Key Ring 5




「ya-ha-ッ!」

 スロットマシーンから、ジャラジャラとコインが踊り出す。

 目障りなくらいの金色が、膝で、床で弾けて、ヒル魔は派手に歓声を上げた。クリフォードは見るからに高価そうな革の上着を、片方の肩だけに引っ掛けて、少し離れて彼を見ている。ヒル魔がちらりと振りむくと、壁に背を預けたまま目元だけで笑った。

 そして、半日遊び倒したヒル魔を、彼は地下のバーに連れて行く。特別会員だけに許された、あまりにも豪華な貸切のフロアには、バーテンダーやボーイが半ダースくらい。客はヒル魔とクリフォードの二人だけだ。

 自分の使用人にでも接するように、クリフォードは顎で彼らを追い払い、カウンターのスツールにヒル魔を導く。

「なんだよ? キング」

 ヒル魔がふざけてそう呼ぶと、並べて立てた人差し指と中指で、唇に触れて黙らせ、その言葉を引き継ぐようにクリフォードは言ったのだ。

「お前こそ、何かあったか? クイーン。俺の誘いに乗って、海まで越えてきたことも、カジノで飛ばし過ぎてることも、どれもこれも俺の知ってるヒル魔とは違う」
「…別に…なんもねぇよ」

 ヒル魔は肩を竦め、視線を振ることで、バーテンを呼ぼうとした。目があった黒衣の男は、殆ど分からないほどのさり気なさで、クリフォードの方を見る。今、ここの主人はクリフォードだから、その連れの指図では動かない。音も立てず、舌打ちしたらしいヒル魔を宥めるように、彼が声を掛ける。

「何か飲むか?」
「…あぁ、そうだな、ちょっと、酔いてぇ…な。…金の酒がいい、お前の…髪みたいな」
「お前も金だろ、クイーン」

 クリフォードの指が、ヒル魔の肩の向こう側から髪に触れる。いつもと違って、立たせていない真っ直ぐな髪は、さらさらと指の間に零れ落ちた。目を閉じて、ヒル魔は抵抗一つせずに、低く流れている音楽を意識している。

 くだらねぇ、と思っていた。それは自分のしでかしていることに対してだ。こんなふういつもと違うナリをしたのも、空港では顔を隠すように帽子を被っていたのも、見られたくないことをしているからだ。



 ほんとは俺は、誰のものだ?
 俺のだ、って…言って欲しいくせ、 
 いつまでも言わせねぇ態度でいるから、
 こんなことに、なっちまうんだぜ? 

 迎えにもこれねぇ場所に逃げて、 
 どうしたい? 
 どうしてほしい?

 … あ い つ に



「なぁ、クリフォード…。お前、俺のこと…どう思っ…」
「…………」

 言葉が途中で切れる理由なんざ、ひとつくらいしかなかった。酒の匂いのする舌が、ヒル魔の唇をゆっくりなぞって、中に、ゆっくり入ってきて。

「…前に会った時は、お前は猫のふりした猛獣だったが、今はただの仔猫だな。牙をどこに置いてきた?」

 猫のお前も嫌いじゃないが、物足りなくて調子が狂う。そう続けて笑いながら、彼はカクテルのグラスを、ヒル魔の目の前に滑らせた。

 ちらりとそのカクテルを舐めれば、香りだけがアルコールっぽい、ただのソフトドリンク。かっ、と頬を高潮させて、ヒル魔は正面からクリフォードを睨みすえた。

「て、めぇ…っ」
「そんなツラして今度こっちにきたら、鎖に繋ぐぜ? kitty。そしてあいつのところになんか、二度と返さない」
「あいつ、…っ」

 て、誰だよ?と、ヒル魔は聞かなかった。とっくに知っているのだと、そう思って口を引き結ぶ。さっき赤くした頬がまだ熱くて、その顔をそむけて椅子を立った。背の高いスツールが、音を立てて床に倒れたが、誰も騒ぐものはいない。背中を向けたままで、ヒル魔は言った。

「…なぁ、てめぇから見て、俺の勝算、は…」

 あぁ、ほんとにくだらねぇ。馬鹿げてる、いつの間に俺はこんなに愚かになったのか。そんなことをコイツに聞くなんて。人に答えを欲しがるほど、不安な想いでいたなんて。

「それは自分の心に聞きな。とっくに答えを持っているだろ?」 

 さっきのカクテルグラスが、ぱん、と床で割れた音を立てた。飛び散った雫の色はグリーン。誰かを思い出す色だけど、わざわざ思い出さなくたって、ずっとあの顔が浮かんでいる。

「帰る」
「あぁ、帰れ。…それでも会えて楽しかったよ、サニー。どうやって帰る? 手配してやろうか?」
「手近なアメリカ空軍基地がいいな。そこからなんか借りっから」

 ケケケ、と笑う顔を見て、クリフォードは少し淋しそうな目をした。ヒル魔がヒル魔らしい顔に戻った途端、自分の傍になんか、くるはずのない生き物に変わってしまう。

「十分、ここで待っていろ。用意が出来たらメールをする」

 ヒル魔の背中を追い抜いて、クリフォードはそう言った。振り向かないその脳裏に、彼が気に入った、憎らしくて生意気なヒル魔の姿が浮かんでいた。
   

 
 
「喧嘩、したんっスかね?」

 モン太が最初にそう言った。部室の窓から遠くを見てみれば、グラウンドのフェンスに寄り掛かって、葉柱が夕の光を浴びていた。昨日も来てた。その前の日も。その前の雨の日は、バイクもなくて傘を差して立ってた。

「…そうね。そうなのかも」

 返事をしたのは、まもりだったけれど、モン太のすぐうしろから彼の頭越しに、武蔵も葉柱の姿を見ている。

「世話が焼けるな」

 ぼそ、と、そう言って、武蔵は部室を出た。何があったか知ろうとも思わないし、余計なことかも知れないが、もう十日も戻らないヒル魔の事はさすがに気になる。戻らせる手っ取り早い方法の一つを、試してみようかと思った。

「昔からあいつは意地っ張りでな。向こうから折れることは、まずないぞ」
「…な、な、なんの話なんだか」

 いきなり後ろからそう言えば、噛みながら葉柱はそう返事をした。肩を竦めて明後日の方を向いて、武蔵はもう少し確信をついたことを言った。

「俺の想像だがな、初体験なんで、あいつも余裕がなくなってるんだ。はっきり聞くぞ? お前ら、もう奴隷と主人の間柄じゃないんだろう」

 初体験、という部分にギクリとするが、言われているのはそういう意味じゃない。混乱している割に、案外葉柱は冴えてた。

 もしかして、それ、
 あいつと、ここまでの関係になれたのって、
 他にいなくて、俺だけってこと?

 無意識に問うような眼差しになった葉柱に、武蔵は頷いたような、頭をちょっと下げたような、意味不明の仕草をする。とことんタチの悪いヤツだが、できればこれからもよろしく頼む、だなんて、そんな意味だと分かるわけがない。

 それでも葉柱は次の日から居場所を変えた。泥門まできてヒル魔を待つ代わりに、あの部屋のドアの前にいるようになった。時々視線を感じる気がするのは、ただの気のせい決まってて、急いで顔をあげても、閉じた窓しか見えない。

 あぁ、もうなんか、何でもいーから、とにかく
 ヒル魔、ヒル魔、ヒル魔…。会いてぇ…よぉ…。
 お前はその万分の一でも、思い出してくれてんの…?














 慣れないキャラを出すもんじゃありませんね! クリフォードじゃなくて、武蔵もですが、らしくない書き方をしている気がして、どうにもこうにもにっちもさっちもぅー。って感じでした。クリフォードはあっさり引きましたが、勝ち目のない賭けはしないってことらしく、そこまでの想いじゃないのかなぁ、などと思ったりして。

 それとも自分を偽っているのか、ヒル魔のためを思ったか。らしい存在でいて欲しいってのは、分かる気がするんだけど…。まぁ、いいや、慣れないキャラを出すもんじゃ…。あ、さっき言ったか。

 読んでくださった方、ありがとうございまーす♪


11/10/27