TURN OVER 1
胸ポケットから、ケータイのコール音。けたたましい音…。あいつだ。溜息つく暇もなく立ち上がる。部員達は全員で俺のこと見た。
「ハバシラさんっ、俺いきますっ」
「いい」
「だって、あいつからなんでしょ! またパシれとかっつって…っ」
「…いいっ、つってんだ! 行ってくる。サボんなよ」
愛車の爆音、耳に心地いいはずのそれまでが、今日はなんだか耳障り。昨日、俺はあいつに言ったんだ。
部員ら使うのはもうやめてくれ、てめぇの要求は無茶すぎんだよ。
時間制限とかギリギリで危ねぇし。事故らしたくねぇんだ。
今日から俺が、全部、来るから。
ケケ、と笑ってあいつはロクに返事もしねぇ。口に膨らませたガムのフーセンと、男にしちゃあ赤い唇のコントラストが、毒薬みてぇに俺をクラクラさせた。なんであんなムカつくやつが、この世に存在していやがんだ。よりにもよって俺の前で、毎日俺を嘲笑ってやがんだ?
「タクシーの呼び出しは五分っつっただろ、二十五秒遅刻だ、何、死にてぇ? お前」
「……カッ、そんなの一々守ってる方が、よっぽとあの世に近ぇよ。知ってんだろ、この時間は商店街を迂回しなきゃ来れねぇ」
「イイワケ、すんじゃ、ねぇよ…」
バイクに乗った俺の横をすり抜けるとき、ヒル魔は片手のひらを太腿に滑らせてきた。指先が脚の付け根の方まで届いて、そこらへんをかすめて遠ざかる。ぞくん、って、脳天まで痺れるような何かが体を縛るんだ。悪戯にしちゃ、生々し過ぎる、やべぇ遊び。
それにしても白くて細い指だな、って、思った。薬指、指輪すんなら何号? 俺のしてる指輪だったら、親指に嵌めたってきっと、するする回って落ちるんだろう。爪、うっすら桃色、なんとかいう小せぇ貝みたいに、何か、かわい…。
ガンっ、て、タンクが蹴飛ばされる。
「てんめぇ、油切れかよ、泥門駅っつったの、聞こえねぇの? それともお前の大事なバイク、スクラップにされてぇ?」
キレイな笑いで悪魔が毒づいた。返事はしないままでアクセル吹かす。急発進でもヨロつきもせずに、片手一つバックシート後ろに置いただけのヒル魔が、絶妙のバランスを取るんだ。
こんなヤツじゃなかったら、すげぇな…って一言褒めてぇくらいに、ぴったりタイミング合わせて、華奢な体、左右、前後。まるでバイクの一部みてぇに、いっそ俺の体の一部みてぇに、完っ璧なタンデム。
すげぇ、気持ち、イイ…。こういう快感は、バイク乗りじゃねぇと、きっと判らねぇよな。どんな相性ぴったりの女とエッチしたって、こうはいかねぇって思うくらい、イイんだ。こんなヤツ乗っけてるのに、なんで。あぁ、なんで。
ちらっとミラーに映る金髪が、ほんとの地毛なんじゃねぇのって思うくらい綺麗で、似合ってた。お前が女で、もっと素直なカワイイやつだったら、俺のオンナになれって、もう…。
イカレてる自分のことくらい、判ってる。頭はいつも、こいつといる間、ガンガンって鳴りっぱなし。
「あそこ、自販機、寄せろ」
命じられて俺はいうことを聞く。寄せて止めりゃあ、ヒル魔は自販機の横っ腹を膝でひと蹴り。決まりごとみてぇに、あいつのスキな無糖の缶コーヒーが一個転がり出てきて、手の中。飲み干したヒル魔はチラッと回り見渡して、ゴミ箱がないのに気付くと、無造作にそれを放り上げた。
くるくる、回りながら空き缶が飛んでくる。茶色の飛沫が零れてるのは気付いてた。俺の白ランの胸にも、それは容赦なく飛び散る。謝るわけねぇ悪魔が、面白そうに笑って歩いてきて…。
「なに、しやが…っ」
髪を乱暴につかまれる。引き寄せられた顔、その口の横にヒル魔の唇が触れた。ぺろん…って、舐められ、またあの嘲笑。
「どっか、寄ってく? そこらへん路地入れば、休憩何分何千円て、いくらでも…。その間にお前のその、無駄に白い服、クリーニング屋脅してでも洗わせようか?」
なんの話、してんの、コイツ。笑えねぇジョーク。笑うどころか俺の喉、ごくん、て。
「本気」、かよ…って、続けそうになった言葉は、癇に障る声で散々笑い飛ばされた。
「…タマってんの? お前? 今日はもう帰してやっから、そのへんで相手拾ってほどほどヌイとけば? 服の上からでも、判んぞ、すっかりそこ、元気にしてやがって、爬虫類の癖に、人間並みに」
遠ざかる背中見ながら、俺が思ってるのは馬鹿な妄想と心配事。部員達みんな相手に、今までいつも、あいつはこんなことしてきたんだろうかって。もしかして俺が知らねぇだけで、誰かこの手に引っかかって、あそこの路地入った、ネオンのきついどっかのホテル…に。
もしもそうなら、誰と、どんなふうに? あいつは…。
下らねぇっ、馬鹿げてるッ。部員達信じることも出来ねぇで、何が賊学ヘッドだって?!
自己嫌悪に、溺れて、呼吸困難。
あいつと会うたびにこんなで、俺はもう、
壊れかけて。いいや、とっくに、
コワレてる…。
*** *** *** *** ***
まぁた、俺、ヤり過ぎ…たのか?
ヒル魔は部屋のベッドに乱暴に腰掛け、仰向けになって天上を見た。からかうと面白いからって、最近の自分はちょっとイき過ぎだよなって、彼も気付いてる。
ブチ切れ寸前だからなのか、それともホントにタマってんのか、葉柱は毎回、思った以上に反応するんで、面白いゲームにハマるみたいに、気付けばまたあいつを弄んでる自分がいた。なんか興味も尽きねぇんだ、とヒル魔は思う。
もうちっと、エスカレートさせたら、あいつ、キレんだろうか。そしたら呼び出しに応じなくなるんだろうか。そうはならない気がする。ムカついたりキレそうになったりしながら、約束は約束だからって、きっちり守ってくる律儀さが、馬鹿みたいで、気に入ってた。
くく、とヒル魔は思い出して笑う。頬っぺたべろっ、て、舐めてやったときのあの顔。服の上からでも判るって、うそ言ってみた時のあの目。判るわけねぇだろ、触ってもねえのに。
ほんと面白ぇ、んだけど、マジでほどほどにしとこーか。面白ぇ奴隷はせいぜい大事にして、なるべく長くこき使わねぇと勿体無ぇしな。
笑っていた顔から笑みを消すと、ヒル魔はガバリと起き上がってPCに向かった。まずはメールチェック。あっちこっちの奴隷が送って寄越す脅迫ネタに目を通す。時々、なんのカン違いか、ゴマ擦ってるつもりなのか、エロい18禁画像とかくっつけてくる馬鹿がいて、それはさっさとゴミ箱へ。
くっだらねぇ、と、ヒル魔の目が言っている。でも、嫌悪するのとは微妙に違う目の逸らし方をしていて、彼はそんなエロ画像、一度も開いたことがない。
今日は目ぼしい脅迫ネタはなかった。ケッ、しけてんな、と、詰まらなそうに言って、彼はシャワーを浴びに行き、その部屋から出て行った。
続
先日、アイシノベルに感想頂いて、そのうえ、昨日は憧れのあの方とチャット〜♪ テンション上がっていい感じなので、また連載を書くことにしましたっ。わーい、暫らくぶりにアイシのサーチも更新してこようっと。ニコニコ。
ほんとに単純なのですが、誰かが私の書いたアイシを好きでいてくれて、そう言ってくれるのなら、まだまだ書けそうですっ。うーふー。
このノベル、今回はまだあんまり進展なかったですけど、実は初心な小悪魔ヒル魔さんを書いているのが、すんごく楽しかったですよ〜っ。読んでくださった方、ありがとうございました。どうぞこれからもヨロシクお願いしますー。
そうそう、この連載は他のどの話とも繋がってません。新しい?二人です。
09/05/08
