R ・ H 6
「え…っと…」
なんか…なんだろこれ、心ん中フワフワした変な感じ。ヒル魔もいつもとちょっと違わね? この間は機嫌悪くて、なんか色々言ってたけど、意味が分からなくて、仮に分かっても、なんか自分に都合のいいように考えちまいそうで、俺は昨日からそれを考えるのを放棄してる。
なのにヒル魔は今日はまた、別の意味でなんか変。そもそも俺の部屋にくるとか、それってまるで、こ、恋人みてぇな。
顔を赤くしてから我に返って、葉柱はバタバタと部屋の中を整理し始めた。リリ子だかリリカだか知らねぇけど、そのなんとかいうグラビアは、もっとくず入れの奥へ突っ込んで、ベッドの上の布団はちゃんとして…。
あと、なんか変なもんが出しっぱなしになってねぇかと、きょろきょろする。
脱いだ服は洗濯機に全部入れてあるし、バイクの雑誌は本棚の中か上かに割とまとまってた。んでもって上着脱いでそれをハンガーに掛け、シャワー終わったらなんか飲みてぇかな、とか思って、冷蔵庫を開け…たところでドアの向こうからヒル魔の声。
「なんか着替え、ねーのかよ?」
「…あっ、あー…っ、ちょっ、待って…っ」
やべぇ。…やべぇ、心臓バクバク言い出した。
買ったばっかであんまし着てなくて、当然ちゃんと洗ってしまってあったTシャツを、タンスの奥から引っ張り出す。それからスウェットパンツも引っ張り出す。サイズ合わねぇけどそれはしょうがねぇよな。
あー、なんかこのシチュエーションてドキドキする。アメフト1プレイしたよっか、よっぽど心臓に負担が来てるみてぇ。
「こ、これで、い?」
「……」
ドアの隙間開けて、中に腕一本だけ突っ込んで、シャツとスウェットパンツをヒル魔に見せる。無言でそれを受け取って、中で身に付けてる気配がした。
「ぶっかぶか」
そりゃそーだろ。俺のだし。お前すんげぇ細いし。だからエッチん時、俺がお前の体に腕回すと、ただでも規格外で長い俺の腕が、お前の背中でいつも余るんだ。どうでもいいようなその「余り」が、あぁ、俺、お前を抱いてんだなって気分にさせるから、案外嫌いじゃないっつーか…。
あー、俺、何考えてんだか、こんなボーっとしてたら、またヒル魔に頭よくねーとか言われちまうよな。そもそもこんなこと考えてる場合じゃねぇんだよ、どうすんだピアスっ! 思い出すとまた心臓がバクバク言い出す。
「…ハバシラ」
「えっ、はい…っ」
「ぷ…っ、ばっかじゃねぇの、何『はいっ』って」
ほんとだよな、俺、いったいどこのイイ子ちゃんだよ。結局ばかって言われたし。
名前呼ばれて飛び上がってみれば、ヒル魔はとっくに風呂から出て、俺のベッドの端っこに座ってる。膝の横に両手ついて、こっちに身を乗り出してた。右手の中指と人差し指の間に、今時珍しい瓶のコーラの首が挟まって、逆さになって飲み干されるのを待っている。それ、俺んちの冷蔵庫に入ってたやつな。
それでヒル魔は、ほっせぇ華奢な指で、器用にくるんってそれを回して、どっから出したんだかわかんねぇもう一本の瓶の首に、キャップを引っかけ、見事一瞬で栓を抜く。どう見ても振り回してたし、栓が開いた瞬間は片方逆さまんなってたのに、中身が吹き出すどころか一滴も零れねぇ。首仰のけてそれを飲みながら、残りの一本をヒル魔は俺に差し出す。
「うわ、すげぇ、手品みてぇ…」
「タネはねぇけどな」
瓶の中身を半分だけ飲んで、ヒル魔は綺麗に足を組む。俺のスウェットはやっぱり長さが余ってて、裾んとこ折り曲げて足首で縛ってるみたいになってて、それなり様になってんのが流石って感じだった。そんでシャツは襟のとこがでっかく開いてて、今にも肩からずるって滑り落ちそうで、つい見ちまう。
「で?」
「え…?」
「…てめぇ、何のためにここ来たのか忘れたのかよ」
イラッてしてんのが、程よく分かる目付きをしやがるんだよな、お前。
「あっ、うん、ちょ…。待って、い、い、今出す」
慌てて立ち上がって、俺はガクランのポケットに手ぇ突っ込む。脱いで壁に掛けといたやつだ。これで落として失くしてたりしたら、そりゃもう俺、死ぬほど凹むんだろうけど、それはちゃんと入れた時のまんまにそこにあった。高ぇヤツ買ったから、見るからに豪華そうなケースに入ってる。
背中向けたまんまでそれを取り出して、じゃあつけてやっから…なんて、ふつーに言えりゃいいものを、もう指は震えてたし、声もきっと上擦っちまうんだ。なんで俺、お前の半分も器用じゃねぇんだろ。震えちまってる俺の背中に、お前は言う。
「そういや昔さぁ、ガキのころ、手品見に連れてかれたことあったんだ」
「へ?」
ヒル魔はもうすっかり俺のベッドの上にいて、向こうっ側の窓んところに背中で寄りかかり、両肘を窓枠に乗っけてこっちを向いてた。なんだかちょっと昔を思い出すみたいに、小さく首をかしげてヒル魔は言い出す。どき、って、また胸がなった。
だって、お前が自分の事話してくれるなんて初めてだから。
「住んでた町にマジックショーだかなんだかが来ててさ、そん時はそれなり名前の売れてた、新進気鋭の若手マジシャンってやつが、ステージで割と見事なカードさばきを見せてたんだよ」
あー「見事」って言った時のお前の目付き。あんなの全然、大したことねーって言ってんだよな。そしてそれは本当で、きっとヒル魔の方が数倍凄いに決まってるんだよ。話はまだ続いている。開いた窓の外に半身はみ出させるみたいにして、首のけぞらせて、半乾きの金の髪、さらっとさせてるお前。
「すげぇ拍手貰っててさ、そいつ調子乗っちまって『客席から小さいお子様を一人選んで、ステージ上でお手伝いを』なんて言いやがんの。そんで俺を指さしで手伝わせようとしやがんの」
「あー」
うっわ、そのマジシャン気の毒! 俺は早くもそう思ってしまった。ガキのころってのがいつか知らねぇけどさ、よりによってヒル魔に近くでマジック見せるとか、タネバラしまくってるみてぇなもんなんじゃ。
そして話はほんとに思った通りで、マジシャンは冷めたツラした子供らしくない一人のガキに、あっという間にタネと仕掛けを見破られ、それをべらべら喋られそうになって、慌ててヒル魔を客席に戻したんだそうだ。分かり切ったオチだったけど、それでも俺は笑ってしまった。
目も頭もいいヒル魔には、そんなのきっと朝飯前だったんだろな。ほんと、お前、凄いから。そうして、そこまで話し終えたヒル魔は、俺のこと、意味深に笑いながら眺めたんだ。
「…ピアス、つけてくれんだっけ? じゃあ、目、閉じてやるよ、…。その方がいいんじゃねーの? ハバシラ…」
そこまではっきり言われて気付いた。俺の言った手品って言葉から、ふと思い出したように、ガキの頃の話なんかしてくれたけど、これはアレだ。絶対ぇそう。つまりは「俺に気付かれねぇように何かしようだなんて、てめぇには一億年早いんだよ、糞奴隷っ」て、つまりはそういうの、だ。
手のひらに握り込んだ大事なピアス。お前に渡す前に、いろいろとへこたれそう。笑ってんだろうと思って顔を見たら、ヒル魔はもう目を閉じてた。わざわざ片手で耳に掛かる髪を退けて、ん、なんて、こっちにその耳を向けてくれてる。やっぱ今日のお前は変。変過ぎてドキドキする。俺の心臓止めちまう気じゃねぇだろうな。
「……怒んなよ…」
と、ハバシラはついつい前置いて呟いていた。
「お前、なんか今日、すっげぇ優しくね…?」
「くく、飴と鞭ってやつかもな」
浮ついてっと、ばっさり切られるかもしんねーから、気ぃ抜くなよ、なんてな。そんなことを言われながら、それでもうっかり感動しかけてハバシラは手の中にピアスをもう一回握り締める、勿論、壊しちまわないように気をつけて、華奢なお前を抱くときみたいに、情熱こめて、強く、でも精一杯優しく。
「し、失敗するかも。痛かったら、言って?」
「へーき。なんだよ、さっさとしろよ、目ぇ開けちまうぜ?」
ハバシラの手の熱さが移ったピアスの針が、ヒル魔の耳に空いてる小さな穴を通る。一瞬、火傷しそうに熱く感じて、ヒル魔の閉じた目が、ぎゅ、て強く閉じられたのが見えた。震える手でなんとか片方だけつけてやり、残ったもう一方もつけてやろうとしてたら、その手首をいきなり掴まれる。
「あちぃのな、お前の手」
ヒル魔はもう目を開けてる。そしてハバシラの手の甲を撫でて、手品どころか魔法みたいに指を開かせ、もう片方のピアスも手に入れる。視線はハバシラを見たままなのに、指先でゆっくりと、そのピアスを撫でて、彼はぽつり、と言ったのだ。
「エイチ…」
「え、おま…っ、触っただけでわかんの?!」
だ、だって、裏っ側の目立たねぇとこに、もう消えちまいそうにうっすら彫って貰ったんだぜ。目の前に持ってきたって、虫メガネじゃなきゃ見えねぇような一文字なのに。
「だいたいな。あとは推理。こっちのがRだから、じゅあ片方は何だろって」
「……そんな」
見ても触ってもいねぇ筈の方は、いったいなんでわかったの…。
そんなに何でもお見通しとか、お前ほんとに悪魔かよ…。
眉を下げて情けない顔した俺に、お前は笑って見せる。
「バーカ。コンマ1秒、目ぇ開けて見たに決まってんだろ? 目を閉じてやるとは言ったけど、開けねぇとは言ってねぇし、見ねぇとも言ってねぇし?」
くすくす、くすくす、楽しそうに笑うヒル魔。笑い顔は今まで見たことあるどんな顔とも違ってて、あぁ、きれいだなぁ、って、ハバシラはそう思っていた。お前を自分のものに出来るなら、何を投げ捨てたって構わねぇって本気で思う。
「……そ、それ、気に入らねえ?」
勝手にイニシャルなんて彫らせて、それを黙ってつけさせようとして。そういうのお前、嫌いに決まってるよな。自分のすることを指図されんのも、そういう甘々なことされんのも、めちゃめちゃ不機嫌になるよな?
俺はさ、ほんともうびびってたけど、ヒル魔はもう片方のピアスも平気でつけて、そして言った。
「Rはルイ…。Hはハバシラ…。で? これで解釈はあってんのか? お前さ、俺の両耳に自分のしるしつけさせて、ひとりで勝手に『ヒルマヨーイチは自分のもん』なんて、そういうつもりってことかよ?」
「…わり…。俺、なんで勝手にそーゆー、馬鹿みてえな、こと…」
そうやって謝れば、ヒル魔は今度は睨むような目をして、獣みたいに笑った。凄んでるわけでもねぇのに、すげぇ迫力。なんもかんも、もうお前には敵わねぇよな。惚れた時点で負けてるし。
「馬鹿とか、自分で言ってんじゃねーよ。認めてる暇あったら、少しは賢くなっとけ、めんどくせぇから」
言いながら、ヒル魔は俺の着てるシャツの胸ポケットに、ひょい、と何かを放り込んだのだ。
え? 何、なんか入れた?
中に入れて取り出そうとしたその手が、ポケットの上から強く押さえつけられる。胸が重なり唇が塞がれて、舌まで深く突っ込まれてきて、びっくりしたけど、嬉しくないわけなくて。
なんだろ、ほんと今日って、一生分のラッキー使い果たしてる気がしてきちまうよ。どうしよ、このあと、こっぴどく振られたら。俺、死ぬかも。
「……びわ…」
「ん…。え…、なに…?」
うっとりしたままでハバシラは聞き返した。何を言われたのか分からなかったから。
「ちゃんと付けとけ。プレイん時だけ、しょーがねぇから外していーけど、風呂でもベッドでもずっと付けとけ。俺にぶっ殺されたくなかったら」
「なに、なんの…話」
ポケットの中に入れたままの指に、何かが触れてる。小さな小さな輪っかの形の、何かだった。ああ、もう「何か」じゃねぇよ、これは「指輪」だ。ちゃんとわかった。ヒル魔の手が邪魔をして、取り出してみることも、すぐつけることもできなかったけど。
「…言っとくけどな、やったのはお前が先だぜ、ハバシラ」
自分の名前を彫り込んだアクセサリーを、好きな相手に付けさせて。自己満足でも何でもいいから、しるしをつけたかった、俺一人のもんなんだ…って。
「だから、お前のベタな趣味に合わしてやっただけだから」
「…ゆ、夢みてぇ…」
夢かどうか、確かめてやろうか? 気絶するほど痛い目みせて。囁いた唇が、またハバシラの唇を覆う。絡めた舌先を思いっきり噛まれて、本気で涙が出ちまう。見っともねぇな、これ、きっと痛いのと嬉し泣きと、半々なんだぜ。
しょうがねぇだろ、お前がこんなに好きなんだよ。
いっつもどっかからヒル魔が見てる気がして、一度はめた指輪を外せたのは、なんと次の日の真昼間、ガッコのトイレの個室の中だった。締まらねぇよな、と、苦笑しながら外した指輪を俺は大事に眺める。胸をドキドキさせて、死にそうに動揺しながら見たんだ。刻まれた文字は、やっぱりあった。
「Y・H」
ヨウイチ・ヒルマ。お約束通り、それはお前のイニシャル。こんな変な場所だったけど、俺は心から誓った。プレイん時以外、もう死ぬまでこいつははずさねぇ。いいや、プレイ中だって紐付けて首から下げとくんだ。勝利の女神のお守りみてえにさ。
お前がいつ、気持ちを言ってくれるかも分かんねぇけど。最後までこれ以外のしるしは貰えないかもしれないけど、もしもいつか、お前に振られたって、きっとずっと捨てたりしねぇよ。そんなの俺の自由だろ。言葉にして言う気は今んとこねぇけど。
俺、それくらいお前を愛してる。
ケータイが鳴った。ヒル魔からだ。焦って落とさないように、慎重に指輪をはめてから、俺は愛しいお前の元へと急ぐ。パシリ? 違うって、デートだ。誰が何と言おうと、デートなんだよ。
死ぬほど惚れた相手と付き合うんなら、些細なショックで死なねぇように、せいぜいポジティブじゃねぇとさ。
「おせぇッ!」
指定の時間に遅れた俺に、お前のすげぇ怒声が刺さる。
「しょーがねぇだろ、この時間、道混んでんだよ…っ」
終
yahaーっ! おっっっつかれ様でしたぁぁっ。唐突ですが、連載終了となりますねー。そしてこれからもこんな感じの二人だと思います。最後までヒル魔さんたら、それらしいこと言ってくれないし、まったく、サービス精神のないやつでスイマセンっ。
そしてこんな辺境の地に来てまで、惑い星の書いた拙いルイヒルを読んで下さってありがとうございましたっ。感謝ですっ。
今後、アイシを書くかどうか、ですが。うーん、書きたいネタがなくはないんですけども、かなり先の未来って感じで。けど書くとしてもきっとブログ上かな。ちょっと今は分からないです。多方面に手を伸ばしてしまって、今、すごく多忙になってしまって…っ。
もし何かアイシを書いてましたら、その時は読んでやって頂けると嬉しいです。ではでは、これにてー。ぺこり。
12/09/04