ケータイ買いに。   1




 葉柱は朝から悩んでいた。

 何をしにいくかは決まっているのに、その為にどこに行くのか、具体的には決めていなかったのだ。どこにしようと、大差はない気もしたが、それでもやっぱり、それが重要な事のようにも思えてくる。

 だって、いつだったかどっかの店の中で、他のやつらのケータイはみんな三本アンテナが立っていやがったのに、俺のだけ二本に減ってた。

 って事は、俺のケータイのメーカーは、圏外になりやすいってことじゃねーか?! それはまずい。とても困る。やっぱりどのメーカーにするかは重要なのだ。

 じゃあ、どれがいい? どこにする? そういうのに詳しそうなヤツっていやぁ…。多分、一番知ってるのはヒル魔だろうが、聞けるかよっっ。お前専用のケータイを用意したいから、相談にのってくれ、だなんて!

 思い悩みながらガッコに向って走ってたら、いつの間にかもう目の前は賊学校のコンクリ壁。

 葉柱が角を曲がって門に向うと、何故かそこには…何かが、いや、誰かが這いつくばっていた。誰かっていうか…十人も二十人も、ゴロゴロと土下座しているのだ。

 近付くと、先頭の一人が地面に額を擦り付けたままで叫ぶ。

「葉柱さん、こないだは、すいませんっした…っっっ!」
『すいませんっした!!!』

「…なんなんだ…てめぇら」

 その制服、脇にまとめて停めてあるバイク。

 顔を上げさせなくとも、そいつらが誰なのか判って、葉柱はウンザリと息をつく。まだあれから一週間もたってないんだ、忘れるはずもない。ヒル魔を拉致って、葉柱への貢物にしようとした、例の一件の。

「すいませんっっ、した…っっっっ!」
「だから今更、なに言いに来たんだよ」

 煙草の吸殻だの、誰かが捨てたガムだのの転がった汚い地面に、なおもゴリゴリと額を押し付けて、そいつらは同じ言葉を繰り返すのだ。よりによって、この忙しい朝に。

 葉柱が嫌そうに聞くので、一番前にいるヤツが、そっと顔を上げる。そいつの顔は派手に腫れ上がっていて、口の端は切れてるし、右目は半分開いてないしで、女子供が見たら悲鳴を上げそうな酷い状態。

 俺、そんな殴ったっけ? などと、思わず記憶を手繰り寄せ、殴ったかもしんねぇな、と葉柱は思い直した。何しろあの時は、マジで一人二人ぶっ殺したいような心境だった。

 ヒル魔が何度も止めてなきゃ、今頃は殺人犯が一人出来上がってただろう、と、大袈裟でなく、そう思う。それなのに今は、変に冷めた気持ちで、葉柱は目の前の不良共をただ見下ろしているのだ。

 要するに、ヒル魔の事で頭がいっぱいで、新しくあいつ専用に用意するケータイのことを考えなきゃならず、その事以外は頭に入らない。そいつはバケモノみたいに腫れた酷い顔で、葉柱を必死で見上げて言い出した。

「俺ら、あいつ…ヒル魔妖一が葉柱さんのオンナんなってたなんて、知らなかったんで…っ!」
「…は…?」
「あいつ、ここいらの色んなガッコのヤツの弱み握って、奴隷にしてるって聞いてたから、てっきり葉柱さんもヤツの卑怯な手口にはまっちまったんだって思い込んで…。葉柱さんに限って、んな筈なかったのに…っ」

 その通りだけどな。卑怯かどうか知らねぇけど、俺はあいつに負けて奴隷になったんだ。そのまんま、その通り。いや、それよかさっき、てめえ、なんつった?? すげぇ気になる言い方しなかったか…?

「葉柱さん、さすがですっ。あの悪名たけぇヒル魔が、葉柱さんの前じゃ、あんな、しおらしく…」
「…いや、ちょっ…ちょっと待て。てめぇ、さっき何てった?」
「え?」

 どこの事を言ってるのか判らずに、そいつは顔に「?」を浮かべている。

「ヒ、ヒル魔が、俺の…なに?」
「あ、葉柱さんのオンナ、なんでしょ? だってあいつ、あのコンビニ裏で、葉柱さんの言うことなら、何でもいうこと聞くみてぇな顔して、しおらしくキス…」
「そ、そう見えたのか」

 葉柱は口に手を当てて、にやけちまう顔を必死で隠しながら横を向いた。

 それってホントは全然、事実と違うけど、そういやあの時のヒル魔の顔はそうだったかもしれねぇ。なんか素直そうで可愛くて、何しても怒らなそうで、マジで俺のだけもんって感じで。

「う…」

 思い出すと、なんか今にも鼻血が出て来そうで、葉柱は思わず上を向いた。にやけ顔で鼻血を出しかけている葉柱に、賽河校の不良共は、まだ全員で土下座している。

「とにかく、すいませんっした! お怒りでしょうが、これからもなんでも葉柱さんの言うこと聞きますんでっっ。なんでも言って下さいっ。今はなんか無いですか…っっっ」

 何か無いかと急に言われても困る。葉柱は今、ケータイを買いに行きたくて行きたくて、それしか頭に無いのだ。でも試しに、と彼はそれを口に出してみる。

「んと。じゃあ…今、一番圏外になりにくくて、そんで電池がなるべく長く持つケータイメーカーと機種って、てめぇら、判っか…?」

 賽河校の奴らはみんなで顔を見あわして、やがて後ろの方で這いつくばっていたヤツが、おずおずと手を上げた。

「俺のねぇちゃん、賽河駅前のLoftbankのケータイショップに勤めてるんスけど…。今はmokodoとかより電波いーんだって言ってたっス。それに確か、今日発売の機種が、電池長持ちするとかって…」
「お、そーか。判った、今から行ってみる。使えんな、てめぇら。もう帰っていーぞ」

 それだけ言うと、葉柱はすぐにバイクの向きを変えて、賽河駅へと向う。今日は日曜で授業はないから、午後からの練習に間に合うように戻れればいい。

 それにしても…ヒル魔が俺の、オンナ…。
 俺の言うことなら、なんでも言うこと聞くみてぇな顔して…。
 あり得ねぇな。
 あり得ねぇけど、なんかそういうの、すげぇ、そそる。
 
 そんなこと言われてたって本人が知ったら、間違いなくマシンガン連射だろうけどな。

 舞い上がるような気分で、葉柱はバイクを走らせているのだった。



                                     続
















 トラップコレクションで○○校ってずっと書いてたんですけど、なんか読みにくいし変な感じなので、学校名を賽河校に変えました。今更? 今頃になって? 笑。

 でも遡って全部なおすのはメンドーなので、トラップの方は気が向いて変えるまでそのまんまにさせといてね。スイマセン。

 しかしヒル魔さんが葉柱さんのオンナ…って。妙な響きだけど、葉柱さんが幸せそうだから、まあいいか。このストーリーは多分、全三話か四話で終わります。

 なんとなくコミカルな内容になりそうですが、気楽に楽しく読んでもらえたら嬉しいです。ではでは、また次でお会いしましょう〜。


07/04/30