Voice voice voice … 2




「なに、情けねぇツラしてんだ?」

 それだけ言い置いて、ヒル魔はガタリと席を立つ。カバン一個だけ持って、レジを素通り。要するにそっちで払っとけって事だろう。取り合えず払うが、冗談じゃねーぞ、外へ出たら文句の一つも言ってやる。

 速足に外へ出て、ヒル魔の背中に文句をぶつけようとしたら、彼はゼファーの横で顔だけ振り向いて言ったのだ。

「クイーンズラヴ、覚えてんだろ?」
「…なんだそりゃ」

 マジで判らなくて聞き返すと、ヒル魔は呆れたような不機嫌な顔をする。その不機嫌を噛み締めるために彼は数秒黙って、それから吐き捨てるように言った。

「ボケてんのか? この間、てめぇが俺を連れ込んだラブホだろ? 東口前通りから、道を一本それて、突き当たり奥から数えて三件目。そこ行け」
「つ、つっ、連れ込んだワケじゃねぇ…ッ」

 心臓がバクバク言い出して、今にも口から出てきそうだった。こいつ、俺をショック死させる気か? 大体なんで、またあそこに行かなきゃなんねぇんだ?

 もしかして、や…約束だから…? この前んときゃ、確か、別の日に…とか、コイツ、言ってた。させてくれんの? マジで?  

 顔を真っ赤にしながら、葉柱がゼファーのシートに跨ると、後ろにヒル魔が横乗りする。走り出すバイクの上で、彼は片手でバックシートの端に捕まり、いつものように器用にバランスを取った。

 腕も体も脚も、何処も触っていないこの状況でも、後ろに乗ったヒル魔の体温を感じる気がして、ハンドルを握った葉柱の手は汗だく。

 脳裏に焼き付いてるヒル魔の裸の体が、見過ぎたビデオみたいに、ところどころ雑音混じりになりながら、頭の中で再生されている。声も。息遣いも。

 あの時のヒル魔は、エロくて綺麗で、いつも以上に酷ぇ悪魔で、それで葉柱は捕まってしまったのだ。絶対に逃げられない完璧な罠の中、逃げたいとも思えないヒル魔特性の、奴隷の檻に。


 西口から東口へ回り込んで、そこからちょっと路地を走ると、葉柱が覚えてもいなかった、ホテルの名前の看板が見えてくる。

 半分取れかかって壁から突き出した、ピンク色のネオン。壁の色も同じピンクだが、あちこち塗装がはげて、まだらになっていて、見た目気持ち悪い。

 入ってっていいのか判らなくてスピード緩めてたら、後ろに乗ったヒル魔が、止まりかけたタイヤのホイルを蹴る。

「お、おいっ、蹴るなっつってんだろ…っ。危ねぇし」
「バイク停めんのは左端のガレージだ。中入ったら、てめぇは何も言わなくていい。黙って後ろに付いてきな」

 言われた通りにバイクを停めて、葉柱はヒル魔の細い後ろ姿を見つめながら付いて行く。形のいい尻に視線がいっちまって、どうしていいか困ってたら、二人はいつの間にか、部屋を通り過ぎて廊下に出ていた。

 長くて薄暗い廊下の先を曲がり、掃除用具入れのドアをヒル魔はためらい無く開く。何やってんだよ、と口を挟む隙もない。

「おう、命令通りしてあんだろうな?」

 勿論、掃除用具に話しかけた訳はなくて、ヒル魔の視線の先には、高級ホテルみたいな、豪奢な床に壁にカウンターに、立派なスーツを着たホテルマン。

「あっ。ハ、ハハハイ…っ」

 ヒル魔の姿を見るなり、震える声で縮こまり、カウンターテーブルの上に額が付くほど項垂れて、年配のホテルマンは銀色のカードを差し出した。


 *** *** ***


「な、なぁ…っ」
「あ゛?」

 何度も話しかけて、やっとヒル魔が返事をしたのは、赤い絨毯の敷かれた広いエレベーターに乗った後だった。ここに着くまでの間も、物凄い豪華なフロアだの、立派な階段の傍だの通ってきたのに、誰一人とも擦れ違わない。

「…ワケ、わかんねぇんだけど」
「何がだ」
「何がって…。全部だよっ。何であのボロラブホと、こんな綺麗なホテルが中で繋がってんだ?」
「頭、悪ぃな、てめぇ」

 エレベーターは最上階に着いて、ドアが開く。でもヒル魔が降りようとしないから、開いたドアはまた閉まっちまいそうになる。長い腕を伸ばして、閉じるドアを押さえ、葉柱が下りようとしたら逆の手首を掴まれた。

「お、おいっ、下りねぇと、箱、また下に下りちま」
「下りねぇよ。このエレベータは最上階専用だし、今はこの階が全部、俺の貸切だからな」
「へ…? な、なんで?」

 呆けた顔をして、葉柱は聞いた。ヒル魔は葉柱の腕を引き寄せて、箱の奥に彼の背中を押し付けながら、いつもの悪魔の笑い。

「このホテルキングスと、あっちのクイーンズラヴは経営者が同じでな。どっちにも、幾つかの個室に隠しカメラと盗聴器が設置してあんだよ。違法ビデオ作って、裏で売ってんのはまだカワイイとして、どっかの偉いさんが来たら、それをネタに強請りタカり」

 全部聞かなくても、そこまで聞いた時点で納得がいった。つまりその現場を押さえ、証拠を突き付けて、ヒル魔がさっきのホテルマンか、もしかすると経営者自体を脅してんだろう。

 呆れるってより、コイツらしいな、とあっさり了解しちまう。悪いことやってたのは確かだろうが、何となく同情する。

 見つかった相手が最悪だったよな。俺だって、まだヒル魔に強請られているようなもんだ。バイクの為に、なのか、今はもう、別の理由の為になのかは判んねーけど。

「そーゆーワケだからな」

 その声がヤケに近くに聞こえて、天井を見上げていた葉柱が、ヒル魔の方へと視線を戻す。

 細い両腕を上げ、ヒル魔はその腕を葉柱の首に絡めた。一つも二つも数えないうちに、腕、胸、腹、脚、全部が絡みつくように密着して、最後に唇が触れてくるのだ。

 柔らけぇ唇。シャンプーかなんか知らねぇけど、少しいい匂いがして、そのせいかキスのせいか、葉柱はくらくらしてた。動かないエレベーターの箱の中で、真っ赤なふかふかのカーペットに立って。

「ここが気に入ったんなら、このまんま、ここでヤってもいいんだぜ? ハバシラ」

 それからまた深いキス。

 こいつの舌って、なんでこんな甘ぇんだ? 口、最初から薄く開いて、もっと舌、舐めてくれ、吸ってくれって言ってるみてぇ。言われなくても、俺、もうずっと欲しくて、堪んねぇ。

 ああ、溶けちまう、と葉柱は思っていた。脳みそも理性も、どれもこれも、全部だ。エレベーターの中でヤるなんて、そんなプレイは別に興味ねぇ筈なのに、もう一秒も待てねぇ気がしてる。

「ほんと、ヤって…いいの…?」

 聞いてる場合じゃないのに、そんな女々しいセリフが喉から零れた。返事を待たずに、また唇を吸って、浅い息継ぎをするのももどかしい。本当はキスを中断して、ヒル魔の顔が見たいのに、そうすることも出来ない。

 唇を解いた途端、逃げられそうで、葉柱はヒル魔の細い腰を、両腕でぎゅうぎゅう抱き締めていた。


                                 続














 豪華なホテルでヒル魔さんと本番エッチですかっ!? いいですねぇ、葉柱さんってば。それなのに、ほんとにエレベーターの中でする気なんでしょうか?

 かなり立派で広いようですけど、箱がぐらぐら揺れそうですよね。いやいや、やはりお部屋でゆっくりエッチして欲しいので、この後、場所は移動すると思います。
 
 それにしてもヒル魔さん、葉柱さんとのデートのために、こんな場所を用意したのか、それとも新しい奴隷を見つけたら、こんな素敵な場所がゲットできたんでしょうか? 

 ハバシラさんとの初エッチ本番だから、素敵な場所がいいな、俺、なんて言うような、可愛い人だとは思えないけどさ。どんな本番になるのか、惑い星も楽しみにしているんですよー。

 でも今回、エッチシーンを書けなくてゴメンです。やはり、ヤるばかりの話は抵抗あるのでした。


06/12/16

 
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