p e r i o d … 2
「う…ッ。い…ってぇ。な、何しやが…っ」
「体が冷てぇんだよ、てめぇ…」
ホテルの部屋に入って、ベッドのすぐ傍で誘う目をされて、葉柱はヒル魔を抱きすくめたのだ。好きだからキスしたい、抱きたい。だなんて、そんなのが見え見えの態度じゃぁ、お気に召さないんだろうけど、そういう気遣いはどっかに飛んでいた。
押し倒した途端に腹を蹴られたのは、そのせいだったのか、どうなのか。横目でじろりとひと睨みしてから、ヒル魔はさっさと掛け布団をめくり、一人でベッドに潜り込んでしまう。
「さっさと風呂で体あっためて来い。そんな冷てぇ手で触んじゃねぇよ」
腹立ち紛れに怒鳴り散らすかと思ったら、布団の奥から聞こえたヒル魔の声は、妙にか細かった。怒鳴られようが穏やかに言われようが、命じられたことに従うしかなくて、葉柱はすぐにバスルームへ向う。
冷え切った体には、熱すぎて痛いくらいのシャワーを浴びて、指先から爪先まで全部、ちゃんと温まるまでじっとして…。葉柱は目の前の鏡に映る、自分の顔を情けなさそうに見た。
そりゃあさ、俺はただの足代わりの奴隷で、大勢いるうちの一人なんだろうけど、惚れてるのに惚れてる態度しちゃ駄目だなんて、そんな難しいこと、いつまでソツなくやっていけるのか。
ムカついてるフリ。怒ってるフリ。その上、腹のすいた犬みたいに、エサ時にはむしゃぶりついて見せろってか? 肺の空気全部、外へ吐き出してしまうような、深い深い溜息が出た。
…もし…。もしもさ、俺が、好き、って言っちまったら、どーなるんだろ。駄目だ。考えただけで心臓が壊れそうだ。告白? そんなの、あいつ相手にどうやりゃいい? ちょっと優しくしただけで、目ぇ吊り上げて怒んのに。ぜってぇヤベぇ。縁切られちまう。
ほんと俺って、駄目なヤツだよな。あんだけ決意して、あいつの望む通りの「フリ」してやるって、心に決めたんじゃなかったっけ?
葉柱はがっくり項垂れて、長い腕を伸ばしてシャワーの湯を止めた。体からは湯気が立っていて、これだけ温かくしとけば、ヒル魔も嫌がらないだろうと思う。じゃあ行くか。いや、行く前にちゃんと自分に言い聞かせないと駄目だろう。
タオルで体の水滴をぬぐって、部屋へ向うドアのノブに手を掛けた。そのまんま目を閉じて、葉柱は心の中で要点を復唱する
ヒル魔妖一。
不本意でムカつくけど俺のマスター。俺はあいつの奴隷。
だから言うことききながら、イラ立ってしかたねぇ。
いっつも勝手ばっか言いやがって、キレんぞ、マジで。
だけどあいつのカラダったら、綺麗でエロくて、
女見てるような気にさせられちまうんだ。
そんなアイツと今からエッチ。
ムカつく、イラ立つ、キレそう。
でも俺のカラダは、アイツが欲しくて仕方ねぇ。
嘘でも無理でも、今はそういう俺になる。
よし、行くか。
ノブを下してドアを開け、葉柱はヒル魔のいる部屋へと向った。そしてベッドの傍に立ったら、布団からひょこりとヒル魔の頭が出て、寝返り打ちながら、彼は葉柱を見た。
「遅ぇよ、ハバシラ。眠くなっちまうから、早くしろ」
布団の縁を、白くて細いヒル魔の指が掴んでる。もぐってたからか、くしゃくしゃに乱れた髪をして、その目がどこか物言いたげ。それでヒル魔は言ったのだ。ついさっき、数十秒前に葉柱が決意しなおしたことを、一瞬でバラバラの粉々にしてしまうようなことを。
「なぁ…。今日は、したいようにしていいぜ…? お前フリすんのヘタクソだから、毎度考えてることバレバレだしな。それに…どうせもう、今日で ……… だから」
「マ、マジ…で…っ?」
もしもこの時、葉柱があと少し冷静だったら、言われたセリフの一箇所だけ、聞き取れなかったヒル魔の言葉を、もっと気にして聞き返しただろうけれど。
「ほんとに? 途中で、怒って逃げたりしねぇ…? 俺のしてぇように、って、多分、お前、凄ぇ嫌だと思うけど」
「いいから、来いよ」
ヒル魔は器用に片手だけで、豪奢な羽根布団を縦に半分めくる。そこから片方の足を、爪先から足首までだけ見せて、それをすぐに引っ込める。足だけでこんな色っぽいなんて。その上それがコーコーセイのオトコだなんて、信じられないような事実。
着てたバスローブを脱ぎ捨てて、葉柱はするりとベッドにカラダを滑り込ませた。そうしてヒル魔の体を抱いたら、もう裸だと思ってた彼は、上も下も、服を着たままなのだ。
「あ、れ? お前、もしかして制服、まだ着てんの…?」
ブレザーだけは脱いでいるけど、シャツもズボンも着たままで、ベルトだってしたまんま。要するに、さっき冷てぇとか言って、葉柱を拒否した時と同じ恰好なのだ。
「悪ぃってのか? 脱がせりゃいいだろ」
とか言いながら、ヒル魔は葉柱の腕の中で、くるりと体を反転させて背中を向けてしまうのだ。それでも長くて器用な葉柱の腕は、彼の華奢な体を抱くようにして捕まえる。
「悪…くはねぇけど。じゃあその、え、遠慮なく」
葉柱はヒル魔の胸元のボタンを、手探りでもそもそと探し始めた。急ぎたいのは山々だが、まさか引き裂いて脱がせるわけにいかず、やっと指に触れた小さなボタンを、一つ、また一つと外していく。
「くすぐ…って」
「あ、ごめ…」
「不器用すぎんぞ、てめぇ」
でもまだ二個しか外してない。全部で何個あるんだろう。シャツの布地ごしに、ヒル魔の胸をなぞるようにして、次の一個を探した。無い筈ないのに、中々指に当たらない。無意識に体を押し付け、気付けばヒル魔の首筋に、葉柱の唇が触れている。
「ぁ、あ…ハバ、シラ…」
「……っ」
ああ、ヒル魔の、この…声。ヤベぇんだって。こんな体くっつけて聞いちまったら、俺、もう。
「やっぱお前、ケダモノかよ。爬虫類の癖しやがっ…。ん、ぅ」
くすくす笑うヒル魔の声が、途中で途切れて甘い息にすり替わる。葉柱の方が背が高いから、包むように抱いてるこの恰好でも、丁度、ヤバいとこに、ヤバいものがあたる。そのうえ、それがそこに触れただけなのに、ヒル魔がこんな声出すなんて、気付かなきゃよかったって、そう思った。
「な、なんか、オマエ、今日…」
可愛すぎる。素直すぎる。ヒル魔なのに、嘘みてぇ。どーしたってんだ。雪どころかヤリが降りそうじゃねぇ?
「…何、不服かよ?」
「いや…っ、全然」
ヒル魔は布団の中で、葉柱の腕から一度逃げ出し、シャツを脱ぎ、ズボンも脱ぎ捨てる。それを邪魔くさそうにベッドの外へと放り、それからするりと、下着まで脱いでしまった。
「てめぇにさせてたら、朝になっちまう。いいぜ、ほら、好きにしろよ」
お互いに、息の数まで数えられそうな至近距離。薄く笑ってそう言われて、葉柱は思わず、ヒル魔の体をうつ伏せに押さえつける。ベッドが音も無く揺れて、薄暗い照明の中、華奢で綺麗な背中が葉柱の目の前にあった。
続
なんとなく、だら〜っとしててスイマセン。それにしてもヒル魔さん、自分を偽り過ぎて、自分で自分の本心がどっかに行ってるんじゃないのかな? 楽しそうにしてるけど、その反動がどこかでくるんじゃないかと、おねーさん(私)は心配ですっ。
それに比べてハバシラさんは、今回、本当の自分でいていいと言われて、良かったよねぇ。でも物凄く重要なヒル魔さんの言葉を、聞き逃してちゃ駄目でしょーーーっ。
さーっ、どんなエッチシーンにしようかなー。続きを書くときまで、色々と妄想してみたいと思いますですよ。読んで下さる皆様、ありがとうございますっ。
07/11/26
