んだ布地を、逆脇の帯にたくし込むように適当に整えてくれる。

 その帯の辺りに手を置いたまま、化野は項垂れてぼそりと言った。

「お前、もし俺がここで手ぇ出したら、それきり俺とは絶交か…? 二度と此処へはこなくなるのか。もしも…もしもそうなら、もう金輪際、この手の問いはしないが」
「…え…?」

 無意識に問い返すと、化野は恨みがましそうに、ジロリとギンコを睨む。

 さっきから間近でギンコの素肌を見て、その透ける絹糸のような白い髪や、翡翠の色の目を眺め、そうしているだけでこっちはきついのに、こいつはどうしてこう、察しが悪いのだろう。

「会えなくなるくらいなら、あの時の言葉は忘れてやると、そう言っているんだ、俺は。要するに…ただのはずみで、ああ言っただけのことなんだろう」

  …… この体、お前にやるよ ……

 忘れるはずも無いその言葉。ギンコは耳まで真っ赤になって、着物の襟元を今更掴み、ただただ震えて項垂れた。

 はずみで言った、訳じゃない。無論、何度も後悔した。思い出して、なんてことをと自分を罵り、羞恥に眠れない夜だってあった。でも、そう言ったあの言葉には、どこにも偽りなどありはしなかったのだ。

 あんなふうに肌を重ねて、初めて感じた想いは切な過ぎて怖かった。溢れるほど注がれた快楽も、震えるほどの幸福感もすべて、肌で受け止めて心で吸い込んで、生涯覚えていようと、ギンコはそう思っていた。今も…。

「…は、はずみじゃ…ない」
「でも、本当はああ言った事を取り消したいだろ?」
「ちがう…違う…っ」
「…なら?」

 泣きじゃくる子供のように、ギンコは真っ赤な顔をして、項垂れたままに首を振る。傍らで、そんなギンコを見つめて、化野は酷く優しい声で言うのだ。

「言っとくが俺は、一度手に入れた気に入りは、何があろうと手放しゃしないぞ、ギンコ」

 項垂れている顔を不意に下から覗き込まれた。翠の目に滲むものを見られたくなくて、きつく目を閉じたその一瞬に、甘い息をつくその唇は封じられてしまう。

 顎に掛かる化野の指が、彼の顔を上向かせる。化野は膝立ちで、ギンコの背中を抱きながら、濃厚に口を愛撫した。その口づけは激しく、幾分乱暴ですらあり、恐怖を覚えたギンコが、思わず化野の袖を引っ張る。

「や…、ぁ…」
「…今更、遅い」

 言い捨てた化野が、ギンコの両腕を掴まえ、畳の上に押さえ込んだ。乱れ切った借り物の着物は、ギンコの胸も脚も、その内側から見事に零してしまっている。

 二の腕さえ半分だけしか隠れておらず、比率で言っても、露出している肌の方が多いくらいだ。

「着物なんか、お前、どうせ着慣れてなくて下手くそなんだろうと思ってたよ」
「…な…っ?!」

 笑って言い切る化野を、組み敷かれたままの恰好で、思わずギンコは睨みつける。じゃあつまり、着崩れた着物から脛だの胸だのが化野に見えちまうのは、最初から謀られてのことだったのか。

 怒って暴れかけるギンコの首筋に、化野は深くゆっくりと顔を埋め、その柔らかな肌を唇で解しながら、切れ切れに言った。

「そう怒るな…。もう貰っちまった筈のもんなのに、手も触れずに諦めなきゃいかんのかと思って、これでも酷く辛かったんだ、少し見るくらい、いいだろう」
「…ん、ふ…ッぁ…」

 捕らえた両の腕が、化野の唇の動きに従って震え上がる。畳の上でギンコの裸の足が、膝を擦り合わせるようにしながら乱れていた。

 本気で逃げたいのかどうか判別し兼ねるような緩い抵抗。それが寒気のくるほど扇情的で、化野は無意識に深く息を吸い、そうしてゆっくりと吐いた。


 …こりゃあ、見てて気が狂いそうに色っぽいが、
  少しは手加減、せんことには。
  壊しちまいそうで、恐ろしいよ、ギンコ… 
 

                                      続









 惑い星は化野先生に聞きたいです。
 あのぅ、大丈夫ですか、化野先生。
 いや? ちっとも大丈夫じゃないがね。それが何か?

 いいえ、お好きなようになさってください。望むところでございますとも! 多分ギンコさんは、抵抗なんて出来ません!

 てな訳で、もうすぐ日付が変わりますので、大急ぎでアップします。今回はもしや、ここから先、やりっ放しなのかい? それは私にも判りません。アハ。


07/07/03