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パタン、パタン、パタン。

パタン、パタン、パタン。

 きっちり等間隔に同じ大きさで、ケータイを開け閉めする音が響いている。ヒル魔は机に頬杖付いて、開いたままのノートパソコンのディスプレイを、ただただじっと眺めている。

 時間。夜九時半。放課後のトレーニングは三十分前に終わって、いつもなら即行、葉柱を呼びつけてるのに、ヒル魔は淡々とケータイをいじっている。

パタン、パタン、パタン。

 別に、まだ帰らないわけじゃない。もうここにいる用事は無い。ただ、数日前から部員達の様子が変で、その理由も彼には判っていて、だから呼ぶのを躊躇する。

 帰り前に栗田が言ったのだ。すげぇ鬱陶しい言い方、ってか、言いてぇんならさっさと言えよって、怒鳴りたくなるウザい態度で。

 …あ、あのさ、ちょっと…き、聞いたんだけど、ヒル魔ぁ。

 今頃耳に入ったのか、賽河校の奴らから広がった、ハバシラと俺との噂だろ。その噂、チビやらサルやら三兄弟やらも聞いたんだろ。だからてめぇら、聞きたくて言えなくて、どうしようって態度なんだろ。アメフトのことだけ、考えてりゃいいのに、まったくウザぇ。

 だからヒル魔は言った。ホントじゃないけど、嘘でもない、噂をただ肯定するような言葉を一つ。

 …付き合ってて悪ぃか? 使えるし役に立つヤツだからイイだろ。
 他の奴らにもそう言っとけ。余計なコト考えてねぇで、
 練習に集中しねぇと、てめぇらまとめて蜂の巣だぞ、ってな…

 それで栗田は先に帰って、ヒル魔は一人、部室にいる。

「余計なコト考えてねぇで…か」

 だけど、それは自分にも言える。

 ヒル魔はそう思って、またケータイを開け閉めした。雑念は雑念だ。練習の間にも顔がちらつくようじゃ、便利な奴隷も邪魔なだけ。前にあいつに注文つけた。言葉じゃなくて、態度で色々。

 女扱いすんな。 
 優しくしてんじゃねぇよ。
 奴隷は奴隷らしく。
 勝手な主人に、ちったぁムカ付け。

 それでアイツは主人の好み通り、イライラしながらタクシーやって、ムカムカしながらいう事聞いて、ベッドで誘えばいい具合にケダモノになったっけ。でも、その演技はヘタクソで、ヒル魔の目には嘘だと判る。

 優しくしてぇ
 大事にしてぇ
 喜ばれてぇ
 好かれてぇ

 それがこの頃の、ヒル魔の雑念の原因だ。雑念。いらねぇもの。邪魔になるもの。だけど本当は、向けられて嬉しい、ハバシラの気持ち。チ、と舌打ちして、ヒル魔は立ち上がる。ケータイはポケットに捩じ込んで、デカいカバンを肩にかついで。

 部室の明かりを消し、外へ出て鍵を掛ける。真っ直ぐ校門へ向うと、性能のいい彼の耳は、今、会いたくない相手の溜息を聞く。

 …呼んでねぇよ。そう思った。なんで言うこときかねぇんだ、アイツ。命じられてもいねぇのに、こんな寒い夜、呼ばれるのを待って、何時間待つ気でいやがるんだ。

 ヒル魔は足音も立てずに回れ右して、遠くの校舎の非常階段を上がる。屋上まで行かなくても、手すりに身を乗り出せば、門の向こうにいるハバシラが上から見えた。

 遠くても見える白い息。寒そう肩をすくめ、デカい手を懸命に擦り合わせて、足踏みまでして。右手に持ったままのケータイを、葉柱はしょっちゅうチラチラと見ていた。ヒル魔からの呼び出しを待って。

 イライラして、またヒル魔はケータイを開け閉めする。強い風が吹いて、街路樹が枯れた葉っぱを散らせる。葉柱は長ランの襟を掴んで身震いして…その次の瞬間、慌てふためいてケータイを耳にあてた。ヒル魔には全部見える。

「…迎えに来い。今どこにいんだよ?」
『え…っと、ま、まだガッコ』
「ふぅん、じゃあ五分で来れんだろ」
『余ゆ…。いや、この時間は混んでんだ、遅れっかも』

 言うじゃねぇか。すぐ傍にきて呼び出し待ってる癖に。爬虫類にしちゃ上等だけど、生憎、全部バレてんだよ。

「遅れんな。一秒でも遅れたら…」
『カッ、相変わらす勝手ばっか言いやがってッ』

 下手クソな演技。ヒル魔が電話を切ると、そこから葉柱はディスプレイの時計と睨めっこ。賊学から飛ばして走りゃどれくらいか、混んでたらどれくらい遅れるのか、悪ぃ頭で考えて、違和感のない時間にエンジン音を鳴らす。

 バイクのまんま校門を入って部室に行って、灯りが消えてるのを見て葉柱はいぶかしむ。そんな様子も全部見届け、ヒル魔はゆっくり、非常階段を下りていった。

「二十二秒遅刻だな、糞奴隷。罰ゲームは何にすっか」
「て、てめっ。混んでるっつったろーが」

 つかつかと歩み寄って、ヒル魔はハバシラが突き出したこぶしに触れた。氷みたいに冷たくて、寒すぎるせいか震えてて。

「随分冷てぇ…。カメレオンだから、しょーがねぇのかよ? さっきからずっと外にいたみてぇじゃね?」
「な、何、訳のわかんねぇことっ。バイクで飛ばしてくりゃ、誰でもこうなるって…ッ」

 バレてる嘘を突き通すのは、さぞや居心地が悪いだろうに、葉柱はヒル魔から目を逸らし、冷えて赤くなった指を隠す。非常階段なんかから下りてきたヒル魔が、さっきから自分を見てたのかもって、きっと思ってるんだろう。

 あぁ、ウザぇ…。なんで普通の奴隷が出来ねぇ? そんな後々まで頭に残っちまうような、ややこしい顔して俺を見る? こんなウザいヤツなんか、奴隷にしといても邪魔だから、いい加減にキっちまおうかとヒル魔は思う。

 キるなら早い方がいい。じゃあ、今日か。今すぐ「いらねぇ」って言えば終いか。それとも最後に一回くらい、今までの褒美をやっとくか。そうだな、その方が後腐れがねぇかもしんねぇな。

「ホテル」
「え…っ? あ、うん」

 真っ直ぐ見つめた目で、行き先を指定してやると、葉柱は一瞬びっくりしたような顔して、それから急いで目を泳がせる。嬉しい嬉しいご褒美だけど、実は一番演技が大変で、幸せな顔隠さなきゃなんなくて。

「時間が勿体無ぇ、さっさと行けっ」
「カッ、判ったよ」

 後ろに横のりして、ヒル魔は片腕だけを葉柱の腰に回す。それだけでもちょっと珍しいので、葉柱はドキドキと胸を高鳴らせた。手ばっかりじゃなくて、全身冷えちまってるのがバレるけど、嬉しいから離せなんて言えやしない。

「飛ばすからな、ふ、振り落とされんなよ…ッ」

 叫んだ声には隠しようのない嬉しさが混じっている。ヒル魔は葉柱に見えない場所で、小さく眉をしかめていた。



                                      続
















 暫くぶりなのに、リハビリなし! でも楽しく書けたので良し! って、ヘタヘタですけどスイマセン。二人の仲は…進…展? いや、後退? とにかく少し動くようです。そして、どうやら連載のようなので、これからタイトル考えます。呑気だな、私。

 ものすご素直すぎるハバシラさんと、素直じゃなさそうに見えて、実はけっこう素直なヒル魔さん。そんな話になる…のかなぁ。汗。


07/11/12