Stop & Dash 2
「えぇ…っ。事故…? ぁぁ、そうか、だからっ…」
いきなり部室の外から聞こえた声に、ヒル魔は、イラっとして目を吊り上げた。さっき邪魔すんなっつったのに、やっぱし人間語が判ってやがらねぇ、あのサル。
モン太の声の後ろの方は、段々小さくなって聞こえなかった。続いてセナの声がして、ヒル魔の胸の中でイライラが倍増。マジギレまで、もう間がない。
「それってやっぱりバイクで…? じゃあ、お見舞いとか行かないとっ。…入院先は」
事故… バイク… 入院…
今度も途中で聞こえなくなった声を、ヒル魔は心で繰り返した。何だか頭がズキズキする。いつもコンピュータみたいに働く頭脳が、今はちゃんと動いてない気がした。次に聞こえてきたのは糞マネの声。甲高いばっかりで、ところどころ聞こえない。
「怪我は… …そうなの。 その時は急いで… …運び込んで… 今日… だから今はもう… …バシラく…」
突然、ヒル魔は息がうまく出来なくなった。水ん中に顔つけられたみたいに、苦しくて苦しくて、その上、目の前が暗い。
なんの話だ。ハバシラ…? いや、違うだろ。そんなの、このタイミングでなんて、まるでヘタクソな脚本家のドラマみてぇな。だけど…バイク、事故、怪我、入院、救急車、運び込んで、今は、もう…?
なんだよ、もう…って。
ヒル魔の指はいつの間にか、ノートのキーボードの上を高速で動いてた。ディスプレイに並ぶ病院の名前。今日、交通事故の患者が救急で運び込まれた情報を、見開かれた目が探す。
三箇所あった。
一箇所目、車同士の事故。
これじゃない。
二箇所目、バイク事故で…怪我。
でも…女だ。違う。
三箇所目、これもバイク。
あぁ… 見つけた。 これだ。
車に突っ込んで…意識不明。
高校生…男…現在、心肺停…。
今はまだ早朝だけど、もう夜は明けたはずだった。窓から差し込んでいた光が、ヒル魔には見えなくて、見えなくなったその光が、この先二度と、見えない気がした。
ゴミ箱に捨てたものが何だったのか、それがゴミ収集車に持っていかれて、バラバラに壊されてから気付く。そんな愚かなミスは、俺がしちまう筈はねぇ。
機械みたい正確で、間違いなんか殆ど在り得なくて、だから今まで、なんでも思い切りよく、捨てたり拾ったり。選んだり選ばなかったり。捨てちまったもんに未練なんか。捨てたことに後悔なんか…。今までだって。これからだって。たった今だって。
… でも … ハバシラ … てめぇは …
「……ファッキーン…っっ…!」
叫び声が轟いたかと思った途端、部室のドアが内側から、いきなり蹴り開けられた。練習の真っ最中のフィールドに、ヒル魔はツカツカと入って行き、丁度飛んできたボールをがっしり両手で掴み取る。
「なに、するんスかヒル魔さん。今、俺がそのボール、キャッチマックス…」
「るせぇ…ッ! サル! チビ! 糞マネ! ちょっと手ぇ止めて、こっち来いっ! 今から俺の質問にサクサク答えろッ」
*** *** ***
白いベッドに身を沈めながら、葉柱は青ざめた顔で目を閉じている。なんでもないってのに、検査結果が出るまで、ベッドから下りちゃ駄目なんだって。
あんなの、喧嘩んときだって、フィールドでだって、何回も経験してんのに、バイク乗ってて車道だったってだけで、やれ検査だ入院だって、病院の奴らは大騒ぎ。
なんたっけ、あのMRIってやつ、初めてやられたけど、すげぇ苦手だ。今思い出しても気持ち悪ぃ。二度と嫌だ。まだゾクゾクしやがる。あのデッカイ機械ん中に入った時の、変な感じときたら。俺、閉所恐怖症っぽいとこ、あんのかな。
なんか耳鳴りまでしてる気がして…。
あ、耳鳴りじゃねぇ。この音。あ、ヤベっ、病院なのに俺、ケータイ電源…。ってか、これって。この音って。
着信音じゃね? 俺の…あの、ケータイの。
嘘だろ
マ…マジ?
あぁ、早くしねぇと
早く出ねぇと
切れちまう、切れちまう、切れ…
切れた。あぁ…。
嘆きとともに、葉柱はベッドから床へと落ちた。ケータイは壁に掛けられた長ランのポケットだったか。それともズボンのポケットか。葉柱は、検査の為に薄水色の検査服着せられてて、そこから出た生足が何か情けねぇ。
検査結果が出たら、とか思って大人しくしてたけど、もう待てねぇ。と葉柱は思った。
玉砕するんだって、早い方がいいに決ってる。負けたら体制立て直して、も一度戦い挑むつもりだし、また負けたらもう一回、それで負けてももういっぺん。そうだ、もう一回を何度でも、だ。
それにしてもさっきの着信。ヒル魔しかナンバーを知らないケータイだから、相手も当然ヒル魔だけで。
そう考えたらもう、葉柱は一時だってじっとしてはいられなかった。検査服を脱ぎ捨てて、いつもの恰好に戻って、自分にもったいぶるように、最後にポケットのケータイを取り出す。
不在着信 一件
知らないナンバーを見て、一瞬激しくガッカリ。だけどいつものヒル魔のナンバーは、ここにそのケータイがあるんだから、かかってくるはずがなかったんだ。そしてこれもヒル魔のナンバーなんだって思うと、その数字の羅列まで愛しく見えた。
掛けなおそうか。このナンバーがヒル魔に繋がるんなら、掛けてぇ、今すぐ。声を聞きてぇ。罵りでも怒鳴り声でもいい。なんなら取ってすぐ切られるんでもいいや。それでも息の一つくらい聞こえるだろ。
そんだけ俺はお前に餓えてる。
続
そうです。葉柱さん無事です。よかったよかった。ヒル魔さんにショックを与えてしまって、惑い星、書きながら辛かったです。ってか、葉柱さんがショックでズタズタになった時は、ここまで罪悪感がなかったあたり、やはりヒル魔ファンなのね、あたし。
判りきったことを今更のように認識しました。では、また次回。
08/02/12
