痛ぇっつーくらい、風が頬にあたる。スピードはいつもより、ちっとだけ速ぇ。別に急いでる訳じゃねぇのに、ちんたら走ると後ろのヤツが、聞こえよがしに舌打ちするから。

 さっきだって、五分で来いとか命令しやがって、精一杯飛ばして駆けつけりゃ、その後、十分も校門前で待たされる。今までキレねぇできた自分に感心しちまう。マジでムカついて、何度怒鳴り返そうと思ったか判らねぇ。

 そんな事を考えて、葉柱は唇を噛む。前を向いてバイクを駆りながら、背中にいるヤツの事を、彼は全身で感じている。感じながら、溺れるほどの敗北感と共に、さらに思う。

 だって、そうだろ?
 
 怒鳴ろうかと思った回数の十倍も、二十倍も、正反対の事を思う自分がいるんだ。思うごとに口に出してたら、人には二重人格だと思われちまいそうだった。

 それくらい、ヤツが嫌いだ。
 それくらい、俺は、ヤツの事が…。

 葉柱がちらりとミラーで見ると、何考えてんのか判らない顔で、ヒル魔はどこか遠くを見てた。いつも通り、横向きに座ってる彼の髪が、びゅうびゅう吹き付ける風を浴びながら、光の下で揺れている。

 と、いきなり、ミラーの中のヒル魔の顔が、まともにこっちを向いた。全然体に触ってなかった手で、葉柱の襟を掴んで、軽く身を寄せて呟く。風に千切れかけた声が、なんとか聞き取れた。

「フクメン」
「え、覆…。やべっ、マジだ」

 ヒル魔の言葉の通りに、ずっと後ろに見覚えのある車が走ってる。間違いなく覆面パトカーだ。

 さっきから、ゼファーはスピードだってかなり超えてるし、メットも被ってねぇんだ。このままいきゃあ、ぜってぇ目ぇ付けられる。

 それにしても、こいつバイク乗らねぇ癖に、何で判んだ、んなこと。俺が知ってて当然でも、ヒル魔が判る必要もないだろうに。また、得意の情報ってヤツかよ。

 けど、今はそんな事を、気にしてる場合じゃない。ちらりと後ろを見て、葉柱は徐々にスピードを上げた。

 まだ覆面との距離はかなりある。幸い、今は夕暮れ前の、色んなものが白灰色に見えてくる時間で、見つかり難い筈だ。このまま気付かれないうちに、向こうの視界から消えりゃ問題はない。 

「おい、ヒル魔」
「…あ?」
「あすこのデカい運送トラックの横、しばらくスピード落として並んで走っから、その間にフツーに乗れよ」

 こいつが言う事を聞くかどうか、不安なとこだった。案の定、ヒル魔は返事もしやがらねぇ。

 短く息を吐き、葉柱は走りながらほんの一秒…二秒…、首を捻じ曲げてヒル魔の方を向いた。ついでに体も斜めにして、彼の方になんとか顔を寄せる。しらっとした顔をしたまま、ヒル魔はそんな葉柱に視線だけは向けてきた。

「ちっと無茶な走りになっから、そのまんまじゃ危ねぇって言ってんだ! いいからちゃんと跨いで座れ! 腰に腕回せっ」
「…命令かよ」

 口調はともかく、こんなにちゃんと説明してんのにコレだ。ムカついてる場合じゃねぇけど、やっぱムカつく。でもムカつく以上に、怪我とか、かすり傷だって、つけさせたくねぇ。

「命令じゃねぇ。…頼む」

 もう前を向いていたから、その言葉がヒル魔に聞こえたかどうか。もういっぺん「お願いします」とか、付けて言わねぇと駄目なのかと思った。

 だがヒル魔は返事もしないで、いきなりシートに両手を付く。付いたと思ったら、そのまんまヒラリと足の場所を変えて、ちゃんとシートを跨いだ。それから腰の位置を、ずっと前の方にずらして…。

「腰に腕、ね」

 意味深な声でヒル魔が言った時にはもう、その華奢な両腕が、しっかりと葉柱の腰に絡みついている。

「…ヒル……」

 どきり、と、した。
 そういや、初めてなんじゃねぇ? 俺からじゃなく、ヒル魔の方から、一方的に俺の体に腕、回して…。こんなふうに自分からカラダ、くっつけて…。

 冷たい風を浴びて、体全部が冷たくなってたからこそ、触れた場所の温かさが、ズキズキするほどリアルで…生々しくて…。

「おいっ、何の為に座り直したんだッ。俺ごとフクメンに捕まる気か? 冗談じゃねぇぞ」
「…と、飛ばすぜ…っ」

 慌ててアクセルを吹かす。二人して、体が後ろに引っ張られるような感覚が、ほんの一瞬。いきなりの加速に、周囲の景色も他の車も、全部後ろに溶けて消えてく。

 重なった葉柱の背中と、ヒル魔の胸と…それに、もっと下の方も…。

 カーブでゼファーが一方に傾く。腰に回されてるヒル魔の手が、一層強く腰に絡む。その指先が、なんでか上の方に少しずれてきて、胸をそろりと撫でてきた。

 訳、判んねぇ。なんでこんな、心臓がうるせぇんだ?
 おかしーだろ? もう何回も寝てんのに。
 まあ、何回もったって、まだそんなじゃねーけど。

 フクメン、もう、とっくに見えねぇ。ヒル魔、乗り方、いつものに戻さねぇんだな。けど、停まったら、そりゃ離れちまうよな…。

 あたりめぇだ、馬鹿か、俺。

 そういえば、こんな遠くまで走れなんて言われてねぇや。そろそろ怒鳴られんだろーな。怒鳴るんなら怒鳴れよ…ヒル魔。

 葉柱は、バイクのスピードをぐんと落として、あんまり車の走ってないあたりに停まった。背中にくっついたヒル魔は、まだ離れない。



                                     続










 わ、笑ってやって下さいな。連載はしばらく書かない・・・なんて日記で言ったのは、昨日なんですけどねぇ。前後編(もしくは全三話とか)になっちゃったよ、これぇぇぇ〜っ。

 ちょっとラブラブっぽい二人が書きたいな、って思ってしまったのが悪かったわ。まだ終わりそうに無いので、とりあえず、前半部分のみアップすることにしました。

 背景は、近所の海で、ワタクシの撮りました写真を、色加工だけしています。まあ、夕焼けには見えないけど、勘弁してちょ。

 続きは多分、すぐ書いてアップするよ。日曜か月曜にでもね。三話になるとしたら、ラストは一週間後かもしれないけどさ。ラブい二人がお好きな方、どうぞ続きを楽しみにしていてやって下さいっ。にゃはっっ。


06/10/28 
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お前は海の波のよう   1