パジャマのヒル魔  @




 ヒル魔がノートパソコンを持ってきた。

 それを見た俺はつい微妙な顔をしちまう。別に嫌ってわけじゃない。それを抱えてきたからには、ヒル魔はここでしばらくパソコンの画面ばっかり見つめてるんだろうけど、待たされるのは慣れてるし

 それでも何時間か経つと、どうしていいか判らなくなって、ついつい声をかけた。コーヒーかなんか入れようか。腹は減ってないのか。部屋が暑くないか、寒くないか。

「あのさ」
「うるせぇ」
「…スイマセン」

 これだ。作業中に声でもかけようもんなら、いっつもこの態度でばっさりやられる。そんなんなら自分ちに帰ってやりゃあいいものを、なんだってコイツは時々、パソコン持って部屋にくるのか。

 もう二時間半。いや、三時間にはなるだろう。俺もヒル魔も、授業時間後に何時間も練習しているから、その後でさらに三時間近く経てば、すぐに日付は翌日に変わる。

「…先、風呂入っていい、よな?」
「………」

 視線も上げない。返事もしない。カタカタとキーボード打つ手も止まりゃしない。聞くだけ無駄だったよな、と自分で自分を苦笑して、俺はゆっくり立ち上がる。

 着替えとタオルを持ってバスルームに行き、バスタブに熱めの湯をためながら、一通りカラダを洗って、髪を洗って。全部洗い終えた頃には、やや丁度よく湯がたまっている。

 ちょっとだけ水をたして、ゆっくりと浸かると、その湯の中に今日の疲れがどんどん溶け出していく感じがして、思わずオヤジくさいセリフを吐いた。

「はぁ〜いい湯だ」

 練習の後は、勿論シャワーを浴びてくるし、だから別に体は汚れてないんだが、なるべくならバスタブに浸かりたい。そんで風呂に入るからには、なんか髪も体も洗いたくて、こんな調子になってしまう。

 一度目は軽く洗って、二度目はしっかりと洗い直す。なんだか自分が、汚れの酷い洗濯物になったみてぇだ。

 ヒル魔は今日、泊まっていく気だろうか。そうかもしれない。パソコンを持ってきたときは、そうなることが多くて、葉柱はなんとなく溜息をつく。鼻の下あたりまで湯につけてたから、口からブクブクと空気の泡が出た。

 させてくれんのかな。
 それ聞いたら怒るんだろうか。
 疲れてんのにもっと疲れさせる気かって、怒鳴るかもしんねぇ。
 してぇけど…。どうしようか…。

 この頃はなんか、ちょっとは恋人らしい気もしてて、なのにこんなことに迷う。俺って、恋人兼奴隷ってヤツ? それだもんだから、黙って抱き寄せるなんて、簡単にはできねぇし、だからって一々お伺い立てるのもやりにくい。

 もっとちゃんと「恋人」したい。別に「兼、奴隷」のまんまでも構わねぇから。だけど大事な言葉は、絶対絶対、言わしてくんなくて、だからこんな中途半端なんだよな、オレ達。

 脱衣所に出てから、葉柱は熱いタオルで顔を拭いて、乾いたタオルで髪を拭く、体を拭く。心はすっきりしなくても、風呂上がりの体はすっきりできて、少し元気が出た。

 無視されんなら、それはそれでいいから、ヒル魔にコーヒー入れてやろう。それから先にベッドに入っちまおうか。送らせる気なら「寝るんじゃねぇっ」て怒るだろうし、泊まる気ならなんも言わないかも。

 もしかして、あとからヒル魔が俺のベッドに入ってきたりしたら、「OK」ってことだから、それはそれで物凄く嬉しい。何かつい期待しちまいながら、さっき用意した着替えに手を伸ば…。

 アレ?? 俺のパジャマは? いや、下はちゃんとあるけど、上がねぇんだ。持ってき忘れた? タオルとパジャマの両方を、片手で掴んでこっちにきたから、落としたのかもしんねぇ。

 仕方ないから下だけ着て、タオルを首に掛けた恰好で脱衣所を出る。キョロキョロしながら部屋を横切って、最初にパジャマとタオルを取った棚の上を見る。そこにはない。

 おかしいな。

 うろうろしてたら、ヒル魔がうるさそうにこっちを見た。パタリとノートパソコンを閉じる。やっと作業は終わったらしい。帰るのか、まだいるつもりか、様子をうかがっていると、ヤツは立ち上がって人んちのタンスの引出を勝手にあける。

 勝手知ったるナントカ。ヒル魔は当たり前のように、そこからタオルを出して、バスルームに向った。

 ああ、今日は泊まってくみてぇ。うわ、じゃあ、ヤらしてくれっかな。どうだろう? それはさておき、俺のパジャマの片割れは何処なんだ。知るわけねぇよな、と思いながらも、一応ヒル魔に聞いてみる。

「な、なぁ? 俺のパジャマ知らねぇ?」
「…何言ってやがんだ、てめぇ、着てるだろーが」
「いや、これの上だけねぇんだよな。さっき風呂場に持って入ったつもりが、出たらなくて…。って、オイ」

 俺の言葉なんか、立ち止まって聞くつもりは無いらしい。ヒル魔はさっさと部屋を横切り、俺の前を通り、バスルームへと入って行く。パタンとドアが閉まって、ややすぐにシャワーの音。

 閉じたドアを眺めて、何だかかなり前の事を思い出した俺。

 最初ん時、ヒル魔が浴びてるシャワーの音だけで、勃っちまったっけな、俺。てゆーか、今も気ぃ抜くと、素っ裸のアイツを想像しちまって、やべぇんだけど。

 あ、パジャマどこだろ、マジで。

 ヒル魔が部屋にいないから、物音気にしないで探せて楽だ。そりゃあ、ここは一軒屋じゃないけど、それでも物音一つ立てないように、なんて、そこまで気にする必要はない。

 タンスの引出の中を見て、もう一回棚を見て、棚の回りに落ちてないか見て、間違って洗濯物の中に混じってないか確かめて。そんだけ探してもやっぱり無い。

 ってことはもしかして、さっきまで俺がいた脱衣所? そんな、物を失くすほど広くねぇんだけどな。どっちにしても、ヒル魔が風呂に入ってるから、今は探しにいかねぇ。

 同じ場所を二度三度と探して、随分時間が経ってたらしい。気付けばシャワーの音も水音も止んでて、ドアが開く音がした。

「あー、ヒル魔、そっちに俺のパジャマ落ちてねー……」

 思わず言葉を止めて、俺は物凄く不躾に、じろじろとヒル魔を凝視しちまった。探し物は見つかったけど、なんでそうなるんだか、さっぱり判らなかったからだ。

「コーラ」

 と、いつも通りのムカつく口調で、ヒル魔がそう言った。



                                     続  

 

 


 



 スイマセンっ、ふざけたタイトルでっっ! 考えたけど、そんなのしか浮かばなかったんですぅぅぅぅ。腐れてますね、私の脳みそ。なんか恋人っぽい話になりそうな気がしてきましたが、どんな感じでしょうかー。

連載を一個書いてるというのに、そっちの肩を付けずにこっちでも連載。そんな私ですが、どっちもちゃんと続きを書くので、勘弁してやって下さいっっ。へこへこ。

 こっちの話は次か、そのまた次でで終わると思う。もう一個の連載は、もう少し長いし、いちお、大事な話だからね。って、こんなところで、それ、言ってどーするか。

 とにかく、こちらの話は、のんびり気楽に寄り道のつもりで読んでいただけるといいと思ってます。私も寄り道のつもりで書いてまーす。壁紙も別のアイシノベルの使い回しさっ。


07/06/23