Key Ring 1
あぁ、窓から入ってくる日差しが眩しい。葉柱は目をぎゅっと閉じて額に手をかざしている。
もう随分なるってのに、寝起きは体がギシギシ痛ぇ。寝返りも打てねぇで俺はベッドに沈んでる。小物が幾つかグリーンで、他の家具やら壁やらは真っ白な、あの部屋。かなり暫くぶりだった。昨日遅くに一人で転がり込んで、そのまんま…。あいつここには来ねぇよなって思いながら、眠りに落ちてた。
やっとこっちに帰ってきて…。
打ち上げ、俺も、最後までいたかった。
こんな怪我さえしてなけりゃ。
呟いて深く息をついて、痛む体に鞭打ちながら、ようやっと起き上がった俺の視野に……。
「あ…」
眠ってたんだ、俺の、大事な…。
「…ヒル」
「ん…」
ごろ、と寝返り打った華奢な体は、あっちこっち包帯やら湿布だらけで、見事なまでの満身創痍。そっか、こいつもそりゃあ、無事ってわけにゃいかねぇよな。
「ヒル…魔…」
あぁ、でも…泣きたくなった。
こんな姿、他の誰にも無防備に見せやしねぇ、そういうコイツをずっと、見てきたからだ。まぁな、俺のがもっとひでぇけど。肋骨折れて、鎖骨ひび入って、アメリカから戻る前から、がっちり固定してたから、今はかなりよくなってんだ。その、多分してぇことを、なんとか出来ちまう程度には。
葉柱はドキドキと心臓を高鳴らせながら、ヒル魔を見る。包帯なんか巻いてても、見えてる肌はどこも真っ白で、日焼けって言葉はこいつの辞書にはねぇんだろうな。それでも金髪は強い日差しにやられて、すっかりパサパサだった。
「……視線がうぜぇ…」
気付いたらヒル魔は目を開けてて、無感動な声でそう言った。
「え、あ…えっと、お、おつか…」
「お疲れさん、だ? 疲れてなんかねぇよ。この大袈裟なのは、うちの糞マネがあんまりうるせぇから」
言ってするすると包帯を解いて、乱暴な仕草で湿布を剥がして、いつもどおりに、本当にいつも通りに、ケータイの一個を取り出して、どっかへ電話を掛けた。
「ケータリング。十分以内。朝飯用になんか軽いもん。あと熱いコーヒー。二人分な」
この部屋は三階、二階は洋食屋で一階は和食、地下はイタリアン。そのどこでも好きなときに好きなように電話して、タダでメシをゲットしてるヒル魔。その姿も今までどおり。
「あ、飯、俺のも…。サンキュ。えっ、と…今日さ」
「反省会だ、泥門のメンバーで。あと、体が鈍っちまうから、軽く練習」
「…そっか」
恐れ入る。確かにアメリカから日本へ戻る間の数日間、いろいろと忙しくてやれてないことだらけだった。だから泥門メンバーはまずミーティング。それから練習もするのか。ヒル魔たちはもう引退だけど、他のメンバーはみんな、来年に向けて歩み出すのだ。そのために反省点を話し合い、なおすべきことをなおすために練習を。
すげぇと思う。さすがヒル魔のチームだなって。でもさ、でも…俺…。
さびしい、よ…。
「俺も、行きて…」
「偵察か? 賊学アメフト部の葉柱サン」
「……ちが…っ」
「反省会はお前に聞かせらんねー。練習は見てる分には許可」
それでも過剰な譲歩だってわかってるけど、ほんとに本気で淋しくて、アメリカでのあのことが、夢だったのかって思っちまいそう。同じチームで、同じ「勝ち」のために、我武者羅だったアメリカ戦。
「…いや、俺も…家帰るわ。お前を泥門へ送ってってから…」
項垂れて言った、そんな俺の髪を、ひっでぇ乱暴な仕草で掴んで引っ張って…。
「…ん…っ、ん…」
「ああ、そんなら帰れよ」
キスのあと、薄っすら笑うヒル魔のその顔。どっか、らしくなくて拗ねたみてぇで。
「しょうがねぇだろ…? 別のガッコで、別のチームのリーダーだぜ? 俺ら。公私混同して何処にでもてめぇを連れ歩くみてぇな、そんな無様を曝せって?」
お前とのことは、いい加減誰でも知ってっけどな、なんて、スルーしにくいことを呟いた。ヒル魔は黙ったままで思うのだ。
ほんと、俺はなんでこんな馬鹿を傍に置いてんだか。日本に帰ってきちまったら、また敵同士に戻るんだって決まってて、そこで萎れるに決まってるこいつの為に、わざわざ隣で眠りに来たのに…。それもわかっていやしねぇ。
「おら、メシが来たぜ? とっとと持って来い。んで、とっとと喰って、俺を泥門まで送ってけ。そのあとは、てめぇがしてぇようにすればいい」
だって、もうてめぇは俺の奴隷じゃねぇんだ。飲み込んだその言葉は、ヒル魔の胸の奥に沈む。
ヒル魔と差し向かいで朝飯を食いながら、俺は殆ど何にも言わなかった。バイクで移動中も何も言わねぇ。部室の前までいかねぇで、グラウンドの入り口で停めたのは、バッツのメンバーと顔合わしにくかったからだ。
みんなと合って「わきあいあい」になっちまったら、じゃあ俺帰る、なんて言い出す意地が折れちまう。
「じゃ、な」
「…あぁ、また」
ドゥン…って、大きく響くエンジン音。ユーターンして、埃蹴立てて走り出す。もう背中向けてたヒル魔の顔も見れてねぇ。
やべぇ、って思ってた。やべぇよ、こんな離れ方したら、あの部屋に行き難くなっちまう。折角、スペアキー持ってんのに、開けて入って当たり前の顔できなくなったら、こんなのは意味がねぇ。
「く…そ…っ」
その後、きら、と何かがアスファルトの上で光ってた。シルバーの輪に一個だけ鍵をつけた、キーリング…だった。
続
もうちょっとリハビリしてからにしたらどうなの? という心の声を蹴飛ばして書き始めています。パラレルを関係なくしたら、本当に久々のアイシールドノベルですね。だけど葉柱さんの口調で書くのは、なんか楽しいですよ〜。
次回はヒル魔の心境を濃く描きたいと思ってますが、どうなるかな? まぁ、頑張らせていただきます〜! お読みくださる方が一人でもいらっしゃいますようにぃぃぃい〜。
11/08/21
