バイクが止まると、幾分ぎこちなく下りて、蛭魔は倉庫の小さな入り口から中に入り、立ち止まって命令する。

「照らせ」

 葉柱はバイクから下りずに、そのまま倉庫に入って、ライトで中を照らした。殆ど真っ暗だった倉庫の中に、ひとすじの光が走って、荒れ切った中の様子が判る。

 壊れて散乱した木箱の残骸。割れたガラスの破片は鈍く光っているし、汚れた配管だの、潰れたダンボール箱だの…。酷い有様だが、こんなにここを荒らしたのは葉柱だ。

 中に踏み込んで、ライトの光と汚い倉庫の地面を見ていたら、あの時の光景が脳裏に蘇る。そういえば同じやり方で、壁にハリツケにした蛭魔の体を、やつらは煌々と照らしていやがった。まるで虫の標本か、解剖する小動物でもいじるみたいに。

 たった今、それを見ているように、葉柱の心臓はバクバク騒ぎ出す。頭がキリキリ痛くなって、目の前がくらくらする。たちの悪い発作だ。また、怒りが膨れ上がる。

 あいつら、今頃はどこにいる? やつらがいつもたむろってるったら、多分、落書きだらけの高架下か、その傍のコンビ二裏か…。

「…おい、ハバシラ。今から俺がいうモノ、拾ってこい」
「あ゛?」

 額に青筋を立てたまま振り向くと、変に静かな顔で、蛭魔が彼を見ていた。途端に怒りが引いてくのが、嘘のようだ。自分の目を覗き込む蛭魔の顔を見るのに、ヨソごとはただ邪魔になるだけに思える。

 考えてみたら、なんだ? 拾ってこい? 犬じゃねぇぞ。ムカつく。それとも借りモノ競争か? 大体、何を拾えって?

「まずは散らばってる服を拾え。切れっ端も見落とすんじゃねーぞ」

 ムカつきながらも葉柱は、言われた通りに屈んでそれらを拾い集めた。あいつのガッコの制服の、グリーンのジャケットに、下のズボン。それから引き千切られてボロボロの、白いシャツの切れっ端。
 
 あらかた拾えただろうと思って彼が顔を上げると、薄暗がりの中で、蛭魔は目を細めて、葉柱の見落としを探している。

「おら、そこの鉄パイプの影、ジャケットのボタン。足元に落ちてんのも、シャツの欠片だろ」

 まあ、奪われて散らされた服を集めさせる心理は判らなくもない。ヤツの奴隷の全部が、こいつに弱みを握られてるんだろう。なら、それは全部、敵ってことだ。何人奴隷がいるか知らないが、憎まれるアテは幾らでもいるに違いない。

 だからこの男は、逆に誰かに弱みを握られるような隙は、絶対に曝したりはしない。そのために、暴行された跡やら証拠やら、こうして神経質に集めさせるのだ。

 まだあるんじゃないかと、葉柱がきょろきょろしていたら、蛭魔はバイクの後ろに腰を乗っけて、その細い指で、奥を指し示した。

「奥の壁んとこに摘んである、木箱の隙間見ろ」
「何処だよ…。あ、あそこか?」

 指された場所へ歩いていって、半分崩れたように摘んである木箱の隙間を覗き込む。目を凝らしても何も見えない。何もねぇぞ、と言いかけたところに、イラついた声が飛んでくる。

「ある。手ぇ奥まで突っ込んで探ってみろ。確かにその奥に隠した」
「隠したって、なに…」

 汚い床に膝をついて、細い隙間に腕を入れる。こういう時、長い脚やら身長は邪魔になるが、この長い腕はやたらと便利だ。ずっと奥まで入って、確かに何かを手の中に掴んだ。

「あった」

 擦り傷だらけになった、ケータイ。暴行されかかりながらも、蛭魔の頭の中は冷静で、奴らの目を盗んでこれをここに滑り込ませたということか。なんてヤツだよ、と、ただ思う。

「さっさと寄越せ」

 バイクに腰掛けたまま、尊大な態度で蛭魔は手を差し出す。それを渡してやると、蛭魔はその片手を胸に抱きこむようにして、葉柱の長ランの内ポケットにしまい込んだ。

 一体、誰のアドレスやらtel番やらが、そのケータイに入っているのだろう。多分、無数の奴隷達のだろうが、もしかしたら違うのかもしれない。葉柱の無言をどう思うのか、蛭魔はいきなりバイクのマフラーをガツンと蹴って、彼を睨み付けた。

「ボケっとしてねぇで、早くここを出やがれっ。明るくなんねぇうちに戻りてんだよッ」
「け、蹴るな! …戻るって、家かよ。場所言わねぇと判んねえだろ、てめぇっ」
「部室」

 薄ら笑いを浮かべて、蛭魔は短くそう言った。その笑いが「たかが奴隷に、自分の家、教える筈ねぇだろ」と、嘲笑う顔に見える。

「…部室な」

 バイクを駆って、まだ真っ暗な空の下を行く。指示されなくとも、交通量が少なくて、それほど遠回りじゃない道を選んだ。また蛭魔の着ている長ランの裾がはためく音がする。振り返らなくたって、その白い脚とか、華奢に見える膝とかが目に浮かんだ。

 踏み切りで停まった時、葉柱は前を向いたままで言う。別に噴かさなくとも、バイクの爆音は激しいのに、変に静まり返っている気がして堪らない。

「寒くねぇかよ…」
「別に…。てめぇの体が熱ぃからな」
 蛭魔の返事には、確かに笑いが滲んでいる。

 なんだよ、それ。笑いながら言うことか? てめぇのカラダ思い出して、心臓バクバク言わしてる俺が、そんなおもしれぇか。 

「ちっと、スピード上げんぞ」

 遠くの空が、ほんの少し明るい気がする。それに蛭魔も気付いているからか、彼は返事もせずに僅かに体をくっ付けてきた。腹に回した腕、脇腹あたりに感じる、蛭魔の指の感触。

 背中の上の方が冷たいのは、きっと、蛭魔が顔を横に向けて、そこに髪を押し付けてるからだろう。

 泥門の校舎が見えてきた。なんでだよ、と、葉柱は自分でも訳の判らない不満を感じた。もっと、ずっと遠けりゃいいのに、と…。


                                   続












 そろそろ、この連載もラストを迎えそうな感じです。次回がラストか、またはその次かな。連載を書いていると、ちょっと「うーん」と、思うこと。一つ一つの長さが大体決っているので、見どころ読みどころ!を盛り込めない場合もあるのよーってことかな。

 今回の話は、二人があんまり接近してないし、書いてても残念だったりしました。

 読んで下さってる方、ゴメンでーすっ。次回は多分、この連載のラストになると思うし、なんか「いいシーン」があるといいなぁ。とか目論んでいます。

 ぶっちゃけ「キス」させたいっ!のです。あは! 結構もう、セックスに近いことしていながら、純愛な心のルイ。大好きです。そして余裕のふりして、実はルイにかなり惹かれてるヒル魔さんも、もちろん大好きです。

 二人とも大っ大好きなんで、次の話も、そしてまたルイ×ヒルで別のストーリー書くときも、キス話を書くときもね。愛情ぶっつけて書いていきたいと思います。

 んで、最後に一言。新刊のヒル魔さん、格好よかったよぉ。葉柱さんの涙、素敵だーっ。
 
 
06/10/09

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Trap Collection 9