乱暴に突き倒されて、組み敷かれる。男達の手が、体を地へと縫いとめて、ことごとく自由を奪われ、一瞬息が止まる…。
そんな事はいつものことだ。ボールを持ってりゃ、誰もが突っかかってくる。ラインは全能でも最強でもねぇ。審判の笛が鳴る。攻防が入れ替わる。
だが、それはゲームの最中のこと。今は違う。この薄暗くてボロい倉庫は、フィールドじゃねぇ。
突き倒された体の痛みに、顔を顰めながら、蛭魔は一瞬で考えた。今のこの状況を、どうすればいいのか。理性的に…。そう、機械のように、理性的に…。
*** *** *** ***
「…さん…、葉柱さん…っ」
さっきから何度も呼ばれていた気がする。だが、その声はずっと彼の頭には入ってこなかった。頭の中は、金色をした悪魔で占領されていて、それ以外のことなど、欠片も入る余地が無かったのだ。
あれからずっと、葉柱はこんな調子だった。もう一週間も経つのに、何か悪い魔法でも掛けられたように、ぐるぐる、ぐるぐる、同じ事を考えている。
「葉柱さん…。すいません、あの…どうしても話したいって、○○校の奴等が、さっきから校門とこで、ずっと待ってて。なんか…貢ぎ物とか、訳わかんねぇこと言って」
「カッ、るせぇっつってんだろ、あ゛? 話しかけんなっつったの聞いてなかったのか?!」
そう吐き捨てて、葉柱は椅子を蹴るようにして立ち上がる。手下達が、みんな、びびって凍りつき、一気に道を開けた。その間を通って外へ出ていき、彼はバイクの爆音を響かせる。
面倒くせぇ。なんも考えたくねぇ。奴のことだって、考えたくねぇのに、あの悪魔は人の脳ミソん中まで、土足で入り込んで居座っちまってる。あの目で、あの唇で、笑いで、あの声で!
「どけ…っ」
校門の周りに、二、三人、別の学校の奴が立っていた。どっかで見た制服だと思ったが、それだって今はどうでもいい。
そのうちの一人が体を張って、葉柱を止めようとしてきたが、跳ね飛ばしかねない勢いで、彼がバイクを駆ると、引きつった顔をして道に転がった。
なんか、そういや、○○校の奴等がどうとかって…。
一瞬、頭をよぎったが、知った事じゃない。そんな事を頭に入れられるような余裕は、葉柱にはないのだ。だからといって、何か目的があって、バイクを駆る訳じゃない。
滅茶苦茶な走りで街中を駆け抜けて、気付いたら泥門の校舎が、高架下に見えていた。デビルバッツのメンバーが、練習している。赤いユニフォームが見えたが、金の髪も、あの細身の体も見当たらない。
ほんの一瞬でそこまで見てから、そんな自分に苛立ち、葉柱は強引にUターンする。
道路を無理に遮った彼のバイクに、怒り狂ったようなクラクションが浴びせられるが、それへ一瞥をくれながら、あっと言う間に、彼の姿はそこから消えていた。
苛立つ。頭の中を占めた記憶に、心も体も全部、縛り付けられているようだ。自分があいつの奴隷だという事実には、少しの変化もない筈なのに、あの一瞬で、二度と逃げられないところに追い込まれた気がする。
いっそ、呼び付けられて、あの顔を直接見れば、何かが判る気がするのに、呼び出しがこない。
目の前にちらつく金色の残像に、不意に赤い色が重なった。それが信号の赤だと判り、バイクから跳ね飛んでしまいそうな、無理な急停止。
横断歩道を渡っていた小さな子供が、引きつった顔で固まっているのが、ほんの鼻先で見えて、さすがにビビる。
冷たい汗をかきながら、やっと自分の居場所へとバイクを向けたのは、部室を出てから何時間も経った後だった。
バイクのままで校門を通り、部室の前に乗り付ける。爆音を聞いて、飛び出してきた部員の奴等は、何故かみんなして強張った顔をしていた。
あの○○校の二人も、その中に混じっていて、さらに彼を探し回っていたらしい部員たちが、数台のバイクで戻ってくる。何か変わったことでも起きたのかと、その時、やっと葉柱は思ったのだ。
「どこ、行ってたんすか、葉柱さんっ」
「俺らずっと、街中探し回ってて、見つけらんなくて」
「…いいから、何があったか言え」
下らない話だったら、ただじゃすまねぇ。
そんな意味で、彼の眼光が鋭くなる。○○校の奴のうち一人が、何が面白いのか、変に高揚した顔をして言った。
「賊学ヘッドの葉柱さんに、ぜってぇ喜んで貰える貢物、俺らで捕まえてるんすよ!」
もう一人も、自信満々の顔で前へ出た。
「だから、来て欲しくて、俺ら今朝早くから呼びにきてんのに、葉柱さん、中々…」
「おめぇら、○○校っつったか? なら賊学の配下だろうが。それが俺を呼びつけに来たってか。偉くなったもんじゃねぇか、あ゛っ?!」
やっぱり、下らねぇ話だ。
もう聞く気も失せて、凶暴な気分だけが胸の奥で膨れ上がる。暴れるわけに行かないと判ってはいたが、それでも苛立ちは激しくて、ハンドルを握る指が震えそうだった。
「は、葉柱さん。…こいつら、あの泥門の」
「……なに…?」
別の意味で、本当に、彼の指は震えた。怯みながらも先を言うのは、○○校の奴等じゃなくて、葉柱自身の仲間の一人。
「蛭魔を、捕まえてヤキ入れてる…って」
まさか。
そう思った。だってあいつは、そこらの奴に簡単に捕まったりするようなタマじゃあねぇだろう。捕まったとしても、大人しくヤキ入れられてる男かよ。
「もう、昼のうちから捕まえて、動けねぇ程度にいたぶってやってんですよ」
何が嬉しいのか、笑いながら言う、○○校の奴。
頭の奥では、どういう事なのかは、漠然と判った。○○校の連中は、ちょっと前から賊学の配下に入ってる。
大人しくいうこと聞くばかりじゃあ、いつまでもただの配下のままだから、なんか気ぃきかせた事をやって、気に入られようってことだろう。
だが。それが…。
蛭魔を拉致って、いたぶってる…って…?
「葉柱さん、どうし…」
どうしますか? と、葉柱に聞きかけたのは部員の一人だった。その声が途切れて、うわっ、と驚いたように、そいつは叫んだ。葉柱も、自分が何をやったのか、自分自身で判らない。
バイクに跨ったそのままで、葉柱は片足を跳ね上げ、媚を売ってくるような男の顔を、思い切り蹴り上げたのだ。○○校の奴は吹っ飛んで、部室の壁に激突し、そのまま動かなくなった。
続
とうとう、書き始めてしまって、そしてもう載せてしまったよー。もうちょっと書いてからと思ったのに、書くとすぐ載せたくなる、堪え性のない私なんです。ボツったらどーすんだっ。
そうならないよう、頑張ります。泣。
まだヒル魔さん、全然、出てません。ええ、出てないも同然ですよね。次ではきっと、色っぽい彼が見られると思うので…ってか、強姦されてると思うよ。ズタボロだよ、きっと。
彼を苛めてるのが、ダメな人は、次から読まない方がいいかもしれません。痛くても、ズタボロでも余裕をかましたがるヒル魔さんが、是非みたい方は、ええもう、是非読んでやって下さいね。
へタレなような、カッコいいような、微妙な葉柱さんが見たい方、ヒル魔に惚れてて振り回される葉柱さんが見たい方も、どうぞ見てやってね。
また、のっけから切れてるコメントですみません。この連載も、きっと長いと思いますので、末永くよろしくお願いします。
07/07/30

Trap Collection 1