異なるもの  16




「……ギンコ…」

 吐息の間から零すように、化野が名前を呼ぶ。押し倒して組み敷いて、重ねた体が溶けそうに熱い。化野もギンコも、布越しに触れた場所から、肌が熱くなっていた。

 着物の布地が体に擦れるたび、畳に肌が滑るごと、理性の糸が解けて切れて、どこかへ流されてしまいそうになる。

 身を任せた訳じゃない。このままじゃ駄目だと判っている。そのもがく体の両腕を、バタつかせようとする膝を、化野は手で押さえ込み、体全部で、封じようとしてくるのだ。

「は…なせ……。あだ…しっ…、ん…」

 顔を逸らそうとするギンコの、頬、その唇の傍に、化野の唇がかすめる。息と共に零れる、酒の匂いすらあまりに甘美で、口を塞がれた訳でもないのに、言葉は途切れた。逃げを打つ体も、その一瞬、動きを止める。

「…は、ぁあ…ぁッ」

 腰をびくりと跳ね上げて、畳の上に仰け反る体…。のた打つその肌を、シャツの下から滑り込んだ化野の手が撫でていた。怯えたような、繊細な手付きをして、そっと、静かに。

 きつく目を閉じて、顔を左右に振って、ギンコは白い髪を畳の上に乱した。顔を寄せ、そんな彼の姿を見つめたまま、化野はさらに手のひらで、シャツの下の脇腹を辿り、滑らかな胸元に触れる。

 化野が体にかけてくれた着物は、酷く淫らな形に、畳の上で広がっていた。それをさらに乱すように、ギンコの立てた指が、爪の先が、それを握り込んでいる。

 何をしているのか…と、化野は、ほんの刹那、頭の片隅で思ったのだ。だが、もう止めようがなかった。何度も何度も、治療のたびに、あんな顔を見せ付けられ、押し殺しきれない喘ぎを聞かされて…。それが、こんな欲望を育ててしまっていたのか。

「ギンコ…もう…」

 続きのない言葉を呟き、そのまま唇を寄せて、ギンコの唇を塞いだ。接吻すると、重ねた肌の下で、びくりとギンコの体が跳ねる。でも、緩くもがくばかりで、逃げようとまではしない。

 きつく閉じていたギンコの瞳が、辛そうなままでうっすらと開いて、間近にある化野の顔を見た。互いにはっきりと見詰め合えないほど近くで、確かに一瞬、視線が絡む。ギンコの右の瞳が、潤んで濡れて、変に扇情的に見えた。

 ギンコももう、自分を偽りようがないのだ。治療のため膝に触れられるだけで、声が堪えられないほどなのに、重ねた肌の熱を移され、じかに胸を撫でられて、乱れるなと言っても、それはあまりに無理な事。

 いつしか、ギンコは身に絡んだ着物を剥がれ、シャツすら奪われ、化野の唇に首筋を愛撫される。浮き出た鎖骨に歯を立られ、もがく体を宥めるように、柔らかい仕草で肌をなぞられ、腰を抱き込まれた。

「く…っぅ、ぁあ」

 酷い眩暈がしている。もがく片膝にほんの僅かある以外は、痛みはどこにもない。ただ、意識がゆっくりと蕩かされていくようだ。そうしてそれとは対照的に、快楽ばかりが、激しく、鋭く身の内を駆ける。

 触れられた場所が熱く痺れて、そこから肌の奥までを一気に、快楽が突き通っていく。それが神経を伝って、深いところまで体全部を犯していくようだ。もう当に…濡れている。

 そこが溶けてしまうような、熱い液が零れて零れて、下着もその上に履いたズボンも、すっかり濡れてしまっているのだ。脚の間の肌の上に、その零れた精が伝い流れ、その感触がいっそ、ギンコの理性を粉微塵にした。

「…化…野っ…」

 畳にばかり立てていた爪が、その腕が、暗がりで、やっと縋るものを探し当てたように、化野を掻き抱く。最初は腕に、それから肩に。首筋に回されて、化野を引き寄せたギンコの片腕は、震えながら、とうとう化野の背中を抱いた。

 息遣いが、月明かりだけの部屋に響く。そして畳に服の擦れる音、時折、肌が滑る音。聞こえている音はそれだけ。ただ、潮の香がする。

 その時だった。仰向けにされたギンコの右目に、月明かりの銀色が映った。左の眼窩の奥が、火で焼かれるように熱くなり、それが何故なのか、思い当たるのが少しばかり遅かった。

 熱さと痛みに両目を見開いたギンコの、その左の瞳の奥から、蒼白い炎が、するり…と滑り出て、そして…。

「駄目だ…ッ!」

 そう叫ぶなり、突然、ギンコは化野の体を突き飛ばそうとした。化野は酷く驚きはしたものの、膝を床に付き、ギンコの体の脇に両手を置いたままの格好で、いきなりの拒絶に言葉もない。

 だが、一呼吸あるか否かの間だけを置いて、ギンコは化野の着物の襟を掴み、引き寄せるようにして彼の唇を塞いだのだ。ただ唇を重ねるだけじゃない。斜めに顔を寄せ、ギンコの方から、深く唇と唇を繋げて、それから…舌を…。

「ギン…。…ふ…ぅ」

 ギンコの唇は、酷く熱かった。もう一度重ねた体も、痛いほどに熱い。舌も、微かに零れてくる唾液も、何もかもが熱いのだ。化野はギンコからの口付けを、ただ必死に受け止める。

 息苦しくなるほどの、深い濃い接吻。舌を絡めあう音が響いて、自分の舌の動きで鳴る、その音に反応するように、重ねたギンコの体が、びくり、びくりと震え上がっていた。

 肌の奥を這い回り、最も感じる場所に刺さるような過度の快楽に、ギンコの意識はかすれて、今にも消えそうになっていく。

 でも、まだだった。まだ、止められない。もっと、もっと化野よりも、この体を、炎に炙られるように熱くして、抜け出てしまったあの火を、蟲を…呼び戻さなければならないのだ。

「…っ、ひッ。あ、あだし…。あぁ、ぁ…っ!!」

 その、ギンコが喘いだ一瞬に、彼の頭の中で小さな花火が弾けていた。唇を重ね、舌を絡めたそのままで、化野に再び腰を抱き寄せられ、服の布越しにそこをなぞられたのだ。

 指先で、そっと、文字でも書くような触れ方をされただけだった。だが、ギンコの肌も、その奥も、燃え盛る炎のように熱され、彼は蕩けるような快楽の底に溺れた。

 薄い布、一枚、二枚。それだけしか阻むものがなくて、化野の手のひらには、ひくひくと激しく痙攣したギンコの性の迸りが伝わってきた。


                                         続










 告白…。「手が滑りました!」 いやほんとにびっくりするくらい見事に「つるーんっ」て。何が言いたいのかって、つまりですね。こんなにHに書くつもりなかったんですよっっ。というお話です。苦笑。

 えーと…。これねぇ、夜中の二時半から早朝の四時半にかけて書いていたから、ヤバくしちゃー駄目よっつー抑制が効かなかったかねぇ。

 だって、ここでHく出来ないから、ショートで書くよって言ってたんだよ? でもコレ、結構Hよね…。はははは。と笑って誤魔化す。え? 望むところですか? え? そーですか?

 けどまあ、約束ですから、この話が仕上がった後に、ショートか何かで「華蜻蛉の話」は書きますんで! この予定は決定事項です。惑い星が忘れているようでしたら「オイっ」と言ってやって下さい。

 この後はね、例の蟲が出てきますよ。惑い星の空想の産物の蟲さんが。化野先生にも、一目見えるといいですよね。

 てな訳で、蟲十六話、でございます。あ、投票は化野×ギンコがダントツです。ありがとうございまぁーっす。


06/08/27