Key Ring 7
「あ、朝練って…、今、夜中…っ」
「深夜回って、一時だな。うちじゃ二時から朝練するっつう馬鹿もいやがるし、別に問題ねぇ。そっちも似たようなもんじゃねぇの? 向こうの高架下で見たぜ、お前んとこの奴ら」
「え? そりゃ別に、多分たむろってるだけで」
ふーん?なんて言いながらヒル魔は薄く笑って、泥まみれのボールを、指先でくるくる回す。泥を飛ばして歩き出すその隣へ、葉柱はすぐに並んだ。自分の方を見て、普通に笑ってるヒル魔の傍を、今は絶対離れたくない。泥門の練習だろうがなんだろうが、来んなって言われてないからついていく。
プライド? 常識? 意地?
そんなもん知らねぇ。お前が好きだ。
気付けばいつの間にか雨は上がってる。傘は二人して公園に忘れてきちまった。歩いても行ける距離だからって延々歩いて、泥門のグラウンド横。躾がいいのか、練習が好きなのか、それとも行方をくらましてたヒル魔を心配してなのか、もう泥門メンバーは全員集まってた。
ずっと顔も見せなかった癖に、誰より当たり前の顔して現れたヒル魔を、呆れたり困ったり、ちょっとばかし怒ったり、逆にほっとしたような顔したり…。
「どこ行ってたんスか、ヒル魔先輩!」
「これとおんなじキー」
「…へぇっ、?」
全員の疑問を代弁したような、モン太の問い掛けに答える代わりに、その鼻先にぶら下げたリングと、そのリングに一個だけ通された鍵。横から顔を近づけたセナが、不思議そうに首を傾げた。
「この鍵が、どうかしたんですか?」
「…さぁな、葉柱が知ってんじゃねぇの?」
「はぁー?! 誰のなんの鍵だよ。それのどこが朝練だっ」
後ろの方からハァハァ三兄弟がやたらとうるさい。鍵を取り出して見せたのはヒル魔なのに、その理由は葉柱に聞けというのだ。深夜に呼び出されたあげく、さつぱり訳が判らなくて、喚きたくなるのも無理はない。
「これは俺の鍵」
「ヒル魔くん、言ってることが相変わらずめちゃくちゃ…」
「いや、いいんだ、俺が言うよ」
まもりの言葉を遮るように、葉柱がやっと口を開こうとする。けれども彼はその前に、ポケットからケータイを出して、慣れた番号を呼び出していた。
「こんな時間に、悪ぃ…。メンバー集められっか? え? 今、駅あたり? 全員? あのな、頼みがあっから、急で悪いけど今から来てくれよ。うん、泥門のグランド横」
そして待っている間に、葉柱は気まずそうにヒル魔の方を見る。近くへ寄って、耳元に顔を近付けて彼は言った。
「気付いてたんだ、お前。…いつから」
「は、気付かねぇと思う方が、ただの馬鹿なんだろ」
正面を見据えたままでそう言ったヒル魔の、口元が少し笑っている。でもそう思いたかっただけかもしれない。怒ってる? それとも、怒ってないの? どうしたくて皆を集めたの? 俺のしようとしてることが、もしも、お前のしたいことと一つなら…。
「…葉柱さんっっ」
少し前まで雨が降ってたからか、みんな走りで集まってきた。あぁ、そうだよな。こんな雨でバイク転がしたり、転がしついでに高架下でたむろったり、有り得ねぇって考えりゃわかったのに。こいつらきっと、俺のために集まって話し合ってたんだ。意地っ張りで、相談も頼みごともしねぇ俺を、どうしたら助けられるかって。
「さ、探して欲しいんだ」
やっと葉柱は言った。最初は視線も皆の方へ向けられず、星の無い夜空ばっか見てたけど、やがて彼は真っ直ぐに全員を見る。賊学のメンバーも、泥門のメンバーも。
「その…さっき、ヒル魔が見せたのと同じリングのヤツで、ついてる鍵もおんなじ…」
「え、それ…って?」
ここまで言って、意味がわからなかったら不思議なくらいだ。ヒル魔がどういう顔をしているのか気になったが、視線がくるのを読んでいるのか、さっさと先へ行って背中だけを見せている。自分のカードは最後まで見せない、相変わらずの手際。憎らしいくらいの。
「そう、おんなじ。悪ぃな、ほんと。でも、大事なもんなんだ。…凄っげぇ…大事な。だからさ…っ」
「ま、まかしといて下さい…っ、葉柱さんッ」
「そうスよ、俺ら、ほんとは葉柱さんがなんかずっと探し物してんの気付いててっ。手伝わして欲しいって、思ってたんス…!」
「すぐ見つけますんで…っ」
「……ばぁか、そんな簡単なもんなら、もうとっくに…」
呟きは、一人離れてこっちへ向けてる、意地っ張りの背中から。なくしちまった。もっかいくれよ。お前との部屋のKeyRing。たったそれだけが言えなくて、うろうろ探してた不器用な葉柱。たったそれだけを言えなくさせてた、いつも怒ってばっかの身勝手なヒル魔。
呆れるほど愚かだけれど、今はもうどっちも愛しいくらいの。
「で? どこから探す? これだけの人数だ。闇雲より、やりかた決めた方が効率がいいだろう」
「そうね! じゃあ、私、地図持ってくるっ」
「懐中電灯…なるべく沢山…。用務員さんに頼めばっ」
「おい、何人かバイク転がしてきたらいいんじゃね? 雨上がってるし、ライトでっ」
口々に言う言葉に埋もれて、その声は中々聞こえなかった。耳のいいヒル魔が、たぶん真っ先に気付いた。
「探してるうち朝になったら、明るくなるからそうしたら…」
「あ、あのぉー、その鍵、俺…どっかで」
「葉柱さん、失くした日どこらへん通ったか全員に」
「…おい……」
「そうだっ、誰か一応交番に落し物の…ッ」
「だよね、落し物っていったらやっぱりおまわりさんにも」
「おいッ! 糞チビ、お前今、なんつったッッッ…?」
鋭く怒声が飛んで、全員の声がぴたりと止んだ。視線が集まる中、小さくなったセナが、酷く言いにくそうにぽつぽつと言う。
「い、今…思い出したんだけど、その鍵、結構前から学校の落し物置き場の箱に入ってたような気がするなぁーって…。もしかしたら気のせいかもしれないけど、でも多分、そっくりだったし、きっと、そのぉ…」
しんとなった空気は、暫くそのままだった。へ?嘘?と、葉柱が呟いて、冷静なまもりがセナから詳しいことを聞き出す。落し物の箱は透明なプラスチックケースで、鍵は職員室の奥のキーボックス。宿直の先生に頼んで開けて貰うわね、と、そう言って、彼女はパタパタと駆けて行き、セナがその後についていく。
「は…、ほんと、馬鹿ばっかり、だな……」
髪をぐしゃりとやって、忌々しげに舌打ちする、そんなヒル魔の表情がどこか可愛く見えて、気付いたら駆け寄って腕に抱いてた。目を見開いた顔も、らしくなくて、堪らない気持ちになった。
抱いた腰の細さも、触れた髪の冷たさも、ずっとずっと恋しかった匂いも、胸に全部迫って、ずっと危うかった理性がいっぺんに吹っ飛んじまう。いや、心の隅で意識してやったのかもしれない。今しかない、やっちまえ、と。
「なぁっ、俺、お前のこと、好きだ。お前は?」
「………上等…」
返事の最初はそれだった。泥門と賊学のメンバー、全員が見てる前での葉柱の告白。でも、やっぱりヒル魔はずるくて、葉柱だけに聞こえるように言った。
「言わねぇと分かんねぇ? 部屋の合鍵渡す、一番ありそうな理由。目の前で熟睡なんかしちまう、一番分かり易い意味…。ほんとに分かんねえのかよ…? 馬鹿ばっかりの中で、お前が一番の馬鹿かよ」
す き だからだろ ?
その言葉は、殆ど息遣いだけで。でも視線は葉柱を見ていた。逸らさない真っ直ぐな目、ほんの一瞬の真摯。
「あー、もうっ、駄目だ、悪…ぃッ、ヒル…魔…っ」
わっ、とか、なんとか、驚いたような声が何人もから。そりゃそうだ。男同士のキスなんて、それが目の前で知ってるヤツ二人がなんて、驚かなきゃ嘘ってもんだ。しかもそれが長くて熱烈で。
気付けば、みんなして気ぃ遣って、全員遠くにぞろぞろと遠ざかってくれていた。あーぁ、バラしちまったな。なんて、そんな感じだった。葉柱の腕の中からするりと逃げたものの、ヒル魔も別に焦りも怒りもしてやしない。
後悔、すんなよ?
そんな言葉をヒル魔が言わずに飲んだことなんて、葉柱は知らない。知らなくていい、後悔なんてしないから。
続
今年ももう終わりですね。一月中にはラストのお話を上げたいと思っています。こんなのろのろペースのアイシノベル更新なのに、それでも読んでくださった方が、もしもいらっしゃいましたら、最大限の感謝を! どうぞラストまでお付き合いくださいませ。
ではではっ、よい御年をー。
とか言いながら、またすぐに別のお話を書きに行く私でございます。やっほぉー。
11/12/31
