異なるもの 2
なんて奇妙な色だろう。視線をそらされても、化野は彼の瞳から目をそらせない。それでも、手は無意識に薬を磨り潰し続けていると、その余所者がぽつりと言った。
「…珍しいもん置いてだな。あそこらへんの。暗くてよく見えんが、なんだありゃ、置物?」
男の視線が、隣室のさらに向こうの奥の部屋を見ている。ぎくりとして、化野は立ち上がり、間の襖をぴしゃりと締めた。あの部屋には、古物商から買い取った珍品やら何やら、特に気に入っているものが置いてある。
人に知られれば、酷い変わり者と噂される類の、奇妙な収集だと、化野も自分で判っているのだ。こんな辺鄙な村のものに、もし知られでもしたら、やっと築いた信頼も親しみも、刹那に消え去ってしまいかねない。
油断した。いつもならこの襖を、閉め忘れたりしないものを。もし、誰かに言い触らされたら、まずい事になる。
薬粉に水を注いでよく混ぜ合わせ、湯のみに入れ替えると、化野は無言で畳にそれを置いた。「今見たものを、人には言わんでくれ」と言い掛けた時、それに手を伸ばした男が、軽く呻いて顔を顰める。
「怪我か? それともどこか体の中が痛むか」
膝で寄って、化野は尋ねた。そうしつつ、置いた湯飲みを手渡そうとするが、男は視線だけで彼を見て、微かに笑いを浮かべてみせる。どこか人の悪い笑みだ。
「生憎と今、薬もらう金も、手当てされる金もなくてね」
「…なるほど」
その笑みの意味が、腹の立つほどよく判って、化野も苦く笑いを返した。黙っていてくれるなら、多少の金に代えられない。
「お前からは代金は取らん。心置きなく手当てされてってくれ。で、何処が悪いって?」
男は早速薬を飲み下し、実は数日喰っていない、と言った。それから足を、少々挫いたらしい、と。
医の領分になれば、例え地主にだろうが村長にだろうが、遠慮などするものではなく、化野は男の体にかけた布団を、無造作に捲くった。
旅のものに特有の、粗末で薄汚れた身なり。ズボンをたくし上げようとするが、うまく出来ずに、それが酷い腫れのせいだと知れる。左足の膝辺りが、ぎょっとするほどの熱を持っているのだ。抱き上げて運んだときに、気付かずにいた自分が腹立たしい。
「腫れが酷くて、容易にゃ脱がせられんぞ。切っちまっていいか?」
「着替えなんぞ、持ってないんだがな」
今頃になって、痛みに脂汗を滲ませる顔が間近にある。その不思議な緑の瞳にも、隠せない苦痛が染みていた。もう許しなど待つ気持ちもなく、化野は小振りの刃物で彼のズボンを裂く。現れた膝の、紫色になった腫れの酷さに、医者の化野も思わず息を飲んでしまう。
「この足で、村外れからずっと、ここを目指して歩いたってか…」
「…それ以外に方法がなくてね」
笑いすら浮かべて言う男の言葉には、どんな不満も隠れていない。倒れては歩き、歩いては痛みに蹲る男を、見て見ぬふりをする、村人らの姿が思い浮かぶようで、化野は奥歯を噛み締めた。自然と言葉が零れて落ちる。
「すまんな…」
詫びた声に、男はすんなりと笑いを深めた。痛みに歪んだままでも、何故だか深いその笑い。二人の間の短い沈黙が、男の無造作な言葉で区切られる。
「…ギンコ」
「え? ああ、そりゃ名前か」
あまりに妙な響きだったので、名乗られたと判るまで、たっぷり数秒を有した。一瞬だけ真っ直ぐにこちらを見た緑の双眸を、また間近で眺めたくて、化野は自分も名を名乗ってみる。
「俺は化野という。ここら一帯で一件だけの医家だが、腕は信用してくれていい」
「知ってるさ。あの子供らが、いつも俺を遠巻きにしながら話してた。お陰でここがすぐ判ったんでな。それよか、今日は…視診だけかね、化野先生…」
そう言って、ギンコは半ば起こしていた体を、ゆっくりと布団へ横たえた。額に浮かんだ汗に、真っ白な髪が貼り付いている。苦しそうな息遣いが、急にはっきりと聞こえてきて、化野は急いで布を濡らしてきた。
手当てしながら、なんでそんなにまで、と化野は思う。名前を告げるまで、彼は痛みも苦しみも、隠そうとしていたと判ったのだ。
手を貸さなかった村人に腹も立てず、元より彼は、最初から他人に頼る気持ちも持ち合わていない。世の中を拗ねてそうしている訳ではなく、冷たい世間の風も、時に優しい他人の手も、自然体で受け止めて生きているのか。
…どこからか流れ流れてきて、そのまま川の水の上を滑っていく、緑の葉の一枚…
「こりゃあ、多分、膝の関節がずれてるな。筋も…ちっと伸びちまってるかも知れん」
冷静でも何でもないのに、冷静を装って、化野はそう言った。
「治るまでしばらくかかるが、気長に構えるしかねぇぞ、ギンコ」
化野の言葉に、ギンコは青ざめた顔を横に向け、縁側から見える海の煌めきを黙って眺めるのだった。
続
なんか、あまり話が進展しませんが、すみません…。この後は、私的には美味しいシーンですが、読んでくださる方にはどうでしょう。はあ。難しいですよー、蟲師ー。ギンコさんが難しいっ。
化野先生がギンコさんのズボンの布地を裂くシーンが、自分的にはかなり萌。どの辺まで裂いたのかなー。淡々と書きながら、そんなことを考えている惑い星ですが、同じことを想像した方、います?
話が渋い路線目指しているのに、喋りはこんなんで、スマンです。
06/04/29

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