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          Voice voice voice … 3





「くく…っ、便利だよな」

 小さく笑いながら唐突にそう言われて、それが何の事か、一瞬葉柱には判らなかった。ここは赤いカーペットを敷いた箱の中。どこを見ても高級そうなホテルの、エレベーターと言う名の部屋。

 ヒル魔を床に押し倒して、長い長いキスの合間、ヤツの口から零れた唾液の雫が、その顎に伝っている。それを葉柱は、長い舌で追いかけ、顔の場所を殆ど変えないままで舐めていた。

「なっげぇ舌…。どんだけ伸びんだ? それ」

 唇が少し離れるたびに、面白そうに言うヒル魔。それがあんまり余裕そうに見えて、そんなヒル魔の冷静さを見せ付けられるたびに、葉柱は逆に動揺していく。

「ハチュウルイ」
「てめぇ、少し黙れよっ」

 言いながら、ちょっと震えちまってる手を、葉柱はヒル魔の服の裾に入れた。黒のタートルの下に、彼は何にも着てなくて、すぐに手のひらがその腹に触れる。

 どきっとした。
 だって、触れた肌が女の体よりすべすべしてて。
 なんか、服を引き裂いてでも、早く裸に剥いちまいたくなって。

 ヒル魔の体に触れても、見ても、際限なく興奮して、葉柱の息はどんどん上がった。服をたくし上げられて、もう胸をさらした恰好なのに、それでも余裕たっぷりのヒル魔。

「てめぇに決った相手がいねぇのは知ってっけど、そんなご無沙汰なのかよ? サカってんなぁ」

 思わず葉柱は手を止めて、ちょっと顔を離してヒル魔を見下ろした。床に組み敷かれたまんまで、ヒル魔は最初と同じに、ニヤニヤ笑っていやがる。聞かなきゃいいのに、それでも気になって葉柱は聞いた。

「あ、あのな、ちょっと聞くけどよ…てめぇ一体、俺のナニをドコまで知ってんだ?」
「知りてぇ?」
「いや、知りてぇような、知りたくねぇような…」

 途端に現れる悪魔のような笑い。
 やべぇって。綺麗だとか思っちまった。
 まだ発病したばっかなのに、俺って既に末期かも。

「まだ調べてるとこだからな、大して知っちゃいねぇ」

 それを言われてほっとしてたら、次に続いた言葉で、頭にぐっさりショックが刺さる。コイツ、なんて楽しそうに、人の弱みを喋るんだ。

「ショーガッコー…四年生ん時か。てめぇの靴箱ん中に…」
「なっ何で知ってんだッ」
「入ってたのがピンクの封筒で」
「あーッ、もういい、聞かすなっ、聞かすなッ!」

 ヒル魔は心底面白そうに、動揺してる葉柱の顔を眺めて、それから横になったまま両手を上に上げて見せる。

「あんま喚くなよ。貸切なのはこの最上階だけだからな。下のエレベーターホールまで聞こえちまうだろ?」

 それからヒル魔は葉柱の顔を真っ直ぐに見て、囁くような声で言う。珍しく命令口調じゃなかったから、なんか、それっぽっちのことが嬉しかった。

「なぁ、場所、変えねぇ?」
「お…おう、そうだな」

 別に変だとかなんとか考えずに、葉柱はヒル魔を抱き上げる。こいつが軽いってのは、もう何度も思ったことだけど、やっぱりそう思っちまう。女みてぇに軽くて細せぇだなんて、口に出して言ったら、間違いなくその場で殺されそうだ。

 エレベーターを出たら、土足が気になるほど綺麗な廊下にふかふかのカーペット。目に止まったモスグリーンのドアを開くと、かえって落ち着かねぇくらいの、見事に高そうな広い部屋だった。

 ベッドを探して目線をさまよわせてたら、壁一つに一枚ドアがあって、その一枚にベッドルームと書いてあるのが見えた。そこまで歩いてってまたドアを開くと、デカいベッドが目に入る。

 ヒル魔が軽くもがいたから、そのままベッドに運ぶのは諦めて、部屋を入ってすぐの場所に下した。

 彼は葉柱には見向きもせずに、着ている服を、ポイポイと投げ捨てながら、さらに奥のドアへと向う。下着一枚きりになって、葉柱の視線をそこで断ち切り、隣の部屋へ入っていった。

 すぐに聞こえてくるシャワーの音。呆けた顔でベッドにドカリと腰を下ろしたら、あんまりフワフワ過ぎて、葉柱は後ろに引っくり返ってしまった。仰向けになったそのままで、淡く模様のついた天井を、彼は眺める。

 こんな目前になって、不意に葉柱は思った。勿論、今まで何度も考えた事だけれど、答えが出た事はない。


 俺、なんで、こんなヤりてぇんだろ…?

 判んねぇけど、でも、マジで俺、あいつのカラダがすっげぇ欲しい。
 あの日、キレそうになってた俺に、あいつがいきなり胸をくっ付けてきて、それでワケ判んねぇうちに、こっちからキスしちまってて…。

 それだけだったら、まだ引き返せたような気がする。でも色々考えて悶々としてるうち、今度はあいつが俺のせいで拉致られて犯されて。

 あん時の事を思うと、今だってまだ、ヒル魔をヤった奴ら全員、許せねぇ。会ったらぜってぇ、ぶっ殺したくなる。いや、本気でぶっ殺すかもしんねぇ。

 なんだろ。なんか、大事にしてた自分のもんを、奪われて汚されて、壊されちまいそうになった…。そんな感じに、似てる。もしかすっと、やっぱ俺……。

「眠いのかよ?」

 いろいろ考えて、いつの間にか目を閉じて、葉柱は酷く顔を顰めていた。声を掛けられて目を開けると、ヒル魔はオフホワイトのバスローブを来てすぐそこに立っている。前をきっちり合わせていたけど、膝下から見えてる脚が、それだけで充分色っぽい。

「眠かねぇ。…ヒル魔……」

 身を起こして、葉柱はヒル魔を真っ直ぐに見た。そんな事をいうガラじゃねぇのにと、内心、自分で驚いている。

「てめぇは何で、俺にヤられていいって思うんだよ。こんなの慣れてて、ハジメテじゃねぇから、別にどうでもいいのか? 従順な奴隷にくれる『ご褒美』とか、そういう意味かよ?」

 それを聞くと、ヒル魔はいきなりバスローブの紐を解いて、するりとそれを肩から滑り落とした。それだけで真っ裸になる体を、平然と葉柱の目にさらして、いつも通りの笑いを見せる。ちゃんと服を着てる時と同じ、自信に満ちた顔だ。

「…んなこた、どーだっていいだろ。るっせぇヤツ。てめぇだって、なんで俺が欲しいか判んねぇくせに、自分で理解してねぇこと、人に聞くんじゃねぇ」

 部屋はそんな明るくもないのに、ヒル魔の白いカラダが眩しい気がした。華奢に見えて、細い筋肉がしっかりついてて、それでも女より綺麗で艶めかしく見えちまうのは、きっと俺の目がオカシイんだろう。オカシイのはもしかしたら、頭の方なのかもしれないが。

 黙って目を見張って、いつまでもヒル魔の体に見惚れていたら、ガツンと頭から怒鳴られた。

「ああ、うざってぇッ! 判った、いらねぇんなら帰るっ。言っとくがここの部屋代は、てめぇの贅沢な小遣いでも払えねぇぞ。一生ここで奴隷やってりゃいいだろ」

 怒った声が、なんだかいつものヒル魔と違ってると思った。向けられた背中に両腕を伸ばして、捕まえるのは簡単だったけど、ベッドに組み敷いた途端に、ヒル魔の鋭い爪が腕に食い込んできた。

 半端じゃねえくらい痛ぇ。でもそっちは放っといて、葉柱はヒル魔の太ももに両手を掛けて押さえつける。見ている前で、それがひくりと反応するのが判った。無理に広げられた脚の間の、一番エロい場所。

「いらねぇワケねぇだろ、てめぇこそ、馬鹿かよ、このっ。散々焦らしやがってっ。そんで焦らされたあげく、俺のせいで他のヤツに犯されやがって…ッ。てめぇは俺の気ぃ狂わす気かよっ」

 言い終わった途端に、葉柱はヒル魔のそこに顔を寄せた。自分でも何をしようとしてるかなんて、さっぱり判らないまま、彼は顔をもっと近付けて、舌先でそれをちらりと撫でる。

「…んく…ッ。て、め…っ」

 びくり、とヒル魔の体が跳ね上がった。葉柱の腕に掛かっていた手が、いつの間にか外れて、両手の指すべてが、白いシーツを掻き毟っている。

 らしくねぇと思えるほどの、真っ直ぐな反応だった。舌先にはもう欲望の味がしている。先端が濡れてるのは、葉柱が舐めたせいじゃなく、そこから零れる蜜のせい。

 あの日、クイーンズなんとかってラブホで、感じながらも冷静そうな目ぇしてやがったヒル魔とは、まるで違ってる。身を捩る仕草が、嫌がってるようにも、感じまくってるようにも見えて、そのどっちでも、すげぇエロいと思った。

 雄なんてのは、結局は誰でも同じなのかもしれない。欲望に押し流されちまえば、確かに理由なんて、もうどうだっていい。「なんで」も「どうして」もねぇや、ヤりてぇからヤるだけだ。

 そしてもしも万が一、ヒル魔が俺に、ヤられてぇって思って誘ったんなら、勿論、その方がいいとは思う。よっぽど機嫌がよくなきゃ、きっと教えてなんかくれないだろうけど。

「糞奴隷ッ、は、ぁぅ…。こっち朝練、五時半からだから…な…っ」

 浅い息の合間に、それだけはちゃんと告げたヒル魔。葉柱は返事の代わりに、ヒル魔の首筋に吸い付こうとして、そこでやっと気付いた。バーガー屋にいる時に見つけた、ヒル魔の首のキスの跡は、もう随分前に自分がつけた跡だったのだ、と。


                                   続












 
 キスマークって、結構長く跡が残っているものだと思ってますが、幾らなんでも残りすぎですか? まあ、そこらへんは気にしないで下さい。ヒル魔さんは、柔らかくて白い綺麗な肌なので、きっと薄っすら残った跡も、明るいところだとまだ見えるんですって。

 んで、ちょっと体が火照ったりすると、ますます赤っぽく見えたりしちゃうと、色っぽくていいな〜とか思います。

 今回、内容がちょいと、だらっとしててスイマセン。焦らすのが得意なヒル魔さんに、私までもが焦らされている気分。ってか、焦らしてるのは葉柱さんかい?

 もぉ、賊学ヘッドさんてば、なんで抱きたいか、抱かせてくれるかなんて、もっと親密になってから聞けばいいのにね。ヒル魔さんは、せっかちさんらしく、怒っちゃったじゃないですか。そんなヒル魔さんも可愛いと思う、腐った惑い星でした。笑。


06/12/28