『 たとえ貴方が狼でも… 1



 蛭魔の手が愛用の銃の、銃身を撫でている。上から下へ、ゆっくりと…。そんな彼の視線が何処にあるのか気付いて、栗田は蛭魔を振り向いた。今までも何度かあった事だから、その眼差しの意味が、彼には判ってしまう。

「瀬那を連れて来い」
 帰り支度を終えて、蛭魔と栗田以外のメンバーが、全員出て行った途端に、蛭魔はパソコンを眺めたままそう言った。困ったように振り向いて、栗田はすぐには動かない。

「蛭魔ぁ…セナ君はチームの仲間なんだし、大事な…」
「…連れて来いっつってんだろ」

 声の抑揚も変えず、蛭魔は要求を繰り返す。やっと立ち上がった栗田の背中に、変に穏やかな彼の声が投げかけられた。
「あいつはアメフト、やめねぇよ…。こんな生半可なことじゃあな」

 *** *** *** ***

「僕に何の話なんですか? 練習のことかなぁ…」
 一人だけ名指しで呼ばれたから、瀬那は不安そうに栗田を見上げて聞いてくる。視線を合わせられず、栗田は部室のドアを開いた。

 大きくて温かな栗田の手のひらが、やんわりと背中に置かれ、瀬那の体を部室の中へと押す。後に続いてドアをくぐり、栗田は奥で待っていた蛭魔に向かい、再び呟いた。

「明日も練習あるし、試合も近いし…」
「判り切ったこと言ってんじゃねぇよ」
「だって…本当にセナくんは」

 無視されたような状況に、瀬那は栗田と蛭魔の間に、視線を行き来させるばかりだ。音も立てずに椅子から立って、蛭魔はニヤリと笑いを見せる。

「そんなに心配なら、見張ってればいいじゃねーか。お前も入って、ドア閉めろよ。糞デブ」
「なに、話してるんですか…? 蛭魔さんたち。わ…ッ」

 近付いた蛭魔に制服の襟を捕まれ、部室の奥へ、軽々と突き飛ばされる。部屋の真ん中のベンチが、背中にあたって痛みが走った。

「蛭魔っ、そんな乱暴しちゃ駄目だよ」
「じゃあ…お前がこいつを押さえてっか? 栗田。そうすりゃ無茶しねぇで済むし、暴れられねぇ方が、俺も楽だ」

 これから何が起ころうとしているのか、そして二人の言葉の意味も、瀬那には判らない。蛭魔は部室の明かりを消して、月の光だけに照らされる中で、意味深な笑いを深めた。

 *** *** *** ***

「は、離して…くださいッ」

 ガタリ、と音を鳴らしてベンチが揺れた。いつもそこに座って、足にテーピングを巻いたり、荷物や防具を置いたりしているベンチ…。その細いベンチの一つを跨ぐように座らされて、瀬那は身を捩った。

 だが、どんなに身を捻ろうとしても、体は殆ど動かせない。すぐ後ろに立った栗田が、その大きな両手で、背後から彼の両腕を押さえつけている。

「く、栗田さん…、なんで…っ」

「なんで? 本気で聞いてんのか、チビ」
 言葉を返したのは、瀬那の正面にいる蛭魔だった。まるでシーソーの端と端にいるように、彼と瀬那は向かい合って座っている。膝と膝がぶつかるくらいの至近距離で。

 静かだが、獰猛な蛭魔の笑みを、間近で見るのが怖くて、瀬那は何度も栗田を見る。だが、視線をやるたびに、栗田はすぐに視線を逸らして、済まなそうな顔をするのだ。

「…蛭魔さん」

 何をされるのか、その訳を知りたくて、怯えながら瀬那は今度は蛭魔を見た。酷く間近で目が合って、その途端、唇に柔らかな感触が触れたのだ。

 何が起こったのか理解する前に、細い指で喉をさすられ、思わず瞳をきつく閉じる。
「おっかねぇと目ぇすぐに閉じる癖、ゲーム中は出せねえようにしろよ、糞チビ。てめぇがそんなだと、安心してパスが回せねぇ」
「あ、はい…っ」

 アメフトのことを言われると、無意識に素直な返事が零れた。まだ傍にある蛭魔の顔が、瀬那が今まで、一度も見たこともない笑みを浮かべていた…。


                                   

















 実は惑い星、ちょっとビビッています。いやこんな話だし…ね。ヒル魔はここまで酷いヤツじゃない! 栗田がこんな事をするなんて! セナが可哀想っ。そんな言葉が聞こえてきそうだにょ。

 でも鬼畜なヒル魔、強姦されるセナ、そしてヒル魔のどんなところも含めて、想ってしまう栗田が書きたかったんです。栗田と同じように、ヒル魔を想うようになるセナの、純粋な姿とかも。

 こんなお話でも、好きだと言ってくれる方、いらしたらいいなぁ。続、になってしまいましたが、次の話はもう激しくHになるでしょう。期待、してくれる?


06/05/24
 
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