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 ったくアイツ。正直、もっとビビらしときゃあよかった。

 ヒル魔は葉柱が帰って行ってから、自分も一人でホテルを出てきていた。ち、と一つ舌打ちして、歩きながら噛んでた無糖ガムを口先で膨らませる。でもそれがほんのちょっとでパンと割れて、妙な形に唇にくっ付く。巧くいかねぇときはなんだって巧くいきやしねぇ。

 別に用もねぇ街角をぷらぷらと歩きながら、ここ、駅まで離れてんだよな、それよか電車もうねぇだろうって、視線を無造作に左右に振る。たむろってるどこぞのガッコの不良発見、テキトーに脅して、バイクで送らせっか…。

 そう思う傍から、もうその傍に停めてある、バイクの車種が気に食わねぇ。やつらが腰につけてるチェーンかなんかも気に食わねぇ。ツラも気に食わねぇ。結局乗りてぇのは葉柱の後ろなんだって、自分で分かってるから余計に腹が立っちまう。

 だからずっと、
 んなもんいらねぇって思ってきたってのに、
 あいつ、余計な感情を、人の心ん中まで
 勝手に突っ込んできやがって。

 結局どうしようかって、すぐそこに見えたバス停の時刻表示んとこに寄りかかって、空を見上げた。もう深夜前だ、電車同様、もちろんバスなんか来ねぇけど。

 あいつ、今頃どうしてんだか。

 思い出すと、火で炙るみてぇに肌が熱い。喉、首筋、鎖骨、胸に腹に、もっとその下、やべぇとこまで全部。口で舌で指で触れて、あいつは俺に声上げさせた。奥までずぷずぷ入ってきた葉柱のアレが、その熱と感触が、リアル過ぎる鮮度で体に再来する。

 今ここにいねぇクセして、人のカラダ勝手に昂ぶらせてんじゃねーよ。

 結局ヒル魔はケータイで、フツーにフツーのタクシーを呼びつけた。脅迫ネタのあるタクシー運転手も何人かいるし、タクシー会社ごと牛耳ってるとこもあったけど、脅し文句を並べて凄む手間が、今はメチャメチャ面倒で。

 そんで家帰って、ひとりの部屋で着てる服全部ぽいぽい脱ぎ捨てて、フテたみてぇにベッドに潜る。そうしてまたアイツの指や唇思い出しちまって…。

 ヒル魔は自分で覚えてる限り、数年ぶりに自分の手で体の熱を宥めた。逃げてくれとか拒否ってくれとか、泣くほど焦りながら怯えながらそう言って、それでもガンガン自分を抱いた葉柱。そういうあいつを思いながら、自分の手で指で昇り詰めて落ちた。

 後味はそりゃもう最悪。
 も、マジでありえねーくらい。

 だからやっぱり欲しいもんは手に入れといた方がいいんだ。それが後々やべぇって分かってても、それだって「欲しい」という気持ちに嘘は付かねぇ。後のことは後のこと。

 自分がそういう生き物だって、ヒル魔は誰よりもはっきり分かってる。

 
 
 翌日、ヒル魔は何もなかったような顔して、朝練の時間にはもう部室にいた。

 そして、いっそどこか違和感感じるくらい、昨日とおんなじ練習をしたのだ。昨日とおんなじようなとこでキレて、エアガンをぶっ放し、気合入れろだとかなんとか言って、下の連中を散々追い回す。

 夜までかかって部員全員をへろへろにさせて、真っ暗になるまで、練習づけ。汗がぽたぽた滴る金の髪を、尖ったような細い指でヒル魔は乱暴に掻き上げ、広いグラウンドの向こうの遥か遠くの道んとこに、見慣れたシルエットが現れたのに気付く。

「……今日はここまでだ。明日の朝も同じに集合。遅れたヤツはミサイルで爆破な」

 大人しいくらいの言い方で言って、さっさと全員を部室に追っ払い、ヒル魔はひとりでグラウンドを延々歩いて横切った。いつ手にしたのか、着替えを突っ込んだ鞄を小脇に、不機嫌そうな顔で葉柱の前に立つ。

「なんだよ。今日、呼んでねーよな」
「…あっ、あの…そーなんだけど。昨日言っただろ、ピアス出来てきたから」
「そうだっけ。へー、どれ?」

 あいてる手を、にゅ、と葉柱の胸の前に突き出して、出せよとばかりに仕草で要求する。

「え、あ…っ。いや、その…お、俺、俺がつけてやろーかって、お、思ってたんだけど…っ」
「ふーん、別にいーけど。でもヘタクソなお前がうっかり手ぇ滑らせて、こんなとこで落としたら、探すのもたりぃけどな。それともどっか連れてってくれんの? 今まで行ったコトねぇいーとことか」
「え…っ?!」

 いつものホテルでとかフツーに思ってた葉柱の計画が、根っこから崩れた瞬間である。

 ホテル行って、エッチしてそのあと眠気が来てるヒル魔に、よく見られねぇようにピアスつけてやって、とか、そんなことを思っていたが、そもそもホテルで先にヒル魔が眠そうになることなんか、今まであったこともない。

 そしてヒル魔の追い討ちのタイミングは、悪魔的に正確で。

「お前んち、とか、行かね?」

 ニヤ、と笑うその楽しそうな顔ったら!

「わか…、わ、わかったよ…!」

 葉柱は簡単に籠絡される。そしてバイクの後ろにヒル魔をのっけて、ほとんど重さも感じねぇいつもの巧みなタンデム。

 そうだよ、こうして左右にバイクの車体が振られる時こそ、すげぇ気持ちよくて、イっちまいそうになるんだ。なんて…本音言ったらまたオタク呼ばわりされるんだろうな。これ、俺がお前に惚れた理由の一個なんだけど…。

「へぇー、案外綺麗にしてんじゃねーの」

 初めてヒル魔に部屋ん中見られながら、極々最近、気が向いて片付けた俺を褒めたくなる。この間、掃除する前だったらひでぇ有様だったんだよ。内心で胸撫で下ろしながら、さて、一体どうやって、ピアスを付けさせてもらうシチュエーションにしたらいいのかと、頭はぐるぐると回り出した。

「あ…のさ、ヒル…」
「リリ子ちゃんの初脱ぎグラビア袋とじ」
「……ッッ!!」

 言われてマジ吹いた。ヒル魔の視線は部屋の隅のくず入れんとこに止まってる。

「何、お前あんなのでシてんのかよ」
「…ちょっ、それっ! 違うんだってっ! うちの部員の馬鹿が、部室に持ち込んでたんで、ついこの間、没収して帰って捨てて…っっ」
「オマエが持ち込んでたんじゃねーの?」
「違うっ。俺は…!」

 ムキになって馬鹿みてぇ。みっともねぇよ、葉柱ルイ。でも本気で本音だから、そのままするっと言っちまう。

「俺は、もうヒル魔にしかそういう気になんねぇからっ」
「……シャワー、そっち?」
「えっ。あ、うん、そう」
「借りる」
「う、うん、いーよ。アパートだからけっこう狭ぇけど」

 ぱたんっ、て大人しくドア閉じて、ヒル魔は俺んちのバスルームでシャワーを浴び始めたのだった。

















 なんだか半端ですみません。この先も書いてたんですけど、なんかキリのいいとこがなくてね。ていうか、割と中身の無い回でゴメンナサイ。

 どうやらヒル魔さんは、とうとう葉柱さんを本格的に「手に入れ」ちゃう気になったようですが、なんかコレあの…、デレてますよね?! 基本ラブラブな話のはずなので、らぶいのが好きな人は楽しみにしていて下さると! つか、待っててくださる方がいると想定して言いますが、いつもいつも遅くてゴメンナサイっ。

 続きも頑張ります!


12/07/30