カラダ と ココロ  … 1





「えっとさ、今日はどっか、いく?」
「…かったりぃな。今日はイイ」
「あ、そう」

 賽河校とか、奴らから広がってくだろう噂を聞いた、他の奴らの視線を意識して、あれからヒル魔は、四度に一度程度、デートコースみたいな場所を行き先に指定する。
 
 そのたび何かするわけじゃないし。フリだけだけど、例えフリだけだって、葉柱にとって恋人ごっこは楽しくて幸せ。照れるけど凄く嬉しいひと時だから、いつも迎えに行った時、ついつい期待して聞いちまう。

 だけど、今日は行かねぇんだって。がっかり。
 でもさ、でも、そろそろさせてくれてもいいんじゃね?
 あれから三週間経ったんだけど。

 なんてな。口に出してなんて、言えるわけねぇよと苦笑して、葉柱は黙ってヒル魔を後ろに乗っけて走る。

 してぇ…って、もし俺が言ったら、ヒル魔はどうするんだろ。言わねぇでいきなり引き寄せて、あの口塞いだりしたら、きっとメチャメチャ怒るんだろうな。それどころかもう呼んでくれなくなっちまうかも。

 想像しただけで嫌で、葉柱はぶるりと首を横に振った。

 毎日、毎日呼びつけられて、指図されるのはちょっと腹が立つし、ダチ共が同情したような視線を向けるのは、かなしー気分になるけど、こうしてヒル魔の傍にいられるのは嬉しい。

「オイ」

 その上、ドキドキバクバクもんの、デートっぽいやり取りもできんだぜ? これ以上なんかしたがったら、ヒル魔、機嫌悪くするよな。

「オイ、テメェ」

 あぁ、次にできんのはいつだろう。ヒル魔がやりてぇ時だろうけど、それで俺を相手にしてくれるかどうかは判んねぇ。だって健全なオトコなんだから、やっぱ普通はオンナとかさ。

「ドコ、イキヤがんだ、糞奴隷…っ」
「えっ!? あれ…っ?」

 後頭部に突き刺さるような声で、後ろから怒鳴られて我にかえると、見たこともない場所を走ってた。道路脇に寄せてバイク停めて、恐る恐るヒル魔を振り向けば、すんげぇ冷てぇ横顔。

「あ…っ、わ、わりぃ…考え事してたら…」

 ヒル魔を乗っけたまんま、知らねぇとこに来ちまってた。マジで来たことねえし、どこらへんかも見当つかねぇ。そんな長ぇ時間走ってねぇはずなのに。

「ケ…ッ、ワケ判んねぇ。おまえ…俺を拉致ってなんかしてーの?」
「…し、してぇ…って言えば、してーけど…っ」

 あんまり唐突な質問に、勝手に口がそう言ってた。ニヤリと笑って、ヒル魔はもう一個問い掛けてくる。

「なにを?」

 あぁ、からかうみてぇなこの目、この笑い方、キレーな顔。小さく首を傾げたオンナっぽい仕草が、こんな似合うオトコなんか他にいやしねぇ。

「ヤ、ヤらして」
「イイぜ」

 ドキンって胸ん中で心臓が飛び上がった。ヒル魔は停まったバイクの後ろで横乗りの足をぷらぷら揺らしながら、何だか楽しそうに笑ってる。

 そうして、綺麗に笑ったまんまで、じっと葉柱の顔を眺めながら、彼の心を弄ぶような質問を次々と。

「ホントにしてぇの?」
 葉柱は頷く。

「俺と?」
 またコクリと。

「あれから他のヤツとしてねぇのかよ。オンナとか」
 葉柱は今度は、首を振って否定。

「じゃあ、オトコとは?」
「…てめぇ以外のオトコなんて、気持ちわりぃ」

 ぼそりと、葉柱がそう言った途端、ちょっとだけヒル魔の顔が変わった。笑ったままなのに、目が少し、真剣に…なった?

「なんで、俺?」
「てめぇが言うかよ。最初、誘ったのそっちだろうがっ。はっきり言って、俺はあん時から、ヒル魔のことしか。…う…っ」

 なんてことすんだ、コイツ。バイクのまんま、危なくヒル魔ごとコケるとこだった。だって、いきなり後ろから手ぇ伸ばして、そこらへん掴むから。

 その上、ヤツはそのまんまそこを軽く撫でながら、俺の背中に寄りかかって、捻った体の腹も胸も首も頬も、全部ぴったりくっ付けて…。

 幾ら車通り少ないったって、広い道路の脇で、身を隠す障害物なんて、何にもないってのに、とんでもねぇよ、この悪魔。

「ち、ちょっ…やめっ、離せってこのッ」
「じゃあ、さっさとヤるところ探せってんだ。俺と今、ヤりてぇっつったのてめぇだろーが」
「わ、判ったから、そこ離せよっ、事故っちまう! いや、その…手ぇ、離して下さい。お願いしますっ」

 やっと手がそこから離れてって、葉柱はあがってしまった息を整える。体中全部ドキドキ言ってて、熱くって、頭ん中は眩暈でくらくら、心ん中は性欲でグラグラ。ひでぇイジメだって泣きたくなる。

 だけどさ、ヤるとこ探せって…。こんなとこ知らない場所なのに。小綺麗なホテルなんかがどこにあるのかも判んねぇ。いつものとこまで戻ってったら、ヒル魔はきっと怒るんだろうし。

 あてもないのに、走り出したら、行けば行くほど下町っぽい感じの町並みになっていって、やがては畑ばっかり視界に広がって、葉柱は泣きたい気分。

 どっちを向いても、あるのは畑か田んぼか空き地。それか山。建物ったって、農家とか小さい倉庫とか小屋ばっかり。到底ヤれそうなとこなんか見つからなくて、葉柱はとうとう音をあげる。

「ここらへん、俺、全然判んねぇ。わりぃ…。ヒル魔、ヤんの諦めっから、もう戻っ…」
「あそこでイイ」
「…えっ? どこっ?!」

 ヒル魔はゆるゆる走ってたバイクから、突然ひらりと飛び降りて、畑と畑の間の小道を歩き出した。葉柱は驚いて一度停まり、苦労してバイクの向きを変えて、ゆるゆると後ろに付いていく。

 雑草ばかりが目立つ道。気ぃ張ってねぇと、畑ん中に車輪が落っこちそうで、ハラハラしながら葉柱はヒル魔の背中を追った。そうしてその背中の向こう、ヒル魔が目指してる場所に気付いて、葉柱は思わず立ち止まる。

 停まった途端に車輪がずれて、ちょっと低くなった畑の中に、前輪が見事に落ちちまった。

「バイクなんか放っとけ」
「出来ねぇよ、俺の大事なゼファーだぞ」
「じゃあ、先行っとく。早くしやがれ、エロカメレオン」

 振り向いて笑うヒル魔の顔が、妙に妖艶。そりゃあヤりてぇって言ったの俺だけど、こんなとこでしちまおうって言い出すお前に、エロって言われるのもどーなんだろう?

「…マジかよ」

 重たいバイクを引っ張り上げながら、葉柱は思わず、そう呟いているのだった。


                                      続 

 


 



「ケータイ買いに」の後の話ですー。ってか、まだ本番二回目なのに、なんつーところでヤろうとしてんの、お二人さんっ。あ、葉柱さんには選択権ないたみいだけどね。

 こんな妙な田舎町に来ちゃったのは偶然だけど、この日、ヤるのは多分、ヒル魔さんは予測してた。予測してたというより、葉柱さんの気持ちを誘導して、ヤりたいって言わせる気だった?

 自分もヤりたいだなんて、葉柱さんが欲しいんだなんて、口が裂けても(既に裂けてるみたいな時もあるよね、彼の口)自分からは言わないんだろうねぇ。

 そういうところが、ヒル魔さんは可愛いんだよっっ。

 てなワケで、どんどん暴走していて「キャー」って気持ちな惑い星ですが、実はもう、なるようになればぁ?って感じよ。御し切れない二人を投げ気味な筆者でした。

いいよ、もう、後からついていくから。へこ。


07/06/12