drop of water … 前



事故を  見た…

目の前を通り過ぎたバイクが
次の瞬間には デカいトラックにぶち当たって
オモチャみてぇに 壊れて跳ね返った


*** *** ***


「ホテル」
「…はぁ…っ?」

 今から朝になろうという時間に、いきなり葉柱はヒル魔に呼び出されたのだ。真夜中三時。今からそういうコトをしていれば、どう急いだって、朝練の時間に食い込む。

「るせぇんだよ。ヤりてぇから呼んだんだ、さっさと行けっ!」

 るせぇ…って…俺、「はぁ?」としか言ってねぇんだけど。幾ら真夜中とはいえ、住宅街の道の上で「ヤりてぇ」なんて喚くヒル魔。断る気持ちも理由もないから、仰せのままに、と請け負って、葉柱はバイクを走らせた。

 後ろに横乗りしたヒル魔が、ちょっと珍しいことに、彼のシャツの下の方を掴む。その上、体を寄せて背中に肩を寄りかからせてくる。驚きながらいつもの道を通って、いつものホテルへ直行。いつもの部屋で、いつものように服を脱ぐ。

「今日、ねぇの? 朝練」
「ねぇ訳じゃねぇ。俺だけ行かねぇってだけだ。…別の用があるからな」

 ベッドに座った裸のヒル魔に、ゆっくりと顔を寄せながらも、まだ葉柱は怪訝そうな目をしている。無表情なヒル魔の顔が、不意にニヤリといつもの笑いを浮かべて、とてつもなく嫌なことを言った。相変わらずの毒舌。

「ヤる気ねぇんなら帰れ。てめぇの代わりはいくらでもいるから、別にいーんだぜ、どうだって」

 それがただ言うだけのことじゃなくて、ありえちまう気がするから、葉柱は急いで彼の体を抱き締める。この体を別の奴が抱く? 冗談じゃねぇ、考えただけで気が狂いそうになっちまう。

 こうして抱いたら抱いたで、気ぃ狂いそうだけどな、いつも。暗いホテルの一室で、葉柱はヒル魔の綺麗な体に、何度もキスをする。

「く、ぁ…っ。…バ…シラっ…」
「んん? なに、もっと奥、いい? 嫌?」
「…ぁあ…、来い…」 

 上擦った声が、怖いほどの色香。仰け反った喉も胸も、乱れる金髪も、目の前に広げられた宝石みたいに、きらきらと魅力を振り撒いて、抱くたびに深く溺れていく自分を、葉柱は自覚する。

「…痛かったら、言って…? 気ぃ付ける」
「い、から…早く…ッ」

 ベッドの上で重なってる時だけは、こういう物言いが許されるから、葉柱は殊更優しく、綿で包むような柔らかさで話しかけた。怒鳴りつけられないっていう、ただそれだけのことなのに、幸福感が胸に満ちて、呼吸困難になりそうだ。

 ヒル魔の脚を抱えて、さらにもっと広げさせ、隙間の無いほど腰を寄せる。先端が奥に当たって、擦れて、押し殺しきれない声が上がる。葉柱も、ヒル魔も。

「ぅ、く…っ」
「んぁ…あっ!」
「ヒル魔…ヒル魔…」

 喉元に唇を寄せて、飽きるほど名前を繰り返す。こんな冷てぇ奴なのに、肌はどこも全部熱くて、キスした首の薄い皮膚の下で、血がドクドク言ってて…。

 こいつがイく瞬間は、奥が締まって凄ぇ気持ちイイし、綺麗で綺麗で綺麗だけど、実はキライ。だってそれは、この幸せな時間が、終わってしまう合図だから…。

 で、その幸せ時間は終わった筈なのに、今日は、本当に珍しいことが沢山。

 呼び出された時間もだけど、最中に背中に回された腕の強さや、逃げるような視線の弱さも、いつもとは違う気がした。なんでこいつ、今日はこんなに…こんなふう、なんだろう。

 理由の判らない疑問が、どんどん増える。

 いつもは終わるなりベッドを降りて、すぐにシャワー。すぐに「帰るぞ」のヒル魔なのに、その日は違っていた。イった時のまんまの恰好で、四肢を投げ出して、

「…だりぃ…」

 だるい? じゃあ、少し休んでくのか。冷えねぇように毛布。甲斐甲斐しく、裸のヒル魔を丁寧にくるんで。俺は先にシャワー行くかな。帰るって言われたら、すぐに言われた通りに出来るように。

「さみぃ…」

 今度は寒い? 毛布で足りないなら掛布団か? ここは怖いほど高級なホテルだから、豪奢な羽根布団は疲れた体にも気持ちいい筈。

 ベッドの脇に立ったまま、掛布団を引っ張って掛けてやろうとしてたら、火を噴く銃口みてぇな目で睨まれた。それでやっと、ご主人様の望みが判った。羽根布団なんて、死んだヤツじゃなくて、血の通った温みが欲しいんだって。

 羽根布団をそのままヒル魔の上に掛けて、それから葉柱は、自分もその中に体を滑り込ませた。寒いなんて言ってるワリに、まだ火照っている細い体を、両腕の中に捕まえる。

 ご機嫌はどうか、と、顔を覗き込むと、ヒル魔はもう目を閉じていた。もしやこのまま眠るつもりだろうか。その姿に葉柱は酷く驚いてしまう。

 前代未聞。在り得ねぇし奴隷の腕の中だぞ? ってことは、それほど疲れてるってことか。なら、ヤんなきゃいいのに。悪魔の思考は判んねぇ。俺はこの上なく幸せだから、別にいーけど…。

 目を閉じたヒル魔の顔が、実は凄く好きだ。
 なんか可愛くて、いつもよりは少し無防備で。

 なるべく長く見ていたいと思いながら、身を寄せ合う温もりに、葉柱は眠ってしまった。


                                      続










 葉柱さんは、事故ったわけじゃないけれど、でもヒル魔さんがもし、それを連想させる物事を、生々しく見てしまったとしたら…。きっと、その事が、頭を離れなくなってしまうんじゃ…。

 そんな事を考えて書いたノベルです。前後編同時アップ。一応フリーですけれど、やっぱり長い…。ああぁぁ、私って本当に不器用です。で、ではっ、続編をどうぞっ。


07/02/25