ふ た り 湯 … 前
「ギンコ、早くこっちへ来い」
風のたびに、竹の葉が涼しげな音を鳴らしている。緑に波打つその様を眺めながら、ギンコの足は止まりがちだった。そこへ化野の呼ぶ声が、急かす言葉で投げ掛けられてくる。
「なんか蟲でもいたか? 早く来いと言うのに」
生い茂る竹が途切れた向こうには、きめ細かく白い湯気を立ち上らせる露天の湯と、そこに入って待っている化野。蟲が居たかと問われれば、それは何処にでもいるに決まっているが、それを意識する余裕は、実はギンコには無い。
まるで自分の家であるかのように、化野は気楽そうにして、頭の上に手ぬぐいなどのせ、嬉しげにギンコを手招きするのだ。
「いい湯加減だぞ。ここの効能書きを読んだか? 疲れも取れるし、凝りにも効くし、何より傷んだ筋にいいらしい。お前に持ってこいだろうが。何してる、早く入れ」
シャツの胸ボタンだけを外し終えて、ギンコは化野から一番遠い場所で岩風呂の横に屈み、今は背中を向けている。その向けた背中に刺さるような、化野の視線が痛かった。
気にし過ぎなのは判っているが、この男に肌をさらす時、平静でいられないのはどうしようもない。
やっと意を決してバサリとシャツを脱ぎ、ズボンも下着も脱いでそこらに放り、ギンコはざぶり、と湯に飛び込んだ。幸い湯ノ花で、白く濁った湯の中なら、体を見られることもない、が…。
「…あ、つ…っっ!」
「あぁ! お前はなんでそう…。掛け湯をしてから入るくらいしろ。体によくないだろうが」
思いのほか熱い湯に、思わず「熱い」と口走るが、それでもギンコは湯から出なかった。一呼吸二呼吸する僅かの間に、首やら顔やら赤くなって、それを化野に笑われる。
「とりあえず一度出ろ。そんなにいきなり上せちまったら、効能どころじゃないだろう」
「も、も…もうあがる…」
「待て待て、それじゃあこっちへ来い。この、俺の横に」
言いながら化野は自分の後ろを振り向いて、草や、細い木の生い茂った岩壁を見る。
「ここから岩清水が流れ込んでて、この辺だけはかなり温いから、それならゆっくり浸かれるだろう」
遠慮する、とギンコは口の中でもごもご言ったが、化野はそれを聞いてもおらず、湯を波立たせてギンコに近寄り、あっという間に彼の腕を捕まえた。
「こっちだ、こっち」
頭のうえに、ぽん、と手ぬぐいをのせられ、そのままぐいぐいと引っ張られる。振りほどくような抵抗をするわけにいかず、ギンコはさっき化野が浸かっていた辺りまで連れてこられてしまった。
縦に長い岩風呂の一番奥。生い茂る木々の壁と、岩の壁とに囲まれて、袋小路に追い詰められたような気がしてくる。湯の中で屈むと、肩が触れそうな距離から見つめられ、ギンコは居心地悪そうに横を向く。
「ギンコ」
「………」
「嬉しいぞ」
「な、何が…?」
苦手だ。とつい思う。この男ときたら、時折ぎょっとするようなことを、平気の顔で言葉にするから。いつぞやそれを咎めたら、告げないとお前が勝手に誤解するからだ、と逆に文句を言われてしまった。
「こんなとこで二人、ゆっくりできると思わなかった。功徳は積んでおくものだな」
ここは化野の里から谷一つ越えたところにある、湯治で有名な温泉地だ。そしてこの湯治宿は数ある湯治場の中で、一番奥にあって静かなところ。宿をとるにはそれなりの金が必要だから、化野たちがこうして寛いでいられるのには訳があるのだ。
化野は今朝まではここで、とある患者の療養に付き添っていた。その患者は長患いの豪商で、化野のことを評判の名医と聞き、わざわざここまで診てもらいに来たのだという。
…先生にはこんなところまでお運び頂いて、
どうぞそのまま数日お泊りください。
わしからのせめてもの、
感謝の気持ちでございますから…。
化野はその豪商の言葉を思い出しながら、酷く幸せそうな声でギンコに言った。
「留守中にお前がきていたらと思うと、里に戻りたくてたまらなくなってな。実は一風呂浴びたら、すぐに帰ろうと思ってたんだ。お前の方から来てくれるとは思わなかった。よく…来てくれたな…」
薄絹一枚にすら、包み隠しもしないような、真っ直ぐな言葉。ギンコはまたしても、首まで真っ赤になって逃げかかる。化野から遠ざかる方へ身をずらすと、足元にいきなり岩の出っ張り。
それに足首をひっかけて、ギンコは頭から湯の中に突っ込みそうになった。驚いて息を吸い込んだときには、彼の口は湯の中で、大きく一口飲み込んでしまう。
「うぐ…っ。げほッ…!」
「何をやってるんだ、さっきから」
「…あ……」
耳元に、化野の声が注がれた。髪の一筋までずぶ濡れで、毛先から湯を滴らせながら、ギンコは化野の腕の中だ。
「目が離せんな」
傍にいる短い間くらい、ずっと見つめていさせてくれ。
「俺の手の届かないところに離れるなよ」
今だけだ、今だけ。
お前が傍にいてくれる、ほんの短い数日だけの、
我が侭な願いを叶えてくれ。
「ギンコ…」
遠く、遠く、離れてばかりなのだから、
傍にいる時だけは、添わせていたい、
想いも肌も…。
「の、のぼせる…っ」
「安心しろ。どうなっても、俺がちゃんと介抱してやるから」
「…ぅ……」
宿の世話人も、いるだろう。
他の湯治客がくるかもしれない。
そうでなくとも、こんなところで、
していいこととも思えない。
「やめ…ッ、ぁ…」
立ち上がって逃げて、岩風呂の端まで辿り着いたところで捕まった。背中から抱き締められ、もがく肌に化野の肌が重なる。体を腕で縛るより、そうする方が確実だと判っていて、化野はすぐにギンコの中心に手を伸ばした。
口づけは、柔らかな化野の匂いがした。抱擁には化野の温もりが。そして愛撫には、その想いが迸っている。
根元からゆっりと愛撫され、あっと言う間に力が抜けて、下手をすれば大腿までの浅い湯にも溺れそうだ。それでも抗い、目の前の岩に手をかけて、必死に前へと逃げようとする。
それなのにギンコの体は、ギンコ自身よりも化野に従順だった。
前を握られ、同時に化野の手のひらで後ろをそろりと撫で上げられる。尻の割れ目に指を滑らされ、湯を掬った手のひらで、そこを清められるように、何度も粗くすすがれる。
実は、結合前に汚れを洗うというのではなく、僅かにぬめるような湯の特色を利用して、化野はギンコのそこを幾らかでも慣らそうとしているのだ。
「ぃ…あ、ぁ…!」
ばしゃ、と水音が響いた。けれどもそんな音は二人の耳に届いていない。化野は人指し指だけを立てて、真っ直ぐにギンコの中にねじ入れ、
第二関節まで飲み込ませてから、そこでそれを小刻みに揺すっていた。
快楽の湧く泉があるなら、間違いなくその一つはその奥に隠されているのだろう。浅く穿たれ、揺すられて、まだ直接は届いていなくとも、理性など消し飛んでしまいそうだ。
続
しばらくぶりに激エッチものを書いた気がします! うわぁ、エッチだっ。とか思うと同時に、あぁ、このふたりなんか幸せそうだなぁ…なんて思った。これってあれでしょうかね、バケーション効果? いや違うか。笑。
前後編同時アップです。よろしければ続きをどうぞ、エロヒートアップしてます。ご注意あれ!
07/07/29
