どうしたら、この戒めを外せるのか。答えはまだ出ていない。思いつくことを試してみるしかなくて、葉柱はもう一度、ナイロンの糸の上を指の腹で辿った。
あり得ないような、妙な事をしていると判っている。男が男の股間に手を触れて、指でいじっているのだ。気色悪い以外のなにものでもない筈なのに、そんなふうには思えない。
汚いなどとは欠片も思えず、それどころか、裸の女を目の前にしているよりずっとそそられる。糸を外すのが目的なのに、下手をすれば、それを忘れそうになってしまう。
「…あ……。ぅう…」
押し殺したように聞こえてくる、蛭魔の声。目の前に広げられた白い下肢。その間で、ひくひくと震えているモノ。それに触っている自分の手、指…。
「我慢、しろよ、ヒル魔」
「余計な口、叩くんじゃねぇ」
葉柱は理性を掻き集めて、命じられた役目を果たそうとする。それでも気遣ってそう言ってやれば、そんな悪態が跳ね返ってきた。忌々しいにも程がある。
多分、半端じゃない痛みだろうが、やらない訳にもいかず、ナイロン糸の隙間に、葉柱はまた親指の爪を押し込んだ。糸と蛭魔の性器の間に、爪の先を突っ込んだまま、もう一方の手でナイフを持つ。
糸と蛭魔の肌、その間に出来た隙間は、一ミリかそこらで、ナイフの切っ先が知らずに震えた。視界の端に入る蛭魔の顔は、ほぼいつもどおりに見える。
飛んでもねぇ悪魔だ。一体、どういう神経してるんだか想像もできねぇ。
ただ、ベッドに食い込んだ蛭魔の指が、時折シーツを乱すのが見える。奴の息遣いが、普通じゃないのも判る。
葉柱の指先に、また蛭魔の精液が流れてきた。一端ナイフを置いて、ペットボトルを傾け、温い湯で洗い流してやる。ベッドが濡れるのなど、気にしちゃいられない。
だが、そのぬるま湯が脚の間を流れた途端に、蛭魔は険悪な顔で葉柱を睨むのだ。
「…冷てぇ」
「あ゛? ぬるま湯だぞ」
「冷てぇっつったら、冷てぇんだよ!」
理由は判る。蛭魔の肌が酷く熱を持っているからだ。こんな体じゃ、温い湯だって、冷えた水みたいに感じるんだろう。
「いいから、動くなっつーんだ」
言いながら、また零れてきている精液を、湯で流してやる。湯が流れる感触だけでも感じるのだろうか。蛭魔は喉を仰け反らせて、息を詰め、それから首だけ持ち上げて、葉柱をちらりと見た。
悪態も付かず、真剣な顔をして、黙々と命じられたことに従う葉柱…。
辛いのには変わりが無いだろうに、蛭魔はベッドの上で、不意に体から力を抜いた。膝を開いたまま、仰向けの格好で体を投げ出し、腕を顔の上で交差させる。
早くしろよ…と、擦れた声で、蛭魔は言った。命令というより、それが頼みごとのように響いて、葉柱はますます真剣な顔をした。
糸の隙間を探そうと指を這わせる。それの先端から滲み出し、指をぬるつかせる精液を、ペットボトルの湯で流す。また糸の隙間を探そうと、指先でそれを撫でる。
浅い息遣いと、それの合間に零れる喘ぎが、葉柱の理性を粉々にしようとする。抱きたい、と自覚してしまった後で、目の前にある肢体は信じたくないくらい扇情的なのだ。
ナイフを構える。やっと見つけた結び目。そしてその傍が一番、糸が緩んでいた。爪をその隙間に入れ、鋭いナイフの切っ先を、そこに強く押し付ける。
「つ…っ」
さほどの抵抗もなく、ぷつりと糸が切れた。それと同時に葉柱の親指の爪にもナイフが食い込んで、指先が微かに傷つく。血が滲んで、その紅い色が蛭魔のソレを汚した。
「もうちっと、そのまんま動くなよ、ヒル魔。今、解いてやる…」
怪我した指を口に運ぶと、血の味と共に、別の液体の味と感触がした。脳みそがぐらぐら、煮えてきてんじゃないかと思う。糸なんかどうだっていいから、そこに口を付けたくてしょうがない。
でも、今、許されているのは手で触ることだけなんだろう。結び目のところからやっと切ったナイロン糸を、両手を添えながら、慎重にそこから外していく。
「ん、…んッ」
蛭魔の声が、ほんの微かに聞こえて、葉柱は思わず視線を上げる。蛭魔はシーツの上に両肘を付き、背中を持ち上げて、細めた目で葉柱を真っ直ぐに見ていた。
なんてぇ目だよ。自分の大事なとこ俺に散々弄られて、感じてるのとかも全部、見られてるってのに。
立場が逆転したような思いで、葉柱は思わず視線を逸らした。糸をゆっくり解いていくと、そこがびくびくと反応してくる。何時間も何時間も、まともにイくことも出来ないようにされていたんだから、当たり前すぎる反応。
このまま解いていったら、どうなるか。さっきまで、とろとろ滲み出してたのとは比べられないような勢いで、蛭魔は絶頂を越えるのだ。こうして最後まで、糸を外したら…。
「…ハバシラ」
どういう意味でか、蛭魔が彼の名前を呼んだ。ただの名前だが、蛭魔があまり呼ばない呼び方。糞奴隷でも糞カメレオンでもない、名前を呼ぶ声。
「く…。ふ…ぅ…!」
シーツに置いた腰を跳ねさせて、蛭魔は精を放った。解けた糸を手にしたまま、葉柱は着ているシャツの胸と腹にそれを浴び、そして引き寄せられるように顔を寄せる。
何かを考えている余裕は、何処にも無い。無意識だったが、それは望んでいたことだった。
「…ひ、ぁぅ…ッ…」
仰け反った白い体。その腰が、ひくりと震えて持ち上がって、逃げたがるように揺れる。だが、蛭魔の下肢は押さえつけられていて逃げられず、精液の全部を葉柱の口に放つ。
葉柱の舌に弾けた精液は、何故か、目の眩むような味がした…。
続
ヒル魔さんと、ハバシラさんの関係の魅力って、ベッドにいる時と、そうじゃない時と、違うってところかな…と、思ったりした。なのでこうして、ベッドシーンに順ずる場面を書いていると、なんか不安になってきますよ。
え? え? これでいいの? このまま書いて大丈夫?
でもヒル魔さんを目の前にしたハバシラさんみたいに、ヤバイと思ったって止まらない。止まろうったて止まらないのであります。止まらない止まらない、あーれーってんで書いてしまうのですな。
書いてる私もそうだけど、作中のハバシラさんも流されてる。ヒル魔さんも、もしかしたら流されてる? ハバシラさんはまだしも、ヒル魔さんはさ、流されたまんまでいるとは思えないっす。
このあと、二人はどーなるのでしょうか? 意外とハバシラさんの方が、自分をセーブしたりしてね。ほら、彼、ああみえて?好きな人には、凄く優しいと思うんだ。うん。
続きが楽しみー。頑張りますっ。
06/09/10
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Trap Collection 6