向けられた背中が、苦しそうに震えている、湯の流れるタイルに膝を付いて蹲って、ただ繰り返す嗚咽。流れる湯には、白いものが混じって、その湯が蛭魔の膝を濡らしながら、床の上に広がっていた。

 あんな目に合った直後なのだ、吐くくらい当然のこと。男が、男に組み敷かれて、女のように扱われて…。一体、どんな気分だろう。

 かける言葉も探せずに、葉柱は突っ立ったままでいる。どう言っていいのか、何か言うべきなのかが判らない。

 ずっと葉柱の視線を、背中に感じていたのだろうか。蛭魔はろくに振り向きもしないで、唐突に自分の体から白い長ランを剥がし、後ろに立ち尽くしている葉柱に突き出した。

 真っ白な長ランの裾は、湯が染みて少し汚れている。
 汚れるのを気にしてるのか? まさか、悪魔なこいつが、そんな気を遣うはずがねぇ。

 そう思いながら、葉柱は反射的にそれを受け取ったが、剥き出された蛭魔の体に、もう視線が吸い寄せられてしまっていた。

 その体は、男にはあり得ないくらいに白くて、腰が細い。当然、女とは違う体だが、妙に色気がある気がして、じっと見ていると気分が落ち着かなくなってくる。
 
「邪魔くせぇ…」

 気が付くと、裸の蛭魔が目の前に立っていて、気だるげな声でそう言った。風呂場の壁に片手をつき、幾らか斜めに体を傾け、本気で邪魔くさそうな顔をしている。

 葉柱が焦って退いた脇を、ゆっくりと通り抜けて、蛭魔はベッドの方へと戻っていく。擦れ違いながら、斜めに葉柱を睨みつける顔が酷く青白かった。

「なんか刃物がねぇか?」

 ベッドの端に腰を下ろして、蛭魔はまた唐突に言う。葉柱は愛用のバタフライナイフを、躊躇いもなく差し出した。疑問に思ったから、ストレートに問う。

「なんに使うんだ」
「コレはてめぇのナイフだろ、他にねぇのかよ?」
「ラブホにそんなもん、置いているわけねぇだろって。だからなんに使うんだ」

 ほんの一瞬、ちらりとだけ、蛭魔は葉柱を見た。すぐに手を差し出して、スリ盗るようにナイフを受け取ると、今度は不機嫌そうな別の顔をして、葉柱の姿を眺める。

「なんか飲みもん、買ってこい。さっきと同じでも何でもいい」

 相変わらずの命令口調。逆らってもムカついても、どうしようもないことは判っていて、葉柱はまた部屋の外へ出た。

 自販機の前で、出てきたペットボトルを手にした途端、さっき見た蛭魔の姿が思い浮かんだ。風呂場にうずくまる背中の震え…。ペットボトルに口をつけて飲む時の、仰け反った喉…。

「あいつ、そう言や、なに…吐いてた? 食べ物とかじゃねぇし…。なんか、白い……」

 蛭魔が吐いていた、あの白く濁ったものの意味に、急に思い当たって、葉柱は部屋へと引き返す。ドアを開けて、大股に部屋に入った彼の目に、脚を開いた格好の蛭魔が映った。

 蛭魔は葉柱のナイフを、開いた脚の真ん中に向けているのだ。

「ば、馬鹿、何する気だッ!」

 叫ぶように言って、長い腕を伸ばし、葉柱は蛭魔からナイフを取り上げる。抵抗する素振りもなく、あっさりとナイフを明け渡して、蛭魔は葉柱を見上げた。

「このナイフ、切れ味がよすぎんだよ…。俺は、刃物は使い慣れねぇしな。…てめぇがやれ」

 脚を広げたまま、蛭魔はベッドの縁に片足を上げ、ゆっくりとそう言った。広げた大腿の、脚の付け根の傍に、血の滲む小さな傷が、一つ。そこに視線が釘付けになって、それからそのすぐ傍の、それが葉柱の目に映った。

 広げた脚の間に、半分だけ立ち上がっている蛭魔の「それ」。その根元は、ナイロンの糸みたいなものでぐるぐる縛られて、それ以上たかぶる事も、精を放つことも出来ないように戒められていたのだ。

「あい…つら…」

 怒りが、込み上げた。
 ついさっき、倉庫で殴り飛ばした奴等の顔が、ちらちらと目の前にちらつく。もう決着のついた争いで、弱い相手をいつまでもいたぶる趣味などないのに、今日ばかりは半殺しでも足りない。

 顔の原型が判らなくなるまで、殴って蹴って、ナイフで脅して、耳の一つも削いでやりたい。

 あいつら、いったい何をしたんだ。
 裸に剥いて、腕を縛って、あそこを糸で戒めて…。その上、自分らの穢れたものを、蛭魔の口に放ったのか。恐らくは何度も何度も繰り返し、数人がかりで。

 見ると、蛭魔の白い肌には、いくつも暴行の跡がある。その脇腹にも背中にも、真新しい痣が見えた。タイルの上の足首には、きつく掴まれてついた指の跡。手首にはロープの跡。

「…ハバシラ」

 溜息の混じった声で、蛭魔が彼の名を呟いた。今度はそれだけで引かない怒りを、さらに淡々とした言葉が宥めようとする。

「よせっつってんだろう…。何回言わす気だ。いいから、コレを何とかしやがれ」

 そう言われて、目の前でさらに脚を開いて見せられ、葉柱の脳裏で渦巻く怒りの発作が引いていく。酷いことをされたのは自分だというのに、その一瞬、葉柱と目を合わせた蛭魔は、ほんの少し笑っていた。

 怒りが引いて、間近で真っ直ぐに蛭魔を見て、葉柱は正直な感想を呟く。今度は別の意味で、鼓動がどんどん速くなっている。

「とことん変わってんな、てめぇ。んな目にあって、フツー、ブチ切れんだろ。それに…こんなにされて、カラダ、辛くねぇのかよ」
「別に、ハジメテじゃねぇしな、こーゆーことは」
「何、どういう意味…」
 
 思わず問い掛けた葉柱の言葉に、イラついた目をして、蛭魔は怒鳴る。

「早くなんとかしろっつってんだろうが…ッ」

 言葉はずっと冷静だったくせに、シーツに置いた指はずっと震えていた。脚を軽く動かすだけで、その振動が辛いのだろう。時折、顔が微かに歪む。

 今更のように、そんな事に気付いて、葉柱はナイフと蛭魔の体を見比べた。指が震えているのは、蛭魔だけじゃない。自分が今、何を命じられているのか、それを再確認した途端に、また心臓がバクバクと騒ぎ出すのだった。


                                     続












 鈍いですか? 葉柱さん。そうかもしれませんね。暴行されたあとに、唇から零れる白っぽい液体っつったら、もう…。いやいや、書き手の私がヘタレなんですね。

 でもまあ、無事?に葉柱さんは、ヒル魔さんのされた内容に気付いて、ぶちきれそうになってくれました。そしてそんなハバシラさんを見て、微妙に嬉しそうな顔をしちゃうヒル魔さんもね。幸せなり!

 この内容に関する話は、ちょっと今朝の日記に書いたので、ここでは壁紙のお話をします。興味ない? そんなこと言わないで、聞いてちょーよ。

 この壁紙は、私の職場で撮影したものです。ベッドです。社長さまがお泊りの際に御使用になるらしい、ちょっと格好いいベッドなのです。実物はもっと濃いグレーです。

 それを薄めの色に加工して、まわりをぼかしてくれた、相棒さん、ありがとう。お陰で中々素敵な壁紙になりましたよ。お気に入りじゃーっっ。また今度よろしくね。


06/08/25





Trap Collection 4