Key Ring 8






「…や……っ、べぇの、なんか…」

 そう言ったのは賊学メンバーの誰か。目を閉じて、いつものおっかねぇ目付きじゃなくなってるヒル魔の、実は端正な顔に思わず目が行く。

「わ…あいつ、なんかすっげぇ……キレイ…」

 大して灯りの強くない街灯の下、男二人のキスシーンは長かった。葉柱は長い腕して、細くて細くて折れそうなヒル魔の腰を、ぎゅう、って抱いてる。感動モノのラブストーリーの、最終回を見てるみたいに、胸がきゅんきゅんしてどうしようもなかった。
 
 不良、なんてのは、案外純情で真っ直ぐだから、紆余曲折を経てやっとうまく行きそうな二人を見て、びっくりするを通り越したら、もう祝福しちまう。クラッカーがあったら、きっと鳴らしたくなってる。

「馬鹿、長…過ぎ…」
「…あぁ、でも、だってさ…何日ぶりだと思ってんだよ…っ」
「13日と21時間20分ぶり。大体な…。秒まで覚えてねぇ」
「お前…っ」
「ん…、は…ぁ、6秒ぶり」

 数えてんじゃねーよ、そんなもん。

 そうこうしてるうち、鍵を取りに行ったセナとまもりが走って戻ってくる。腕を突っ張って身を離してから、ヒル魔はでかい声を張り上げた。

「パス! ここだ! 糞チビ…っ」

 まだ遠い、届きっこない。だけどさすがに最強チームだ。どうするべきか瞬時に判断が巡る。セナはモン太にそれをパスして、モン太がそれを武蔵に渡して、大事なそれは見事に高く蹴り上げられた。

「お前のだろ。…取れよ」

 耳元で囁いた、ヒル魔の甘い声。葉柱は手を伸ばしながら、走って走って、もう必死だ。キャッチし憎いとこに上げやがって、あのキッカー、人の大事なもん蹴るとかっ。取り切れねぇでまたこじれたら、どうしてくれる、ド畜生…!

 でも、葉柱さん、葉柱さん…って、仲間たちの声援が沢山聞こえる。あぁ、まるでこれは、あのアメリカ戦。伸ばした指先に、触れた感触。もう二度と落とさねぇ。失くさねぇ。離さねぇよ。何にだって誓う。

 ヒル魔が好きだ。


「ya-ha-っ、朝練終了ッ、解散な、解散」
「へっ? だって、まだ何にも…?」

 空気が読めねぇにも程がある。疑問符を頭の上で多用してるモン太に、ニヤっと笑ってヒル魔が言った。

「チームワークの強化が出来たろ?」

 もう帰ろうとしているヒル魔に、当たり前の顔で葉柱がついていき、なんか言わなきゃあ、とか思った頃に、後ろからセナが一人で、でっかい包みを持って追いついてきた。

「葉柱さん! これ、打ち上げの日のゲームの景品…っ」
「えっ、あ、わざわざ? 悪ぃな、ほんと」

 適当に言って受け取ったが、も一度二人になったあとで、ヒル魔がセナの気遣いをばっさり切った。

「捨てちまえ、んな邪魔なもん。ただの巨大な張りぼてだ。中身だけもっとけよ」

 また何処かから取り出され、ぽん、と渡されたのはあのボールだ。打ち上げの大盛り上がりの中で、うまく葉柱の手に渡るように画策してたなんて、口が裂けたって言う筈がない。

「で? どこいく? ホテル? それとも…部屋?」
「…部屋がいい」

 俺とお前の、あの部屋に。失くして見つけたこの鍵で、もう一回ドアを開いて、お前との時間を始めたいだなんて、女々しいだろうか。お前そんなの、付き合えねぇ?

「部屋でか? いーけど、あそこ防音にまでしてねぇから。あんま…がっつくなよ? ルイ」

 今日ばっかりは、されればされただけ声出ちまいそう。何しろ、ヤんのは19日と16時間24分ぶり。 

 なんて、そんな本当かどうか分かんない時間のカウントなんかより、何かがぐっさり胸に刺さって、足がもつれてこけちまった。大事な鍵握った、握りこぶしのまんまをコンクリに突いたんで、派手に擦り剥いた。いってーのなんの。

「あ、あのさ、お、俺、ここでなんつって返せばいーの…? よ、よ…よーいち?」
「やめろ。かゆいこの単純馬鹿ヒル魔でいい鍵貸せ」

 え? 何、今なんてった?

「鍵、貸せっつったんだ」

 差し出すヒル魔の手の中にはあいつの鍵。俺が渡したのと同じ鍵に同じリング。色違いとかでもなくて、本当にまったくおんなじの。
 ヒル魔は手品か魔法みたいに、両手の中でそれを重ねて、次に指で摘んだ時には、二つのリングに二つのキーが、どっちも繋がれて一つになってた。

「ばぁか、何目ぇ丸くしてんだよ。浮かれまくったてめぇに持たしといたら、また落とすだろ、ルイ。で、どこいく?」
「へ、部屋がいい」

 ちっ、短く舌打ちする音。

「声、抑えらんねぇ…っつってんのに…」

 ぼそりと言った首筋が赤かった。

 

 
 
「ル…イ…っ」

 あぁ、もうそれやめて。嬉しいけど、聞くたびに心臓壊れそう。どくどく言うのは胸ばっかでもなくて、お前に刺さったとこまで凄いことになる。ぎりぎり広げられて苦しそうにしてるけど、それってお前のその声のせいもあるんだからな。
 
 でも可哀想だから抜いてやるとか、そんな大人な態度できねぇハイティーンで。しょうがねぇだろ「好き」と「性欲」はセットで。下手すりゃ「興奮」と「乱暴」もセットで。

「…くく…っ、そんな、俺のコト欲しかった? お前…」

 たりめーのこと聞くな。他で間に合わすなんて思い付きもしねぇ、つーか、お前を失うんじゃないかって思ったら、俺のここなんて不能になっちまったみてぇに大人しいまんまだったんで、思い出しもしなかった。

「あんま憎たらしーこと言うと、泣き叫ばせっからな、この」
「…冗談に、聞こえねーし……」

 幾らか弱くなった声音に、黙って顔覗き込めば、そう簡単には見れねぇ可愛い顔して、ヒル魔は斜めに俺のこと見てた。計算なの? それ。俺ん中のケダモノ揺り起こしてぇんなら、そう言ってくれたら、いつでも切り替えるよ?

 こんなふうにさ。

「…っ、ぁ! はばし…っ…」

 細い腰、シーツの上に押し付けて、無理な体勢で奥まで入った。みりみりと裂けそうに開いた穴から、力を抜こうとして、ヒル魔はなんとか息遣いを深くする。高ぶってたモノは、体の下になって見事にひしゃげ、涙零すみたいに先端からたっぷり濡れてくる。

「すっげ、きつ…っ」
「……放ったらかすからだ…っ」

 何、俺が悪いっての、ここがきつくてお前が苦しいのも、俺のせい? いや、違う…これは、多分、言い訳してる。俺以外誰ともしてねぇって、アメリカ行ったけどそういうことじゃねぇって。だから葉柱も、つい言った。

「お前さ、モテっから、俺…いっつも心配してそ」
「…勝手に、心配してろ。いっつもおろおろされてねぇと、俺もっ、気が気じゃねぇ…し」

 ちょっとそれ、酷くねぇ? ジェットコースター乗ったみたいに、振り回されたまんまでいろって? でも取りやすいパスなんて投げねぇって宣言されたっけ、そう言えば。

「ま、あっちのルイは、そんな好みでもねぇよ」

 クリフォード・D・ルイス。そんな本名、葉柱は知らない。疑問符でいっぱいになる頭の中を、色っぽくて堪らないヒル魔の声がスイープした。

「ぁ、ぁあ…ルイ、俺ん中で、いつまで止まってんだよ…っ、も、欲し…っ」

 ぐい、と自分から腰を押し付けて、ヒル魔は葉柱の下で痴態の限りを尽した。見えてるのが背中と髪だけだって、微妙にしなる白い肌と、乱れる金髪だけで充分「成人指定」並みだ。シーツを引っかく爪が見えたら、そこでトドメもいいとこで。
 もう、俺、ドMでいーや、って思った。好きに振り回せばいいよ。お前を好きになるくらいだ、最初からMの素質はあったんだろう。
 
 努力を怠らない男が好きだってことくらい、よく知ってる。一度手に入れたからって、気を緩めるな。競う相手はきっといっぱい出てくるんだろう。

 どっかのアメフトプレーヤーとか、アメフトプロチームからの誘いとか、アメフトとかアメフトとか、アメフトとか…っ。きっとこいつ、すぐ俺のこと蔑ろにして何処へでも飛んでっちまいそう。

 ついてく覚悟は今からしとこうぜ、血反吐、吐いてぺしゃんこになったって、転んだまんまじゃいねぇよ。きっとな。あぁ、きっと、死んだって。

「もうさ、離さねぇ、ヒル魔」
「あ…! ぁ…っ…」

 全身で快楽に狂って、ためてたもんを派手に放ったあとで、ぐったり体預けてヒル魔は言った。らしい言葉だった。その後で、甘い可愛いキスがくる。

「…たりめーだ、基礎だろ、んなもん」

 なのに言う言葉は、つくづく可愛くなくて、どっと疲れた。でも心地いいな。ヒル魔が疲れて目を閉じるのを見て、俺も目を閉じる。白い壁に家具、グリーンの小物をお前が揃えた、この部屋で…。



「ばぁか」

「単純」

「糞奴隷」

「好きだ? は…。んなもんはな…」

 寝言にしては、はっきりとヒル魔の声が聞こえる。

「…俺もだし」



 あぁ、死にそう。
 うれしーよ…ヒル魔…。 

 葉柱の必死の寝たふりは、ばれてたかどうだか、ヒル魔しか知らない。






      

  

 
 
 ああぁぁぁぁぁ゛ー。やっとラストまで漕ぎ付けました。読んで下さっている方がいらっしゃいましたら、本当に感謝でございますっ。いったいどんだけの期間を書き続けていたのかっ。もうすっかり惑い星個性の二人となっていたかもですが、それだけに私には愛しいヤツらでございましたよ。

 そしてアイシールド21のノベルは、ここらへんでラスト…としようと思ってたんだが、往生際悪く、もう少し書こうと思います。応援よろしくお願いします! お声掛けあると、なお嬉しいです〜。 ya-ha-!


12/02/15