一瞬の静寂の後、誰かが葉柱の名を叫んだ。
「葉柱さん…っ!」
今、暴力沙汰はまずい。また出場停止になっちまう。そんな思いを込めて、部員達が葉柱の体を押さえ込む。だが、葉柱はそれ以上は暴れようとせず、地の底から響くような声で言ったのだ。
「…何処だ」
「え…っ?」
「場所、何処だっつってんだっっ!」
仲間たちに押さえつけられた彼の両腕は、さっきからずっと、細かく震え続けている。○○校のもう一人の奴は、もう逃げ出そうとしていたが、そこを葉柱に掴まって凍り付いていた。
その男にしたら、何が葉柱を怒らせているか判らない。よくやったと褒められるためにしたことの、一体、何が悪かったのか。
「に、西の埠頭の…4番倉庫で…っ。う、わぁッ」
モノのように、その男を放り出し、葉柱はすぐにバイクに飛び乗る。誰もついてくるな、と、視線で命じれば、賊学の誰もが訳も聞かずにその命令に従った。
自分が飛ばす、バイクの爆音すら耳に入らない。ただ何度も「糞奴隷」、と彼を呼ぶ蛭魔の声だけが、脳裏に響いてうるさ過ぎる程だった。
*** *** *** ***
『葉柱さんには、会えたのか?』
組み敷かれ、両腕を括られて床に転がされ、半ば引き裂くように服を奪われた直後、蛭魔はその言葉を聞いた。
本当は、もっと早くにこの状況を覆す手立てはあった。その場にいる、五、六人の男どもの中の一人に、見覚えがあったのだ。そう…まだ利用した事は無かったが、その男の弱みを、蛭魔は握っている。
別の奴隷に吐かせた脅迫ネタだから、そいつ本人は、蛭魔に弱みを握られている事など、知らないだろうが、耳打ちしさえすれば、腕の縄を緩めさせ、他の奴等の気を逸らすくらいはさせられるだろう。
だから、蛭魔は服を裂かれながら、やめろ離せと喚きながら、内心では冷静に機会を窺っていた。それなのに、その言葉を聞いた途端、プランは狂ってしまったのだ。
…ハバシラ……? なんでここで奴の名前が出るんだ。こいつら、賊学じゃねぇだろう。
「まだ会えてないって? せっかく、いい貢ぎもん用意してるってのに。泥門のヒル魔を捕まえてるって、とにかくそれだけでもすぐ伝えるように言えっ!」
蛭魔の疑問は、すぐに消えた。リーダー格の奴が言った、今の一言が、全ての状況を彼に教えてくれたのだ。力が抜けたふりをして、首を深く項垂れて、蛭魔は声を立てずに笑った。
貢ぎモノ…。つまり俺の身が、葉柱に取り入るための供物ってわけか。なるほどね。
その一瞬、彼は酷く興味をそそられた。
葉柱は、それを聞いたら、どうするのだろう。ここにくるだろうか? 拉致られて、好きにされている彼を嘲笑うだろうか。自分で報復しようと、暴行に加担するだろうか? それとも、もっと別の反応をするのだろうか…。
馬鹿げた心理だ、と、蛭魔は自分の思いを嘲った。嘲りながら、もう逃げる算段をするのをやめた。葉柱がくるのなら、どんな顔をして奴が現れるのか、知りたいと思ったのだ。
そうして、それからもう、半日も過ぎただろうか。
喉を反らして、蛭魔は薄闇に汗の雫を散らしていた。声はほんの微かだけ、その唇の隙間から零れている。壁に走る配管のパイプに、両腕を高く固定され、両側にいる男の手で、両脚を左右に開かれ…。
いや、半日どころではない。もう随分、時が経った気がする。時間の感覚がなくなりだした頃は、時々顔を上げて、高い窓から見える空の色を、確かめていたが。
開いた両脚を、上に抱え上げられ、蛭魔は鈍く体を捩った。
また…体を貫かれて、突き上げられる…。
抵抗は無意味だが、だからといって無抵抗にしているのは、かえって下種どもの支配欲を長引かせると判っている。だから、精々、嫌そうに身を捩って、悔しげに相手を睨み、性欲に流されたふりで、蛭魔は喘ぐ。
腕を縛られた時。
服を裂かれて裸に剥かれた時。
脚を左右に広げられ、そこを凝視された時。
そして、肌を撫で回され、散々に嬲られて、性の欲を無理に呼び起こされた時も…。
蛭魔は絶妙な演技で、蹂躙されて屈辱にまみれるふりをした。何度も何度も、繰り返し。見破られないように、細心の注意を払って。
だが、蛭魔だとて、生身なのだ。例え自分自身の体でも、理性だけでコントロールし切れないこともある。長く嬲られて、好き勝手に体を弄くられて、その身も、やがて過度の快楽に溺れ出す。
「…う、ぁあ…。てめ…え、もう、いい加減に…っ。は、あぁ…ッ!」
その言葉は演技だと、蛭魔は自分を騙していた。本当は演技じゃない。ハラワタが煮える程の屈辱で、理性など捻れて千切れそうだ。
葉柱の反応が知りたいとかなんとか、馬鹿な興味を持ったものだと、自身を笑い飛ばすには、置かれている状況は手酷く、終りも見えない。
彼が弱みを握る男の姿は、いつしかその場から消えていて、一枚きりのそのカードも、もう使えはしなかった。
蛭魔ももう、自分を誤魔化しきれない。
ぞくり、と背筋を快楽が這うのだ。貫かれる痛みと同時に、無視しきれない感覚が体の芯で震える。目蓋を薄く開いて見た視野が、霞んでいる。演技ではなく、勝手に腰が跳ね上がり、下肢が物欲しげに揺れてしまう。
彼を組み敷く複数の男たちの体にも、やがては歪んだ性欲の炎が生まれた。
蛭魔を酷く嬲れば嬲るだけ、きっと葉柱は満足するだろう。泣いて跪いて許しを乞い、どんな命令でも聞くくらい、蛭魔をいたぶって弱らせておけばいいのだ。
そんな理由を勝手につけて、彼らは蛭魔を嬲った。飽きもせずに、五、六人で交互に、その体を舐め、撫で回し、貫いて喘がせた。
仰け反る首筋に、汗に濡れた金の髪を乱す蛭魔。その髪は何度も乱暴に掴まれ、その都度、グロテスクなものを口に捩じ込まれる。喉の奥に流れ込む液体を、吐き出す気力すら、そろそろ品切れだった。
薄くぼんやりと開いた瞳に、小さな窓の月明かりが映る。
…ハバシラ。もう、聞いたんだろ? 聞いてて、そのまま放置ってのは、どういう意味なんだ…。
屈辱と快楽に溺れ、蛭魔は心の隅でそんな事を思っていた。聞きなれたバイクの音が、耳の奥に聞こえてくるのは、ただの願望なのだと錯覚した。
嘲笑いにでもいい、この行為に加担しにでもいい、どうでもいいから、来てくれと、蛭魔は腕を伸ばす。勿論、それは錯覚で、壁の配管に縛られた腕は、最初と同じに縛られたまま、すっかり痺れ切ってしまっていたのだ。
続
本当は、一昨日出来上がってたんです、この小説。でも、プロバイダーの方で何かエラーでもあったのか、一昨日の夜はずうっと、ネットに接続できなかったんです。
壁紙を探そうにも、素材サイトも見られない。昨日の朝、急いで探してアップしようと思ったけど、無理だったよぉ。
てな訳で、この壁紙は惑い星自身の撮影です。小説中にあるような、埠頭の倉庫ではありませんが、海の傍にある、古い古い倉庫なのですよ。こ、ここここの奥で、ヒヒヒヒヒル魔さんぐぁ!
今回はヒル魔さんばかりが出ていて、ルイは殆ど出なかった。早く、二人が一緒にいるシーンが書きたいよぉっ。次回はきっと、きっと! ねっ。
こんなストーリーではありますが、二人の行く末を気にしてくださっている方が、いらっしゃいましたらありがとうございます。どうぞ、続きを待っていてやってくださいな。
ハイハイ、日付が変わりましたね。てな訳で、下記の日付のアップです。
06/08/08
.
Trap Collection 2