Key Ring 6
もう、すっかり癖になったように、バイクを押しながら足元に何かを探す葉柱の姿。深夜だろうと早朝だろうと、悪天候だろうと構わねぇ。差した傘が知らない間に傾いて、両肩ともびっしょり濡らしたなりで、水の流れ落ちる排水溝の中にまで、もしかしてここにあるかも、と彼は訝る。
そこも、ここも、どこも、全部が全部一度や二度は探した場所で、それでも諦め切れずに毎日同じ仕草。見つけたら言えそうな気がしてるんだ。見つけたらきっと聞ける。
なぁ、ヒル魔。
俺、お前の彼氏って位置づけで
いーんだよな?
なぁ、ヒル魔。
ちょっとは俺のこと
好き…?
頭イカレてんのかって言われても、寝ぼけんなって言われても、あいつのこと掴まえてさ、絶対今日は答えが欲しいんだ、って。言えよ、って。言ってくれよ、って。それとも、俺なんか…もう居なくていい…の?
あいつと俺の部屋のKey。失くしちまった大事なKey。それを使って鍵掛けてたのは、大事な言葉をしまってた、心の部屋のドアだったのかもしれなくて。ずっと怖くて言えなくて、ずっと怖くて聞けなくて。見つけたら言うよ、それから聞くんだ。お前の目を真っ直ぐに見てさ。
灯りの消えたバス停のベンチに、誰か座ってた。もう今夜はバスもこねぇのに、それでも誰かが座ってた。それを脇目に、自分の足元ばかりを見て、通り過ぎようとした彼を、その声が呼び止めた。
「…探しもんかよ……」
「……ヒ…ヒル…」
目を上げたハバシラの顔が、長い足を組んで座ってるヒル魔の方を向いて、くしゃりと歪む。泣き笑いみたいな顔。嬉しいんだか悲しいんだか、びっくりしてるんだか困ってるんだか、泣いてんだか笑ってんだか、よく分からない顔だった。
「練習、付き合わねぇ? お前」
付き合え、って命令系じゃない言葉が、何故だかズキン、と胸に刺さって、返事もしないで葉柱は突っ立ってる。
「……ダンマリ、かよ」
ち、と、いつもどおりの舌打ちを、葉柱の耳に残してヒル魔はベンチを立ち上がる。返事を待たず、振り向きもせずに歩き出すのは、それでもいつも通りで、葉柱はヒル魔に傘を差し出しながら、遠慮するように少し後ろに下がって歩いた。彼の差し掛けた傘の下に居るのは、ヒル魔だけ。
振り向きもしないで、でも、ちゃんと見ているようにヒル魔が言った。
「ひっでぇ、ずぶ濡れ、お前」
「…や、けっこ、長い時間歩いてたんで」
「へーえ、なんで?」
「……」
ダンマリ、かよ。もう一度ヒル魔は言った。けれど、葉柱も思ってた。少し後ろからヒル魔の姿を、貪るように見て、見て、見つめて気付いたこと。
お前のズボンの裾もなんか、ズブ濡れ、だよ? いつからあそこに居たの? 俺を探したの? 俺を待ってたの? 放っておいて一人で勝手にアメリカなんか行ってた癖に? いろんなものを抱えたまんまで、二人して雨ん中。
「ここでいーや」
「え、ここただの公園、だけど」
300メートル四方、あるかないか。まわりを囲うのはただの繁みで、お前なんかのレーザーみてぇなパス、どこ飛んでくかわかんねぇんじゃ。そもそもこんな暗いのに取れんの? どっか繁みに入ったら探せねぇんじゃ。
「俺のパス、お前が全部取りゃぁいーだろ? なんだよ、自信ねーのかよ?」
ヒル魔のそんな言葉が、頭ん中で、変なふうに変換されて胸にまたグッサリと刺さった。
お前、俺のこと受け止める気、ねぇの?
そんな半端な覚悟で、これからどーすんの?
言っとくけど、取りやすい真っ直ぐなパスなんて、
これからだって、俺、投げねぇし。
「…やる」
「そうこねぇとな」
にやっと笑って振り向いた、その顔がどっか切なそうだなんて、俺の目がイカレてんだ、きっと、鍵の探し過ぎで。そういやボールなんて、どこにあんだろ、って思ったけど、これがちゃんとどっかに持ってきてたんだな。手品みたいなフェイクハンドは、こんなとこでも生かされてる。
「おら、投げんぞ。取ったら投げ返せ!」
土砂降りの雨で、雨粒は目やら口やらにまで入り込んでる。傘を遠くへ放り投げて、姿勢で言った。どっからでも来い。そして一投目、暗い中飛んでくるボールを、目ぇ凝らして水しぶき飛ばしながらなんとか取った。なにコレ、加減してるじゃねぇか、そうでなきゃ取れねぇって分かってる。
「なんっだよ、オマエっ」
言いながら投げ返す。そしたら跳ね返るみたいにして次のパス。腹の真ん中で、俺は受けて吹っ飛んだ。手加減すんなって言い掛けた言葉が、見事にひしゃげて消えちまう。痛ってぇてなもんじゃねぇ。二つに折った体を起こすついでに、葉柱は言った。
「アメリカ…っ、何でいったんだよッ…? あいつに呼ばれて…?!」
「……暇つぶし」
「そんなの…っ」
「誰かさんが、さっぱり来ねぇし? なんて、んな訳ねー…」
あぁ、そんなふうに言ってるヒル魔の言葉が、本当の本音かどうか、確信持てるアタマなんかねぇよ。ただでもフェイクばっかのお前の本気って、どこにあるの?
投げ返す。
パスが来る。
受ける。
投げ返す。
パスが来る。
受ける。
投げ返す。
パスが来る。
受け損ねて追っかける。
ヒル魔は罵りもしねぇで待ってた。
必死になって拾って、そこから投げ返したボールは、力が足りなくて泥ん中に落ちた。ころころと不規則に転がって足元に止まったそれを、ヒル魔の綺麗な白い指が拾って、自分の胸に付けるみたいに持った。白っぽい服は、もう見事にドロドロ。
勿論、おんなじ泥の中を走ってる葉柱の服も、跳ね上げた泥に汚れている。
「わりぃ…っ」
「は…、ひっでぇ顔」
そりゃ言われなくたって分かってる。顔に跳ねた泥が、口にまで入ってざらざらしてた。ヒル魔だって似たようなもん。泥の滴るボールを、わざわざ頭の上に振りかぶるから、綺麗な金髪にも額にも頬にも、ぽたぽた茶色の汚れがついた。
あぁ、このあと風呂入ったら、きっとさっぱりすんだろう。お前と俺のあの部屋で、入れたらなって一瞬、夢見た。そんな暇はねぇってのに。
またパスが来る。
受ける。
投げ返す。
パスが来る。
受ける。
投げ返す。
五回に一回はしくじって、取り損ねてもだらだらせずに、全力で追っかけて飛びついて取って、胸で泥へとスライディング。ザッシャァ、なんてわざとらしい音立てて、やっと取ったボールは当たり前に泥で酷ぇことになっていて、俺はそれを胸で拭いた。
ごし、ごし、って拭いて、あんま綺麗になんねーや、なんて、へへって笑ったその時に、やっと気付いたんだ、そのボールがなんなのか。
最初で最後、いっぺんだけ、
おんなじチームで追っかけた、
あのゲームのボールだ。
忘れてねぇよ…。
だってお前があの日、にやにやしながら、勝手に一個取って自分のカバンに入れたの、俺、見てたんだ。ああ、もう、そりゃあ何より一生の記念になるって思って、俺も取ろうとしたら、手際が悪くて見つかっちまった。
ケケ、て、お前笑ったよな、あん時。
こういうのはたった一個、ってのがいいんだ、って。
お前、今までどんな顔して、このボール投げてたの? そう思ってヒル魔を見たら、顔の泥を腕で拭きながら、じゃ、次な、ってお前言ったんだ。次って? 戸惑う俺に、説明なんかはしてくれなくて、ヒル魔はケータイを取り出した。
「全員、今から泥門駅な。あぁ、まぁ、朝練、みてぇなもんだ。いいから来い」
続
じゆーほんぽーに書いています。どっこもかしこもゆるゆるな感じがしますが、土砂降りの音なんかイメージしつつ、読んでいただけると嬉しいです。なんで雨になったんだろう。そうか、こっちが今日雨だからか。
そろそろラストも近付いてきましたね。次の次あたりで終わりかと思いますが、エチシーンが最後まで入らなかったりしたら、エチだけ別に書きたいと思いますー。おや、丁度一ヶ月ぶりのアイシ更新ね。すっ、すいませんー。
ではでは、ありがとうございましたっ。
11/11/27
