Silent love 2
足が動かねぇ、腕が上がらねぇ、心臓の鼓動はバクバクいってて、浅い呼吸で砂埃吸い込んで、苦しくて涙が滲んでた。
あぁ、馬鹿だよなぁ、俺。こんなことして何になる? アメフトのことんなると、メチャメチャHotなあいつのことだから、もっとすんごく巧くなったら、俺のこと、好きになってくれるかな…って、今更な衝動が可笑し過ぎる。でも、好きになって貰う為に、なんかしてなきゃ辛かったんだ。
一日やそこらで巧くなれんだったら、もっと前からやってら。お前に負けて、他のやつらにも負けて、夢は断たれて、それからだって、クセんなってるみたいにトレーニングくらいしてきたし、でも、そんな俺のことになんか、お前はきっと関心ねぇよな。
とっくにみんな帰っちまって、ひとりポツンとフィールドの真ん中。よれよれの体に鞭打って、体中みしみし言わせて立ち上がる。シャワーの水被って、着替えも済ませてキーを握って…。帰るったって、どうしようか。部屋の鍵、置いてきちまったよな。
虚しくバイクの爆音鳴らして、行き先も決めずに走り出そうとしたその時、後ろに慣れた重みを感じ、俺、一瞬夢かと思っちまう。
「部屋の鍵、忘れてったぞ。ケータイも。探させんな、面倒くせぇ」
「ヒル魔…」
「あぁ? 言いたいことあんだったら、言えよ。かったりぃから、まとめてな」
投げ出すような、実際マジでかったりぃって感じの声が、それでもそう言ってくれる。自惚れんなよ、俺。また奈落に落ちんのは嫌だから。
「探してくれたの?」
「ケータイ無しじゃ、しょーがねぇだろ」
「なんか、用事あった? タクシーとかパシリなら他のヤツがいるって…」
「どっちでもねぇ用事も無くはねぇからな」
「それ…」
「あぁ? なんだよ、早く言いやがれ。うざってぇし」
そっと、ヒル魔の腕が、俺の体に回された。腹のところで細い指組んで、背中に寄り掛かるように、体重を預けてくる。頬の温もりを感じた。ヒル魔の髪が、風にさらさら、揺れる微かな音がする。
「それ、俺じゃなきゃ駄目なこと…?」
「…部屋のキー、ポケットに入れんぞ……」
返事は、貰えなかった。それでも迎えにきてもらえたことが嬉しくて、俺は黙ってバイクを走らせる。カーブの時はヒル魔の腕が、いつもよりもしっかりと体に縋りついててくれるから、なんかそれだけで、今の瞬間が幸せだった。
あぁ、馬鹿みてぇ。お手軽すぎる。練習に付き合わされたヤツラには、こんなとこ見せられやしねぇよ。
「俺んちで、いい?」
「…ん、いや、お前のとこ過ぎて、真っ直ぐ。次の細ぇ路地入って、右、右、左入って、突き当たり」
って、何、今日はどこ行くの? 少なくとも、俺んとこに泊まってはくれねぇんだな。萎れる俺。今度は単純すぎる。言われた通りに、俺は自分のアパートの前を通り過ぎて、ヒル魔の言った道へと進んだ。最後を左に入ると、下手すりゃハンドル擦んじゃねえかってくらいの、細過ぎるビルとビルの隙間。
ヒル魔は俺の腰から腕を外して、足が壁に当たらねぇように、器用に真後ろ向いたままバランス取ってる。突き当たって停まると、バイクから降りるのに苦労してる俺を横目に、ヒル魔は一個だけ目の前にあるドアの鍵穴に鍵を当てた。まるで倉庫みたいな扉を開けると、開いた向こうには普通の家の玄関が。
「俺も入っていーの…?」
「何の為に教えたと思ってんだ。入らなきゃ意味ねぇんだよ、バーカ」
「あ、そーなんだ。何、ここ…?」
「俺の部屋…の一つ」
玄関の中にすぐ、狭い狭い階段があり、ヒル魔はそれを登りながら、無造作にそう言ったのだ。
「…えっ? そ、そーなの? ちょ…っ、待って、ヒル魔っ」
「早く来やがれ。オートロックだからな」
壁の真っ白い狭い階段。途中で直角に折れて、さらに登る。三階分くらい登って、奥にあったドアを開けば、やっと人の家らしい空間に出た。部屋は一部屋。それでもちゃんとキッチンやバスルームはついてて、ほどほど広くて、快適そうで。
「へ、へぇー。いい部屋じゃね? なんか白いけど」
壁や天井が白くて、床はベージュ。家具は淡いグレーかベージュで、ちょこちょこ見当たる小物は、色あざやかな緑。まるでどっかのモデルルームみたいで、格好いいと思った。
「……気にいったんなら、よかったな」
「は…?」
あんまり珍しいこと言われたんで、俺はまた呆けた。ちょっと前までは、あんなに打ちひしがれてたってのに、次にはふわふわと浮かれ、今は困惑してる。だいたいヒル魔が「よかったな」なんて言うこと自体、凄いことのような気がして。
「汚すなよ。散らかったら掃除すんのはてめぇだし」
「な、なんか状況が掴めねぇんだけど…」
「頭、悪すぎ」
ベージュのソファの上の、白いクッションが飛んできた。胸で受け止めると、ポケットでチャリ…って、キーが音を鳴らす。あ、さっき返してもらった俺の部屋のキー。手を入れて、確かめようとすると、ヒル魔はいきなり背中を向けて、バスルームへと引っ込んじまった。
綺麗好きなのは知ってるけど、一日何度入る気なんだろう。取り出したキーを見て、俺はまたも驚いちまう。ぶら下がってる鍵は二つ。見慣れた俺のと、もうひとつ。なんかあんまし見たことねぇ形の、新しそうな…。
これって…。これって、もしかして…。
「ヒ、ヒル魔?」
「…あーーー?」
「は、入ったら、怒る。よね?」
「…怒んねぇよ」
そう言われても、なんとなく恐る恐るな気持ちでドアを開く。やっぱり眩しいほどに真っ白なバスルーム。ヒル魔は服も脱がず、バスタブの縁に座って俺の方を見てた。
「そのぅ」
「いーだろ、この部屋」
「あ、うん。綺麗だし、明るいし、なんか趣味いい…」
「白に緑がか? てめぇ、自分のこと褒めてんのかよ」
言いながら、ヒル魔の首筋がうっすら染まるのを、さすがに俺も気付いた。やっぱ、そーなの? この部屋、俺みてぇ…って思ったの、気のせいでも偶然でもねぇの? それって、ここが俺とヒル魔の…って、そういうふうに、思っていいの?
「真夜中でもピアノ可ってやつだ。お前んとこ、壁薄すぎ」
ピアノ…。ヒル魔、そんなの弾くんだっけ? 出来そうだし、似合うかもしんねぇよな、なんて、そんなことを思ったのは一瞬で。それはつまり、防音がすげぇ…って意味で。つまりはナニしても、声やらベッドの軋みやら、気にしなくていーっていうことで。
「あーー…、そ、そ…そーなんだ」
「どもるんじゃねぇよ。ナニ考えてんだ? エロカメレオンが。…あ…雨かもな、お前、バイク置いてきたら?」
防音効果抜群の部屋だって話なのに、雨音が聞こえるヒル魔の耳に感心する。路地に屋根なんかねぇし、って、俺のバイクを気にしてくれるのが嬉しい。嬉しいこと尽くめで、一生分の運のよさが品切れしそうで怖い。
バイクを路地から出すのに苦労したけど、ここから俺んちまではほんのちょっとの距離。ガレージに置いて来て、走って戻っても五分くらいだ。ついさっき出てきたドアを開けようとすると、オートロックが掛かっててもう開かない。インタフォンもない。
俺はドキドキしながら、新しく俺のキーホルダーにくっ付いた鍵を、その鍵穴に押し当てた。スムーズに入るキー。軽い音を立てて回る。ノブを回してドアを開くのが、こんなに嬉しいなんて初めてだ。このまま時間が止まったっていいかもしれなかった。
階段を登ってドアを開けると、奥から水の音がする。バスタブに水を溜める音だから、今度こそ、入っていったら怒られるかもしれないけど。
「ヒル魔…っ。あのさっ」
我慢しきれず、俺はすぐにバスルームのドアを開けた。ヒル魔はさっきと同じように、バスタブの縁に座って俺の方を見てたけど、今はもう服は着ていなかった。理性がぶっ飛んで、その体、抱き締めて、耳に困ったような声を聞いた。
「…嬉しそうな顔、しやがって。やっぱ、判りやすいわ、てめぇ。なんも言わねーでいいぞ。どうせみんなダダ漏れだ、ダダ漏れ」
「えっ? だ、って、…その…」
「お前、もっと静かにできねーかよ」
ぼそぼそ呟くヒル魔の言葉が、俺の耳の中で跳ねる。
パシリ? タクシー? それだけの用しかなかったら、お前の部屋に行く必要なんかねーよ。こんな部屋だって、いらねぇ。大体、お前はうるさすぎる。鼓動も視線もうるさくて、毎日それを感じてる俺は、夢でもお前に会っちまう。
うるせぇ…って、言っても、それが嫌だ、っつってねぇだろ。
だからつまり、そう…
『俺には、お前が、それだけトクベツ、だから』
最後の言葉は俺の捏造。聞いたってきっと聞かせてくれないヒル魔の本音。俺は頭わりぃから、また不安になっちまうかもしんねぇけど。
そんな不安は俺からの「スキ」のしるしで、そうなった時に、面倒くさそうにでも、気持ち伝えてくれるのが、お前の「スキ」のしるし。それがお前からの、黙ったまんまの告白なんだって、俺は勝手に思うことにする。
「なぁ、お前のプレイスタイル…さ。俺、結構、スキ」
ヒル魔はやっとそれだけ言って、それ以上のことは何も言わずに、ただ俺の腕の中で、喘いだ。
終
ちょっと前編と後編の間を開けすぎて、イメージが随分変わった気がしますが、ご容赦いただけると嬉しいです。
サイレントラブってつまり「スキ」って言わなくとも、ハバシラさんの鼓動や視線でそれが判るし、ヒル魔さんはもともと言葉でも態度でもはっきり告げないから、ふたりは恋愛感情を伝え合ううえで、静か、だといえるのだろうか?などと、変なことを考えた私でした。
いや、充分二人ともうるさいですよね。テーマからハズシましたか。ハハハハー。しかし、それでもラストでは二人の「愛の巣」が、めでたく完成したようですから、お祝いですっ。ドンドンパフー!♪
そんなわけで、暫らくぶりのアイシですっ。
09/05/05