Stop & Dash 1
葉柱は誰も居ない部室で、ぼんやりと椅子に座っている。長い腕を机に伸ばして、その上に顔を伏せて、何処からか聞こえる時計の音を数えていた。
あれ? 今日、何日だっけ、何曜日…?
もう、何だか何にも考えたくねぇ。判んねぇ。
毎日毎日、学校には来ていた。授業なんざ放っぽっても、部活だけはちゃんとやってて。それでも、葉柱は今日の日付がよく判らない。時間がどれだけたったのか、判りたくないのに数えてる。あの日から、もう十日と一日。
左右のズボンのポケットに、一個ずつケータイが入ってて、一つは自分の。もう一つは、ヒル魔の捨ててったヤツ。あぁ、前までだったら、そろそろケータイが鳴る頃だよな…。
ゆっくり顔を上げて壁の時計を見れば、驚くことに本当に時間ぴったり。体に染み付いた癖が、胸にキリキリと痛い。待ってたってどうせ、呼び出しなんかこねぇのに、何してんだろ、俺。
その時、蹴っ飛ばしたような勢いで、外から扉が開けられた。うるせぇな、誰だ? 邪魔すんなよ。一人でいてぇんだから。
口に出さずに視線で文句を言おうとすれば、彼の視野に入って来たのは、細くて黒い影だった。一瞬、ドキリとしたのに、その鼓動を嘲笑うように、別人の声が聞こえる。
「…なんだい、しけたツラしてんね。忘れ物取りに来たんだけどさ、あたし」
竹刀を肩に乗せた恰好で、露峰メグがそこに立ってた。
「呼び出し、まだなの? 律儀に待ってんだ、ルイ」
「…あぁ。…まだ」
二度と呼び出しなんかこねぇ、なんて言葉、言うだけで哀しくて言えない。頭に浮かべただけで胸が裂けそう。
「程ほどにして、帰んなよ」
「…あぁ」
死んだような生きの悪い声。露峰は奥のロッカーからケータイを取って、そのまま出て行こうとしてもう一度振り向いた。手の中のそのケータイを、葉柱の視線が追っている。ヒル魔が前に使ってたのに似てるからだ。
「…何かあったの? 好きな子にフラレたとか?」
「は、はは…。放っとけよ」
何とか軽く流すつもりだったのに、葉柱の声は震えてた。露峰はすぐ傍の机に片手をついて、ほんの少しの間、何も言わずに葉柱を見ていた。
「…なぁ、メグ」
声を掛けられて、露峰はちょっと驚いたように目を見開いた。メグ、なんて呼ばれるのは暫くぶりで、ちょっとくすぐったい気がする。葉柱は椅子に背中を寄りかけて、首だけで項垂れて言葉を続けた。
「俺って…うぜぇ? 俺のナンバーの入ったケータイ、ゴミ箱に投げ捨てたくなるくらい、そんなうぜぇ? 二度と顔見たくねぇほど、どんなに役に立っても、嫌になるほど…うぜぇか?」
「……そんなことされたんだ…。別にあたしは、あんたのこと、ウザいなんて思ったことないけど」
言いながら無意識に、葉柱はケータイを片手に握り締めてる。白の薄型の、ヒル魔のケータイ。
「…それ? 見せてくれる?」
いい、とも、嫌だとも言わないうちに、露峰は葉柱の目の前にきて、その白いケータイを彼の手の中から奪い取る。パチンと開いて、ちょっといじって、それからそれを机の上へ返した。真面目ぶった顔で、彼女は言う。
「あんたのナンバーしか入ってないじゃない。履歴もみんな、あんた。…こんなの持ってるのって、そいつにとって、あんたが特別ってことじゃないの?」
「ちが……。わかんね…」
もしかして、って思ったことも、ほんとはあった。毎日毎日送り迎え、たまにはそれだけじゃなく、2ケツで流したりしたし、寝たのだってもう、二度や三度じゃなくなってた。
だけど、いらねー…って、葉柱も、このケータイもあっさりキられて捨てられて、もう何が何だか判んねぇ。確かめるのなんか、怖くて怖くて出来やしねぇ。
「そうね、言われてみりゃ…今のあんたは、ウザいね」
露峰はばっさりとそう言って、竹刀でバシリと葉柱の突っ伏してる机を叩いた。驚きもせず、その竹の切っ先を見ている葉柱に、露峰は早口で言った。
「いいじゃない。負け確定でもぶつかってって、バラバラになってくれば。賊学ヘッドが負けるのは、確かにみっともないかもしれないけど、そのままグズグズしてるよりはあんたらしいよ。もしもほんとにバラバラになっても、あたしらみんなでまた、あんたがあんたらしくいられるように、手伝ったげる」
「メグ…」
「その呼び方、やめてよ。なんか懐かしくって、調子狂うわ。みんなだって、あんたがいつまでもそんなだと困るの」
半端に閉じてたドアを、竹刀の先でぐい、と押すと、その向こうにはグランドが見えた。もう帰ったはずのメンバーが、俺らまだ練習してました、っていうような様子で、ばらけて立って、じっとこっちを窺ってる。
部室のドアが開いたのに気付くと、手にしてたボールを適当に放って、適当に追っかけて、無理でも何でも練習に突入。馬鹿な連中。ユニフォームも着てなくて、その恰好で練習中、ってのもねぇのにな。
「…じゃあ、まぁ、バラバラになってくるわ」
会うのが怖いくせに、会いに行けるのが嬉しい。無視されるか、怒鳴られるかだろうけど、とりあえず姿は見れるだろうし、見れなくたって、あいつに会いに行ってた道を、もう一度走るのが嬉しい。
バイクに跨ってエンジンを掛けると、露峰が傍まできて笑って言った。
「うまくいったら、あんたの悪魔にヨロシクね」
「あぁ」
爆音が空を掻き混ぜて、メンバーはみんな、どこかホッとした顔で葉柱の方を見ていた。誰かが手にしてたボールを、景気づけに思いっきり蹴り上げる。緩い弧を描いて、ボールは高く上がっていく。
って、メグ
俺がフラれたのが、ヒル魔にだって、
判ってるってこと…?
もしかすっと、他の奴らも。
グランドの脇、バイクで通り抜けながら、そんなことを考えてたら、誰かが遠くから彼の名前を呼んだ。
続
うぉーーーーう、なんか青春モノっ。スイマセン、そのぅ、書きながらなんか、どっか痒くなるような感じが。女の子なんて書いたからかもしれないな。慣れないことはするもんじゃねぇ。だけど男勝りな子は好きよ♪
しかしな、めっちゃベタな展開になってきたぞ。きゃーっ、みんなが呆れてる気がしますっ。あぁ、そこのお優しい方、よろしかったら続きもよろしくしてね。次回はきっとヒル魔さんも出るからねん。
メグって、こんな人でよかったのかしらん。むむむ。
08/02/04
