異なるもの 11
化野の手が足首に掛かる。
息を飲み、びくりと震える肌の感触に気付いて、化野がチラリとギンコを見た。窺うような表情で、じっと顔を凝視され、ギンコの方が目を逸らしてしまう。
足首を微妙な力加減で引き寄せかかりながら、なんとなく化野は迷っているように見えた。
「ギンコ、ちゃんと俺のいう事を聞けよ。お前の膝は、まだ暫く治療が必要なんだぞ。逃げてりゃ治りは遅くなる。判ってるんだろう」
厳しく言うと、ギンコは逃げるのをやめた。視線を逸らしたまま、布団の上に両脚を投げ出して座り、化野の手が着物の裾を割るのにも、何も言わない。
足首から上へ、軽く揉むように手を滑らせながら、化野はギンコの脚の熱を見る。腫れは随分目立たなくなった。紫色になった部分は、さすがにまだその色が残っている。
膝裏の手を掛けて片膝を立てさせると、裾を割って広げた着物が、大腿の方へと滑り落ちて、膝からさらに上までが、化野の視線の前に曝された。
ギンコはますます顔を横に向けて、首筋の辺りをほの赤く染めている。髪の色も白いからか、その肌に差す薄紅が、妙に映えるのだ。本当に、白い脚だ。首筋も、白い。
そういえば、昼間、化野がつい口を滑らせて「女の足のようだ」と言ったら、ギンコは酷く不快そうだった。
「よし、痛みも随分薄れただろう。治療から、丸一日程度には見えんくらいだ。…で、なぁ、ギンコ」
着物を元のようにしてやってから、化野はギンコの布団の傍に胡坐をかいて座り直す。ギンコは痛む膝だけを伸ばして、もう片方の足を着物の中で自分の方へと引き寄せた。
「いいか? ギンコ。俺は医者だからな」
「…? 判ってっけど?」
いきなり言い出した化野に、ギンコはどこか不思議そうな顔。片方は長い前髪に隠れ、もう一方しか見えない瞳が、あの不思議な色の中に化野の姿を映している。化野は構わずに続けた。
「医者ってのは、自分の患者の体の事はよく見てるもんだ。ただしそれは、治さなきゃならん傷や病を抱えたその体を、治療するための目であって、別の思惑は入り込まない」
何を言い出すのかと、ギンコはますます訝しげな顔になる。あまり表情を変えない顔の上で、二つの眉が少し真ん中に寄った。
「いや、だからな、別にお前の体が、その…妙な反応みせていようと、俺は気にしないから、ギンコも気にしなくていい」
言っているうちに、何故か化野の頬は火照ってきた。その火照りが、自分の言葉を裏切っている気がして、彼は声高にもう一言余計なことを言う。
「俺がお前の前で、医者でいる限り、たとえお前が若い娘だったとしても、豊満な美女だったとしても、その気にゃならんのだ」
「俺は娘でも、美女でもねぇよ…っ」
ギンコは布団を勢いよく引き寄せて、化野には背中を向けたまま横になった。
ドクンドクンと、心臓が鳴る。足さえすぐに治るなら、ほんの一時もここにはいられそうにない。化野が言ったことなど、何の慰めにもならないどころか、隠そうとしていた事実は、とうにばれていたのだ。
お前が欲情しているのは判ってたが、俺は医者だから、そんな目では見ない、安心しろ。
そんなふうに言われたも同然だろう。気付かないでいてくれたら…。それだけを願っていたのに、願いながら隠そうとしていた努力なぞ、すべてが無駄だったのだ。
飯などいらない。とにかくちょっと離れていてくれ、と、言いかけて飲み込んで、ギンコは溜息をついた。化野が悪い訳ではない。悪いのは寧ろ自分の方なのだ。
化野は、ギンコのそんな様子をどう思っただろう。無言で奥へと引っ込んで、何か食べ物を用意しているらしいのだが、それが変に時間が掛かる。
しばらく経ち、日が随分と傾いた頃、明るすぎる声で化野が部屋へ戻ってきた。
「待たせたな、ギンコ。おらっ、浜に行って捕れたての魚貰ってきた。それから隣んちからの、収穫したばっかりの野菜とな、裏の山の山菜と…。起きろ、美味いぞ!」
化野はギンコが布団をかぶって潜り込んでいる間、あちらこちらへ走り回って、集めたもので腕を振るっていたらしい。酷く美味そうな、いい匂いがして、ギンコは思わず布団から顔を出した。
顔を出した途端、優しげな笑みを浮かべる化野の顔が見えて、思わずぽろりと、素直な言葉が零れてしまう。
「…こりゃ、ほんとに美味そうだな」
布団の横に台を置いて、二人分の皿や小鉢や椀を並べ、箸をそえる。最後に薬包を茶碗の横にのせると化野は、ほんの一瞬だが食卓に向って両手を合わせた。
「いただきます」
「…ぶ…っ」
まじまじと見てから、思わずギンコは吹き出してしまう。化野の仕草が、なくとなく子供のように見えたからだ。もう食べ始めながら、化野は不満そうだった。
「結構、育ちが良さそうだな、化野先生は」
「…悪いか。賄いのたぐいは全部な、この村にきてから覚えたんだぞ。まあ、不味かないだろ。というより、美味いだろ?」
食卓にあるのは煮物に煮魚、味噌汁と麦飯。ものを煮るのは得意になったが、いまだに魚を焼くと黒焦げにする。飯を炊くのも下手なので、いつも隣家から分けてもらうのだが、そんな事はギンコには教えない。
ギンコが魚に箸をつけた時、いきなり庭の外が賑やかになり、化野も、首を伸ばすように垣根の向こうを見た。垣根の途切れ目を掻き分けて、子供が三人、庭に入ってくる。
「父ちゃん、先生、こっちにいたよ」
「いたっつったって、こっちゃぁ大荷物なんだ、手伝え、こんガキっ」
「あんた、鍋を子供に任せるんは、やめとくれよぉ」
「おうっ、邪魔するよ、先生。なんだぁ、また煮物三昧かよ」
子供の他に大人の声が三つ。いや、坂道を登りながら、別の誰かが言葉を交し合う声も聞こえる。
「あぁ? なぁんだ、あんたんとこも来たんかい。うちとこの隣もすぐあとで来るってよ。座る場所あんのかね」
「狭きゃあ、縁側に足をおろしゃいいんだよ。平気平気」
そんな声が飛び交い、化野もギンコも目を丸くしてばかりだ。ざっと十人に近い人数が、手に手に何か食べ物をもって、いきなり押しかけたのである。
続
本日は、この小説を、沢山進めてしまいました。でもアップしたのは半分強くらいかな。来週の分も殆ど書いちゃったので、来週は楽だなっ。
今回、村人がかなり出張ってしまって、しかも化野先生、よく喋るもんだから、Hなシーンがあまり書けなかったよ。とほほ。いつもこんなことを言ってますよね、すみません。
次回は、塗り薬をぬりぬりするシーンをっ。ギンコさんが恥らっても、容赦なく、ぬりぬりするシーンをねっ。書きますのでねっ。ひひひひひ。…って自分が怖い今日この頃です。
あ、そういえば、判りました? 化野先生、知ってたんですねー。医者だもん、判らなかったらイカンでしょ。でも実は医者精神を総動員して、自分までヤバイ気分にならないように、しているんじゃないかなと思います。
そんな先生の理性のタガはずしを、したがっている私がここにいますから〜! 先生、気をつけてね。なるべく早くギンコさんを襲ってね。ああ、またコメントがキレていて、でももう治らないよ、きっと。バタ。
06/07/17
