異なるもの  12




「お、おいおい、ここはいつから村の集会場になったんだ?」

 化野が箸を持ったまま、入り込んだ面々を見回して聞くと、それだけの人数がいるというのに、部屋の中は一瞬静まり返った。

「…えぇ…っと。ほら、うちは別に…。あ、あんたんとこは、何の用で来たんだい?」
 最初に口を開いた男が、隣の女に質問を投げる。
「え? いや…ただ、漬物がいい味に漬けあがったから、先生に食べて貰おうってさ」

 そんなことを言う女の手には、確かに漬物ののった皿があるが、その隣の、旦那らしい男は、両手で重そうな鍋を抱えて、置き場所を目で探しているのだ。子供は果物を抱えているし、若い男は焼いたばかりらしい沢山の魚を、大皿にのせて持っている。

 縁側にいるもう一家族も、大体、同じような食べ物を持っていて、中にはもう、食べているものもいた。その食べている一人が、能天気な声で言う。

「先生んとこは、人が集まるようになってるだけだよ。だってほら、この前の台風の後だって」
「そりゃ、怪我人が集まっただけだろうっ」
「まあ、似たようなもんだって」
 そんなこんなで、誰も理由を言おうとしないのだ。

 奇妙だが、酷く賑やかな夜の始まりだった。ギンコと化野を囲むように、みんながそれぞれに座って食べ始めると、時々、誰かがギンコに問い掛けてくる。

「何処から来たんだい?」
「あんた、どっか怪我してんだって?」
「若そうだけど、先生の年と近いよね?」

 誰が放った質問か判らないまま、ギンコは当たりさわりのない言い方で答える。質問は段々と、違う趣旨になり、それでもギンコは気にしていないようだった。

「その髪って本物?」
「目ぇ、それでちゃんと見えてるのか?」
「どっちも生まれつき? 親のどっちかが、そんななの?」

 髪は本物。目はちゃんと見える。でなきゃ、食べるのにも、大変だろ? 親…の事はね、あまり昔で、覚えちゃいない。何しろ、ずっと前から一人で旅ばかりしてるから。

 聞いているうちに、化野は思い出した。自分がこの村にきて、初めて患者を診て、その患者が帰っていった夜は、一番近い家から、こんなふうに人が訪ねてきたのだ。特に用事もないのに、色々食べ物や、日用品の差し入れを持って。

「不器用だな…まったく…」

 思わず小声で、化野は呟いた。それを一人で耳にしたギンコは、子供の手で差し出される果物を二つ受け取り、その一つを化野の膝に転がしてやる。

「あんたもだろ」

 ギンコを乗せ、化野と一緒に荷車を押していた村の仲間の姿を、ここにいる皆は、きっと見ていたのだ。 

 本当はみんな、余所からきたものの事が気になっていた。興味のないふりをしながらも、本当は興味津々。怪我をして何度も倒れるギンコを、助けたいと思っていたものも多いのだろう。なのに、互いの目を気にして、出来ずにいただけのこと。

 腹を立てた自分が、あまりにせっかちだったのだろうか。けれども、余所から来たものにも、周りを気にせず手を差し伸べられるようになれば、いいものを…。




 飲み食いして騒いで、皆が引き上げて行ったのは、もう深夜に差し掛かる時刻。連日これでは怪我人の傷に触るからな、と一番騒いだオヤジに釘を刺して、化野は皆を帰らせる。

「あの勢いだと、明日また来そうだからなぁ。有り難いんだが、毎夜この人数では、床が抜ける」

 あれだけの騒ぎ、皆が引き上げた後の惨状は、さぞやと思ったが、何人かいた女達が、台所まで綺麗に片付けて行ったらしい。自分のところの洗い物までやって貰えて、そのせいもあってか、化野は機嫌がいい。

 ギンコの布団の隣に布団を敷いて、その後、彼は棚から小さな入れ物を持ってくる。

「腫れも引いたからな、今度はこの薬だ。これをよく擦り込んでおけば、治りはもっと早くなるぞ」

 また化野は手を伸ばし、ギンコの足首を捕らえる。

 逃げても無駄だ。また諭されて、治療を受けるしかないのだと、布団の上のギンコは、体に力を入れて逃げるのを堪え、触れられた肌に化野の手の熱さを感じた。

 なんでこんな事になる。いったいどうした訳で。これはずっと続くのか…。そんな事を繰り返し思いながら、ギンコは脚を投げ出した格好で、ただじっとしている。

 その「じっとしている」だけの事が、今の彼には、あまりにも辛いのだ。勝手に肌が震える。逃げたがって膝が跳ねてしまう。何より、体の中心が熱くて…熱くて…。声が…。

「ん、ん…ぅうっ、あ…」
「痛むか? あまり強くは触ってないんだがな。もっとゆっくり、軽く擦り込んだ方がいいか、ギンコ」

 何も疑ってなどいない声で、化野は言うのに、それでも彼は気付いているのだという。知って欲しくないその体の熱さ。何も答えられずに、ギンコは固く唇を噛み、後ろ手で布団の上に爪を立てた。

「聞いてんのか、ギンコ。痛むなら、遠慮せずに、そう言っ…」

 かすかに身を捩って、顔をそむけたギンコの様子に、うっかり忘れていた化野はやっと気付く。そういえば、そうだった…と。

「あ…と…。痛んでるってわけじゃないか。酷を聞いたかな。じゃあ…まあ、痛いなら痛いと言って貰うことにして…。その、な? 別に声立てたって、こっちは気にしねぇし」

 ギンコは何も言わなかった。ただほんの一瞬、迷惑そうな目で化野を見て、またすぐに横を向いて目を閉じる。化野は手のひら全体を使い、小さな円を描くような動きで、ギンコの膝に手を滑らせ続けた。痛むようなら困ると思って、殊更にゆっくり、時間をかけて。

「…ふぁ…っ、く…ぅ…」
「ちょっと、膝、立てさせるぞ」
「…っ! 化野、待っ…」

 膝裏に手を掛けられ、足首をもう一方の手で掴まれて、簡単に膝を折られる。また着物の裾が大腿の上を滑って、白い脚がさらにあらわになった。

 その下に着けている下着までが、多分、化野の目に映っているだろう。

 あつく熱している体の、最も熱い場所。今はもう既に、しっとりとした湿り気さえ感じている部分。たとえ、下着を着ているにしても、見られたい筈はないのだ。


                                      続










 凄い理性だな、化野先生。本当はくらくらしている癖にっっ。よっ、医者の鑑! 私なら、もう押し倒しているよぅ、お色気ギンコさんっ。

 しかし、こんなシーンを書きたいばっかりに、似たシーンが多い小説になっていますよね。ごめんなさい。だって、書くの楽しいんだもん。触られるたびに、ギンコさんはなんか敏感になってくような気がするし…。

 ギンコさんと村人たちも、なんか仲良くなったみたいですよね。村人さんたちは、本当はいい人たちなんだよ。

 化野先生が村に馴染んで、次はギンコさんが馴染んで…。それから、別の余所者が、またやってきて、馴染むこともあったりして? そうやって、きっと村は変わっていくんだよ。

 変わりゆく村も、舞台として書きたかったのよ、本当よ! 一応、真面目なテーマとしてね。

 同じ日付の日記に、いつものようにね、かなーり、壊れたコメントも書いてますよー。よかったら見てくださいまし。


07/07/22