ケータイ買いに。   2




「では、お色はどれに致します?」

 広いケータイショップの端の席で、葉柱は思わず唸った。重要なのは、電波がよくて圏外になりにくいこと。そして電池が長持ちすることだったから、そこのところはよく考えて選んだ。

 機種を決めてコースを決めて、それでもう新しいケータイを持って帰れると思ったのに、目の前に並べられた同じ機種の、十五色ものケータイ。

 パールホワイト、ミントグリーン、シルバーグリーン、シルバーブルー、オーシャンブルー、ネイビー、ブラック、ダークレッド…。

 とにかく色々あって、とてもすぐには決められない。いつもなら、好きな色で無難なものを選ぶけど、今、買おうとしているのはヒル魔専用のケータイなのだ。ヒル魔からしか来ないし、ヒル魔にしかかけない。

 そう思うと、簡単には決められない。

 手に取っては置き、手に取っては置きしているうちに、随分と長い時間が経っていたらしく、ケータイ屋のねぇちゃんは既に困惑顔。
 
 目の前にいるのは、賽河校の不良の姉さん。どうやら弟から連絡を受けていたらしくて、店に入るなり「ようこそ。弟がいつもお世話になって」などと言われてしまったのだが、それにしても時間が掛かりすぎだろう。

「その…悪ぃな、時間とっちまって。今、決めるから」

 焦りながらそう言って、葉柱は真ん中にあるのをもう一度手に取った。艶消し黒のそのケータイは、開いてみると、内側は渋いダークレッド。黒に赤ってのは、なんかヒル魔っぽくてよくねぇか?

 あいつ、私服はよく黒を着てるし、それがまた凄く似合ってて、このケータイを持ってると、あいつの分身を身に付けてる気になれるかも。

 自分でも気付かず、胸ポケットにそれを入れて、ご機嫌になってた葉柱に、営業スマイルで賽河校不良の姉は言った。

「とてもお似合いですよ。それにお決まりですね?! じゃあ、こちらにすぐ署名を!」

 さすが、賽河校不良の姉。中々押しが強ぇ。などと妙なことを感心しながら、葉柱は上機嫌で署名をするのだった。


 *** *** ***


 ケータイを大事に胸ポケットにしまって、葉柱は練習をしにガッコへと戻る。もうメンバーは全員揃っていて、葉柱の上機嫌を内心で不思議がりながら、誰も何も言わない。

 朝、賽河校の奴らが、彼に土下座しているのを見ていたものもいたが、それを話題にしても、葉柱は適当に相槌を打つだけだったから、今日の彼とはまともに会話が出来ないと何となく判っていた。

 最近の葉柱は、よく上の空になってしまっているから、今日もそうか、きっと疲れているんだと納得する。ヒル魔の奴隷になってからというのも、自分らのヘッドが、色々とこき使われているのを全員が知っていた。

 ヒル魔の奴隷になったのは、葉柱だけじゃないのに、毎日のように呼び出され、パシリになっているのは葉柱一人なのだ。それが気にならないわけはなかった。

 ケータイが鳴ったら、すぐに出ないとまた脅されでもするのだろうか。葉柱はずっとケータイを肌身離さず持っていて、フィールドにいる時だって、それは変わらない。

「あ、あれ…っ。葉柱さん、いいんスか? コレ」

 練習の後、皆で着替えている時、ふと、誰かが言って、葉柱が使う奥のロッカーの中を覗き込んだ。

 そのロッカーの扉は、いつだったか葉柱が何かに怒って蹴飛ばしてから、ちゃんと閉じなくなっていて、いつも半開きになっている。中の棚の上に、いつも葉柱が手放さないケータイがのっていたのだ。

「ケータイ…忘れてるんじゃ…」
「ん? ああ、そこ置いといてくれ。帰る時は持って出る」
「え…っ。ハイ…判りました…」

 どうしたんだろう。全員が全員、口には出せずに、不思議そうな視線を葉柱に送っている。その視線に気付かずに、葉柱はユニフォームからいつもの長ランに着替え、胸のポケットに新しいケータイを入れた。

「あ、新しいの、買ったんスか? 葉柱さん。それ、渋い黒っスね」
「まぁな。今朝買ったんだ」
「ナンバーは前のまんまで?」
「いや、ナンバーもアドレスも新し…」

 笑って言っている葉柱の顔が、唐突に強張った。座っていた椅子を蹴立てて立ち上がり、長い腕を伸ばして、練習の間ずっと、ロッカーに入りっぱなしだったケータイを掴む。

 突き飛ばされて転んだ部員は、勿論、ヘッドに文句など言わないが、床に投げ出されたそのままの恰好で、葉柱が何に焦っているのか理解してしまった。

 つまり葉柱は、アドレスもナンバーも変わった新しいケータイを身に付けていて、まだヒル魔から連絡が入るかもしれない古い方を、うっかり何時間も、ロッカーに置きっぱなしにしていたのだ。

「なんか平気みたいですよ。着信のランプついてなかったし。あの悪魔からの電話なら、まだなんじゃ…」

 思わずそう言ってしまった部員の顔を、バツの悪そうな表情で、葉柱はちらりと見た。それから彼は左手に新しい黒いケータイを、右手に古いシルバーのケータイを持って、ふらりと外へ出て行く。

 確かに着信のランプはついてない。一応開いて確かめて、それから葉柱はゼファーに跨った恰好で、ハンドルの上に顔を伏せる。

 連絡がまだだったからよかったが、もしヒル魔が何回もコールしていたらと思うと、冷や汗が出るような心地がした。一度や二度、電話に出れなかったくらいのことで、そんなにビビることもないのだが。

 とにかく、今は、古い方のケータイもポケットに入ってるし、後はいつもの呼び出しを待つだけだ。それで迎えに行ってあいつに会ったら、ケータイを新しくしたと言えばいい。

 別にヒル魔専用だなんて、わざわざ教える必要も無いんだから、何も言い憎いことはない。葉柱は呼び出される前にと、そのまま泥門へ走り出す。走りながらもさらに、彼は考えていた。

 でも…

「これ、お前専用だから」

 なんて言ったとして、あいつがどんな顔するのか、見てみたい気がしないでもない。だけどきっと、からかうような目で見るに決ってる。やっぱり言えるはずがねぇ。それを喜んでくれるような相手なら、俺だってそんな苦労はしねぇんだよ。

 それにしても、いつかはこれがあいつ専用だとバレるだろうな。そういう事には嫌になるほど目敏そうだ。

 一緒にいる時、こっちの新しいケータイは絶対鳴らないし、逆に古い方は部員の奴らとかからの連絡で、鳴っちまうだろうし。そのくらいなら、早いうちに言った方がいいのか? 

 その時、唐突にケータイが鳴り出した。



                                       続









 

 すみません、なんか…だらっとした面白くない話で。私って可愛い話、向いて無いんだろうか。葉柱さんの可愛さを書きたかったんですけど、これじゃただのバカなんでは。

 バカな子ほど可愛い、なんて言っちゃえるのは、きっと書いてる私だけですよーーーぅ。

 とにかく、キスシーンくらい書きたいもんです。もしかしたら次回でラストかな? そんな、長々と書くような、いい話でもないですね? うぉーう力不足でゴメンナサイ!

 ヒル魔さんが、なんとなく恰好よく登場してくれそうな予感ですので、次回は頑張りますっ。ってか、葉柱さんの恰好よさも書きたいですよぅ!


07/05/10