ケータイ買いに。   3





 バイクを道路脇に停めながら、急いでいつものケータイを耳に押し当てる。いつの通りの声で出るが、何故かヒル魔の声は聞こえてこない。ケータイの音も鳴り止まない。

「…あれっ? もしもし?」
「そっちじゃねぇだろ、馬鹿か、てめぇ」

 すぐ傍で、ヒル魔の声。びっくりして顔を上げると、笑ったヒル魔の顔がすぐ目の前に見えた。ヒル魔は白いケータイを耳にあて、面白そうに笑って言うのだ。

「早く出やがれ、糞奴隷」

 葉柱の右手にある古いケータイは沈黙している。ブルってもいないし、音もなってないし、着信のランプも勿論ついてない。だから葉柱は左手で、左のポケットの中身を取り出した。

 黒の渋い色した新しいケータイ。パチンと開くと、内側は暗めの赤。なんとなくヒル魔っぽいからって、それに決めて上機嫌だった葉柱。今は動揺しまくりだけど。

「…も、もしもし……」
「俺だ。0.1秒で迎えにこい。遅れたらぶっ殺す!」

 0.1秒…って…。いや、もう目の前にいるからいいけど。気になるところはそこじゃなく。

 なんで? どうして? だってまだ、ケータイ換えたとか買ったとか、一言もヒル魔には言ってない。買ったのはたった半日前で、この番号知ってるのは、今朝のケータイ屋の姉ちゃんだけの筈。

 おかしーな。個人情報保護法ってヤツで、個人の情報は、しっかり保護されてるんじゃなかったっけ? 

「あ、あのさ…なんでナンバー知ってんの…?」

 問い掛けるといつも以上に、もっと綺麗なヒル魔の笑み。彼はまだケータイを耳に押し当てたまま、デンワに向って話しているから、葉柱もケータイを閉じられない。

「知ってて悪ぃか? どうせ俺にそれ教えるために、自分から出向いてきたんだろーが。あぁ、パスワードが誕生日はヤベェから、すぐ変えといた方がいいぜ?」

 ああ、こいつってなんでこうなんだろう。俺が朝も早くから、ぐるぐると考えてた悩みなんか、何の意味もありはしない。万が一俺が、浮気みたいな事した日にゃあ、その現場にいきなり現れて、きっとこいつは俺を即座に撃ち殺す。

 動揺しているせいか、それとも賽河校の奴らに、妙なことを言われたせいか、思考も妙なあんばいに暴走してる。パスワードまで知ってることに驚くより、誕生日を知っててくれたことがなんだか嬉しい。

 その上、ヒル魔の手の中のケータイは、今日発売したばっかりの、葉柱のケータイと同じ機種。パールホワイトの二つ折りを開くと、内側はメタルっぽいグレーグリーンで…。

 そのカラーってなんとなく、俺、って感じがするんですけど。
 それってただの偶然? 俺の気のせいなんだろうか。

 ヒル魔はさっさと彼の後ろに飛び乗って、早く走れとマフラーを蹴る。望み通りにバイクを走らせると、耳元で風が鳴り出して、その音に混じってヒル魔の声。

「このくらいの小道具、持ってても悪かねぇだろ。なにしろ、俺はてめぇのオンナなんだからな」

 なんだ、そういうオチなのかと、葉柱は半ば落胆。それでもまだ微妙に嬉しくて、胸ポケットのペアのケータイが少しあったかい気がした。

 それにしてもコイツ、賽河の奴らが今朝言ってた言葉まで知ってるなんて、もしかして俺に盗聴器やらカメラやら、つけてんのかよ? いや、まさかそれはねぇだろうけど。

「それじゃ、今日は海沿いコース、一巡りしてからいつものとこな」 
「…海。それも演出、とか?」
「いいから向かえよ」

 前だけ見てる葉柱には、そう言った瞬間のヒル魔の顔は見えなかった。見られていないと判ってるから、ヒル魔は間違ったって見られたくない顔を無意識にしてる。


 用事のある場所ばかりじゃなくて、ただの送り迎えだけでもない。こうしてタンデムしたまんま、たまにぶらりと遠出するもの意外に悪くねぇもんだ。


 ああ、いや、そうじゃない。こんなのは自分らしくない、とヒル魔は急いで否定する。 

 噂に真実味をプラスするため、仕方なくだからな。
 面倒くせぇ、かったりぃ。さっさと走れ、この糞奴隷。
 時々寄りかかるのも、腰に腕を回すのも、
 勿論、おんなじ理由からで、他にワケなんかねぇんだよ。


 命令通りの海沿いの道で、ヒル魔はゆっくり、しっかりと、葉柱の腰に腕を回した。見渡す限り、そこは道路と海ばかり。人の姿は見当たらない。

「ケ…ッ。折角、こうして演技してんのに、誰も見ていやがらねぇ」
「…そーだな」
「意味ねぇな、帰っか」
「あ、折角来たし、もうちょっと走んねぇ…?」
「…少し行ったら戻れよ」

 演技でも演出でもいい。気まぐれでもいいし、一瞬後に奈落に落ちても構わない。葉柱は背中の温もりに、ドキドキと胸を高鳴らせている。「フリ」だけだと思えば淋しいが、それでもこうして一緒にいられる。


 遅ぇと罵られない程度に、葉柱はバイクのスピードを落とした。エンジン音が静かになった分だけ、波の音が聞こえてきた。潮の匂いが心地よくて、肌寒さまでが愛しかった。

 ニセモノデートも、悪くはない。


                                     




 

 
 


 むむっ。キスを書きたかったのにっっ。駄目でした。しかもなんか緩い話で申し訳ない。でもちょっとラブラブ過ぎる話が書けて、自分的には珍しい? え、こんな程度ラブラブじゃない? 

 ってゆーか、あんまりラブラブになられると、続きが困るんですけどっ。とか思った。

 あぁ、ヒル魔さんたちに振り回される惑い星。軌道修正も、きっとさせてはもらえません。ガク。読んでくださった方々、ありがとうございましたー。


07/06/02