Key Ring 2
「あれぇ、ルイ君は? 帰っちゃったの?」
「…ル…」
ヒル魔が辿り付く前に、部室のドアからデカい姿が顔を出した。顔色こそ変えなかったけれど、ヒル魔はちらりと眉を上げて、チューインガムを膨らました。
てめぇはいつからあいつとダチになってんだ?
きょろきょろと見回しているその後ろから、セナとモン太も顔を見せる。リボンのかかった大きな箱を二人で持って、栗田と同じに見回して。
「これ、昨日のゲームの景品なんスけど、葉柱さん終わりまでいないで帰ったじゃないっスか。人数分用意してたから、最後に余ったこの一番でっかいのを」
「うん、葉柱さんにあげようって!」
馬鹿か…。そのデカいのはデカいのがいいっつって、真っ先選ぶヤツがいるんじゃねーかって、ネタで作ったただの張りぼてだ。中身は大したもんじゃねぇよ。で? 持って帰って俺から渡せ、とか言う気か、このガキども。
「じゃあ、しょうがないから…」
「次に泥門来るときは、部室まで来てもらってってくれって、電話で伝えてもらっていいっスか、ヒル魔さん!」
「あ、でも明日もヒル魔を送ってきてくれるんだったら、その時でもいいかもね」
「え…と、あー、なんで俺が…言わなきゃなら…」
ムカついた。口篭っちまった俺自身にだ。ついさっき、部屋であいつに言った言葉だって、随分信憑性に欠けてたらしい。もう、誰でも気付いてると思ってたのに、実際はこの通り。なんだよ、誰も気付いていやしねぇ…。じゃあ、これからだって、あんまし傍に置いとくわけにも。
って…何が…? それって、なに? 俺は、あついを、傍に置いとこうとしてたってこと? やべぇ、自分にキレそう。てゆーか、俺…って…。練習見てていいとか、何をベタ甘なこと…。
「……てっめぇ、いつまでンなとこで突っ立って喋くってんだ! ミーティングだっ、ミーティングっ! 反省会っ」
銃をぶっ放しながら、ガキどもを部室の中へと追い立てる。誰も何にも気付いてねぇなら、自分から知らせる必要もねぇ。もう奴隷じゃねぇけど、これからもあいつはパシリみてぇに、しょっちゅう呼び付けては、便利に使えばいいんだろ。なんも変わる必要ねぇし。
自分のスタンスが壊れるのは、嫌だ。信じてたもんを、一気に全部、投げ出しちまう気がする。スキなヤツが出来たって、そいつが傍にいるんだって、それは変わらずに同じだ。慎重で何が悪い?
緩みかけてた心の入り口を、俺は痛ぇぐらいに引き締めた。
そして夕方。ミーティングやら練習やらが全部終わって、最後に糞マネ編集のビデオ見て、全員がぱらばらに帰路につく。
部屋に帰ってあいつがいたら、まずは何を命じてやろう。それをまだ思いついてなかったから、ヒル魔は葉柱をケータイで呼びつけずにいた。ちまちまと電車を使って帰りながら、まずはジュースでも買いにパシらせようかと、在り来たりのことを考える。
そこら辺で売ってないのを探させて、あいつが戻る前にシャワーを済ませておく。ヤりたさそうな顔してたら、見てんじゃねぇよ、るせぇな、なんだよ…っつってイラついて見せて「ヒル魔とシてぇよ」って、向こうから言わせるんだ。
買ってこさせたジュースをあおって、喉とか見せてやりながら、むしゃぶりつきたそうなあいつのあの目を、たっぷり浴びて、それからPCいじって、テレビでも見て、夜中になったらさせてやるとか。…今日のところはそんな感じで。
そう思って部屋についたら、スケジュールがいきなり壊れた。当然来てると思ったのに、葉柱のゼファーが無かったのだ。ここからすぐのあいつの部屋の方に、帰っているわけでもない。反射的にポケットのケータイを出して開く。
葉柱専用のケータイ。指先一つでリダイヤル。
しようとして、でも、やめた。なんか、こっちから来て欲しがるみてぇで、面白くねぇし。何してっか知らねぇけど、今に来んだろ、それとも俺が呼ぶと思って、泥門近くで待ってたりしてな。
有り得そうなことを考えて一人で部屋に入った。リングに一個だけつけたキーが、たった一つきりで淋しそうに見えるのを、少しでも意識しないように、俺は目を逸らした。
そうして夜半。部屋に戻ったのが早かったから、あれから六時間も過ぎた頃、聞き覚えのありすぎる、あいつのバイクの音が、遠くから段々大きくなってきて…。
「0時1分。ちっ、遅っせぇし」
ちらりと見る時計が、丁度日付を跨いだところ。あれから、予定は狂いまくってる。風呂だって待ってられなくてもう入った。風呂上りにコーラも飲んだし…。まだかよって待ってたことなんか、かけらも見せる気はねぇけど、今頃何しに来てんだっつって、罵ってやろうかなんて思って。
でもバイクの音は、部屋に近付く前に消えた。道を逸れて遠ざかって行ったわけじゃねぇ。いきなり静かになって、それきり、だ。あいつ…。近付く前に下りてエンジン切りやがった。どういうつもり…。
なんで? お前、そこにいねぇフリとか、してんの?
俺が気付かないとか、思ってんの?
何十回も聞いたそのバイクの、うるせぇ音は、
もうお前の鼓動と同じくらい俺に刻まれてんのに…?
なんだよ、それ、ざけんな。
って、変にイラついた。当たり前みてぇに、ここに来てくれなかったことがショックで、そんな自分がショックだった。ブラインド閉じて、ここからも見える葉柱の部屋に、あかりが灯るのを見ないようにベットに潜り込んで、きつく目を閉じた。足音にも耳を塞いでた。
あいつ…。耳がいいからな…。そう呟いたのは葉柱。そう思いながら、極力静かに夜道を歩いていた。
バイクは随分遠くから、エンジン切って押してきて自分とこに置いて。ケータイを開いたその明かりで、真っ暗な地面を照らして歩く。探しているのは鍵だ。大事な、鍵。
今まで、気付いた夕方からずっと一人で探してた。通った道全部。歩いたとこもバイクで転がしたとこも。しまいにゃ今日行った記憶のないとこまで。もしかしたら、って、そう思って。
あいつほどじゃねぇけど、俺だって、ダテにでけぇ目ぇしてねぇし、大事な大事なあの鍵なら、道路のど真ん中に落ちてたって、歩道から目ぇ皿にして見つけられる。そう信じてたんだよ。失くしたまんまになんて、出来るわけねぇ。落としたことが信じられねぇ。
でも今朝あいつを送ってった時、ポケットでチャリ、って鳴るのを、確かに聞いたから、ヒル魔の部屋に置きっ放しじゃねぇのは分かってた。
わりぃ、ヒル魔、あの鍵なくしちまったみてぇ。そう言ったら、お前。なんて言う? 大体予想はつくんだ。てめぇっ、て、まずこうだろ? それから? ざけんな?
でも、罵られるそのことよりも、告げたその時のお前の目が、俺は気になるんだ。すっげぇ怒る? 俺を見ねぇ? そんでお前ほんとは、傷ついたりとか、すんじゃねぇか…って…。
胸ポケットに入れてるケータイが、いつもの倍も重かった。今日は一度も鳴らなかった、小さな四角いそれは、見えない何かであいつと繋がってる。これって、きっと願いの重さだ、そう思った。
馬鹿、やっちまったけど、
なぁ、俺、
こんなにお前を、想ってんだな…
続
リハビリしつつ書いてる感たっぷり…。でも頑張っておるのですよ…。もしょもしょ…と。意地っ張り過ぎて不器用なヒル魔さんと、愛しすぎて不器用な葉柱さんの、そんなギクシャク☆ラブを、どうぞ応援してやってください!
これからどんな展開が…って? 次回じゃないかもしれませんが、エチシーンがあります。いや、そりゃね。あるんです! やっふーっい! すいません、壊れてきました。
どうぞ次回も読んでやってください。こんなだけどね…。とほ。
11/08/28
