Key Ring 3




 深夜、たった一人で部室で、カタカタとキーボードを鳴らし続ける。彼にしては随分とタイプミスが多い。舌打ちして傍らのコーヒーの缶に手を伸ばし、唇で傾けて…。とうに空っぽなのに、そのことに気付かなかった自分に、さらに腹を立てる。

 ヒル魔は疲れていた。始発で部室に来て、ほぼ最終便で帰る毎日。葉柱を呼ばずに、もう一週間が過ぎようとしている。
 どういうつもりだ、あいつ。何度も呟いたそんな言葉が、また脳裏で回り出す。知りたきゃ聞けばいい、聞きたきゃ呼べばいい。今までみたいにケータイひとつ、指先の操作ひとつで、あいつは飛んでくるはずだ。

 そう、多分、今までどおりに悪態付きながら、それでも嬉しそうな思い滲ませて、何やっててもそれを投げ捨て、俺のとこへ駆けつける。それが葉柱、だったはずだ。
 ちらり、ヒル魔の目が部室の隅にあるものを見た。無駄にでけぇ箱。派手な赤いリボンがかかったまんまの。アレ見て今日も、空気の読めねぇガキどもが聞いたっけ。

『あれぇっ、ヒル魔先輩! 葉柱さんに景品、渡してくれてないんスか?』
『ほんとだ。でも、毎日来てるんですよね? 葉柱さんって』

 違うの? なんて罪のねぇ表情で、奴らは俺の顔を覗き込む。

『…るせぇな、腐るもんじゃねぇし、いいだろ別に』

 忌々しげにそう言ったのを、作業を邪魔された不機嫌さだと誤解して、ガキどもはさっさと引っ込んだ。そのくらいで引くんだったら、聞くんじゃねぇや、と口の中で毒付いて、今やる必要もない作業をノートの上で再開した。

 そうやって、残る用もねぇのに居残って、一人で帰る。来る理由もねぇほど早朝に来て、ここで一人時間を潰す。そうでもしねぇと、バレちまうから。行き帰りのどっちにも、もう葉柱が来てないことを気付かれて、どうして?なんて、聞かれちまうから。
 ツー、とケータイのアラームがなった。終電の時間だ。今から歩いていきゃあ、丁度最後の電車に乗れる。日付が変わる前くらいに部屋に着く。いくつかある部屋の、どれに帰ってもいいけど、ここから一番近い部屋へ行く。

 あの趣味の悪い白い部屋に。
 グリーンの小物が置かれた部屋に。
 俺がそうしたくて作った部屋に。

 ノートを脇に挟んで、山ほどのケータイ詰め込んだバックをぶら下げ、ヒル魔は一人でスカスカの電車に乗る。ガムを口に膨らませて、いくつか先の駅で車両が止まったとき、駅前のバーガーショップから、あいつが出てくるのが見えた。懐かしい、ってそう思う。たかが一週間なのにな。

 ほら、呼びたいなら呼べよ。
 あいつは俺の呼び出しを待ってる。

 心のどこかでそう思って、殆ど無意識にポケットからケータイ出して、呼び出そうとした指は止まった。葉柱の後ろからぞろぞろと、賊学のアメフト部員が出てきたからだ。表情や仕草から、その会話が聞こえるような気がする。

『おごってもらってスンマセン、葉柱さん!』

 後ろの一人がそう言って

『そんな大袈裟なもんじゃねーだろ、バーガーくらいで』

 きっと葉柱はそんなふうに返事をして

『けど、良かったんスか? 今日は呼び出しとかは』

 ああ、やっぱどこにでも空気の読めねぇ馬鹿はいるんだ。

『…いーんだよ、あんな奴、もう』

 一瞬項垂れたあと、吹っ切るように顔を上げた葉柱が、ヒル魔の目にははっきりと見えた。なんで俺はこんなに目がいいんだろう。言葉は勿論憶測だけど、いかにもありそうな会話くらい、簡単に想像がつく。

 電車は走り出した。そうして降りようとしていた駅を通り過ぎた。いくつかある部屋の、別のひとつのがある駅で降りる。そうして誰もいない街に、ぽつんと灯る街灯の下を歩けば、そのあかりに引き寄せられた大きな白い蛾が、ちらちらと翅を翻して飛んでいるのが見えた。

 馬鹿だよな、あの蛾も。

 別にあんなしょぼい光に纏わり付いてたって、なんの利益も楽しみもねぇだろうに、そうと決められた習性で、ああすることをやめられねぇ虫。もしもその本能から解き放たれたら、あの蛾も二度と街灯なんかにゃ、寄り付かねぇんだろう。

 そうだよ、あいつもとうとう悪い夢から覚めたんだ。なんであんな性格の悪い奴なんかを、好きとか惚れてるとか、可笑しな勘違いしてたんだろうって。

 人間は馬鹿で愚かで頭が悪くて、弱くて脆くて、だから何でも間違えやすい。その足りなさにつけこんで、今まで散々利用出来てたのに、ちったぁあいつも賢くなったってことか。
 パシ、と小さな音ひとつたてて、ヒル魔の見上げてた街灯が消えた。白い蛾は暫くそこで彷徨っていたけれど、やがてはそこからはなれて、夜の闇の中に紛れて消えてしまった。

 ぼんやり、灯りの消えた街灯を見ていて。その時、ヒル魔のケータイが鳴った。ポケットのじゃなくて、バックの中の方、こんな深夜にって思いはするが、音で誰からかが分かり、深夜に鳴った理由も分かる。ここと向こうとで、時差があるからだ。

『サニー?』

 別に聞きたくもない声が、ヒル魔のことをそう呼んだ。





「いや…。ん…っと、言い憎いんだけど、な」

 ここまでして貰うと…。

 ここんとこずっと沈みっぱなしだった葉柱を心配して、賊学のメンバーは彼を駅前のバーガーショップに誘ったのだ。
 全員でツラ付き合せて相談し合って決めたことだった。それで六人掛けのテーブルに、ぎゅうぎゅうと引っ付いて八人以上も座りながら、一人が意気込んで葉柱に言ったのは、つい数分前のことだ。

「お、俺らじゃ頼りねぇかもしんねぇスけど…っ」
「でも、ほんと見てらんなくて、最近の葉柱さんは、なんか悩んでるみてぇでッ」
「とにかく、俺にも出来ることさして下さいよ、葉柱さんっ」

 俺も、俺も、とみんなで声を上げられ、葉柱は困り果てた顔してコーラを啜る。ったって…。これ以上無いくらい私物の、落し物探しだぜ? しかももう一週間も前に落とした物の、しかもそれってのが、あいつの部屋の…

 コーラを最後まで啜り終えると、葉柱はすぐ傍を通った店員を呼んだ。

「こいつら全員に、Sセット! コーラでいーか? てめぇら」
「えっ、そりゃ、いいスけど…。でも」

 口篭る一人の額をぐい、と押しやり、他のメンバーの顔を一人一人眺めて彼は言った。

「サンキュ、な。けど、もうちょっと自分で何とかしてみる。人任せじゃあ、あいつはきっと許さねぇ。俺も出来れば自分で見つけてぇし…っ」
「…あいつ……」

 だけど、に…っ、と笑う顔はいつもの頼りがいのある葉柱の表情で。暫く静かになった後、一人がやっと言った。

「…お、俺っポテト追加していいっすか!」
「あ…っ、じゃ、俺も」

 手伝いたい気持ちはおさまらなくても、メンバーはみんな、一度言い出したら聞かない、葉柱の性格を分かってる。

「おし、みんな好きなもん頼めっ! 心配掛けた詫びがわりだっ」

 そして飲んで喰って、皆でがやがや店の外に出て…。

「おごってもらってスンマセン、葉柱さん!」
「そんな大袈裟なもんじゃねーだろ、バーガーくらいで」
「けど、あの…。良かったんスか? 今日は呼び出しとかは」

 少し言い難そうにそう聞いた言葉に、葉柱は少しの間黙って、それから吹っ切れたように、彼は星も見えない空を見上げた。

「…ってかさ、待ってんだ、俺」

 そう言って、先に歩き出す葉柱を、わらわらと全員が包んで追いかける。誰もはっきりとは聞き返さない。その小さな沈黙に、葉柱は思っていた。ほんとだな、ヒル魔。薄々でも、何となくでも、もうみんな知ってるみてぇ。

 待ってんだ。その言葉をもう一度心の中で呟いて、葉柱はポケットの中のケータイを握り締めた。
















 書く前の下準備っつーか、リハビリの一環つうか、ルイヒル界に溺れとこうかと思って、昔の作品読んだりします。今日は「朧、夏祭り」って話を読んで、えらく昔の作品なので、内容を5割忘れていたもんで楽しめましたよぉ♪

 面倒くさいからやりませんが、一回、全部の作品を印刷してみたいものです。そして製本して厚さを測る。いや、やりませんよ。めんどくさいしお金かかるしねww けど、全部を掲示板に移したら、外で読めて時間潰したいときに便利? めんどくさいんでやらないけど。

 結局、なにしたいんだ。私。えーと、まさかのクリフォ先生、声の登場!    Key Ring 3 でーすv



11/09./10