Silent love  1





耳に切れるような冷たい風
それから自分の放つ怒号
脚に響く振動は土を蹴って走り続けてるからだ
手のひらも腕ももう痺れて

 そんな俺に付き合わされる奴らの目が、もうそろそろいいだろうって、そんな困惑を浮かべてる。

まだだ、こんなんじゃあいつは…

だからもっと
早く 強く 鋭く…!






 耳に、すげぇ小せぇ音で、ドラマに出てる俳優の声が聞こえる。一生懸命、耳を澄ませなきゃ聞こえないくらい小さく、でも切実な感じの演技は伝わる。この男は、この女のことが好きなんだ。

『どうしてお前はそんななんだよ』

 相手役の女は、つん、とすました顔で横を向いたまま、返事もしてやらねぇで、バック一つもって玄関のドアを押し開けた。

 嫌だな、って俺はちらり、思う。こういう冷てぇ女のこと、好きになるこの男の気がしれねぇ。もっと優しくて思いやりがあって、キャリアウーマンなんかじゃなくていいから、時々はちゃんと夕飯作って待っててくれるような、そういう女の方が、可愛いのにな。

 好きになった相手が、その瞬間
 理想そのものになっちまうんだって、
 ほんとは俺だって、嫌になるほど判ってる。

『お前っ、俺のことどう思ってるんだ…ッ!』

 ついに爆発したように、男が女の背中へこう言った。俺は冷たくされちまうだろう男を見たくなくて、そろっとリモコンへ手を伸ばす。他のチャンネルに変えようと思ったんだ。そしたら、意外な言葉が聞こえて…。

『…好きに決まってるじゃない。好きでもない人と、一緒に暮したりなんかしないわよ、馬鹿ね』

 見せている女の横顔に、ほんのりと恥じらいが浮かんで、頬はうっすら染まっている。それから怒ったように女は男を睨み据えると、もう後は振り向きもせずに、仕事へと出掛けていった。

 いーなー…。そっか、そういうことも、あっていいよな。

 ぼーっとして、なくとなく適当にチャンネル変えて、俺は後ろを振り向いた。一つしかないソファを占領して、愛しいやつがそこでノートをいじってる。また飽きもせずデータ収集データ整理、それからデータ解析? 

 テレビなんか、ドラマなんか、別に全然興味なかった。ほんとはヒル魔の方向いて、じっとこいつの顔や姿見てる方がいい。でも視線がうるせぇって、一度言われてから、そうかと思ってテレビ見るようになったんだ。音もわずらわしいだろうって、小さくして。
 一回だけ、イヤホンでテレビ聞いてたら、無視してるみたいで気に入らねぇなんて言って、物凄く機嫌悪くなったから、それはしねぇ。

「なんだ。なんか用か?」
「えっ…、いや、別に。ごめん」

 そんなに俺の視線てうるさい? 見てるだけなのに、ヒル魔は眉間に皺。綺麗な眉寄せて、イラっとした顔でこっちを見る。  

「ドラマ、終わったのかよ。見ねえんなら消せ。音、うるせぇし」
「あ、ごめ…」

 謝ってばっかりだな、俺。

「あ、あのさ…」
「あぁ?」
「今日…」

 デートしねぇ?って、聞こうとしてた。試合もまだ先だし、ヒル魔だって息抜きした方がいいはずだし。なんてな、ほんとは自分がヒル魔と、もっとコミュニケーションとりてぇだけだけど。

「無理。時間ねぇ。いそがしんだよ」

 もう視線はノートへ落ちて、俺のことなんか、一秒も見てやしなかったよな。人の寂しい気持ちとか、そういうの、気付かねぇのかな。それとも、気付いてても気付かないふりなのかな。

「…お前、さ」
「なんだよ、さっきから」

 そんな煩そうにばかりしないで欲しい。

「俺のこと、どう思って…」
「あ?」

 え? 自分でも、酷く呆気に取られた。これって、まんま、さっきのドラマのセリフだ。やべ、怒られる。うるせぇってまた言われる。目ぇ見開いて、俺はヒル魔の顔をじっと見てた。目が、どうしても逸らせなくて。なんか言って、黙ってられると、怖い。
 ヒル魔は膝の上のノートから視線を外した。でも俺の顔を見るでもなく、壁の時計に目をやって、素早くソファから立ち上がる。

「ふん。そーだな…。タクシーなら別の奴でも問題ねーし。パシリなんか数え切れねぇほどいるしな。奴隷に使うんなら、余ってんだよな、実際」

 ずっとおんなじ姿勢してて、体が固まっちまった、とでも言いたそうに、華奢な体で伸びをして、ヒル魔は横に置いてあったバスタオルをぱっと手に取る。それから、もう今のセリフの続きなんか、忘れちまったみたいにシャワーを浴びにいく。

 俺? うん、なんか…すげぇ。すげぇ…ワケ判んない気持ちになって、ポケットに入れてたもん二つ、テーブルに置いて立ち上がってたんだ。


** *** *** **


女かよ、てめぇ。

 ヒル魔は髪を乱暴に洗いながら口の中で悪態をついた。俺のことどう思ってんの?ってか。そういやドラマでも、このセリフを吐いたのは男の方だったっけ。音低くしたって、ちゃんと聞こえてる。

 だからつまり、あの女みたいな答えが欲しくて、つい言っちまったってことだろう。判り易すぎて呆れた。そんなセリフ、どの口で言えるってんだ? それでも、ちょっとはヒントを出したのに、聞いた途端に絶望を見たような顔しやがった。

 お前、頭わる…っ。

「あち…っ」

 シャワーの湯が、急に凄く熱くなって、ヒル魔は思わずシャワーヘッドを放り出した。金がねぇわけでもないくせに、葉柱の住んでるこのアパートの家賃は安い。だからいろいろと気に入らないとこがある。備え付けの冷蔵庫はあんま冷えねぇし、壁が薄くて隣に声が聞こえそうで、いろいろと…専念できねぇとことか。

 それなのに、殆ど毎日泊まりに来てるのが、ただガッコーに近いだけの理由だと思うのかよ、バーカ。

 しょーがねぇ、今頃拗ねてんだろうけど、バイクの後ろに乗るとき、今日は腰に腕回してやろ。それから頬っぺた背中につけて、少しだけ腕に力入れてやろうか。とっておきのサービスで。

 ほんの少し、まだ髪に泡が残ってるのに、ヒル魔はそれにも気付かずに、急ぎ気味にシャワールームを出た。髪拭いて、体拭いて、下着一枚だけきて出て行くと、なんだか部屋が寒く感じる。

 窓でも開いてんのかよ、って見回して、でも目は開いてるかもしれない窓じゃなくて、もっと視野に入りやすいデカいもん探してた。だけどいくら見回しても見たい相手の姿は目に映らず、変わりにテーブルの上に視線が吸い寄せられた。

 部屋の鍵。それと、ケータイ。どっちも、ハバシラの。

 ヒル魔は頭に被ってたタオルが、ずり落ちそうになっているのを片手で押さえた。視野が塞がれて何も見えなくなる。

 ワケ、わかんね…。
 お前こそ聞かせろよ。

 俺のこと……






 続









 

 昨日、物凄く暫らくぶりにアイシサイト様のチャットに参加しましたー。そしてアイシ萌えを頂いて、ノベルをガガガーと書こうと思ったのですよ。余裕で格好いいハバシラさんや、意地悪で格好いいハバシラさんや、長髪で格好いいハバシラさんを沢山見られて、そういうハバシラさんとヒル魔さんのラブラブ話を沢山して…。

 よっしゃ、じゃあ、格好よくてエロス溢れる、素敵なハバシラさんを書くぞー、と思ってたのに、書いているのはこんなヘタレなハバシラさん…って、どゆことーーーーーーーーーーーっっっっ。

 はぁ、ヘタレハバシラさんのことをとやかく言えない、そんに私がヘタレ惑い星。涙。こんなのでも恥ずかしながら、N様へ捧げたいと思いますー。そしてチャットで相手してくださった、もうお二方様も、ありがとうございましたっ。





09/03/16