R ・ H 2
店に入るのにだって随分掛かったのに、店ん中のショーウィンドーに張り付いて、店員に声かけんのはもっと掛かった。
地元じゃ結構顔が売れてる、賊学ヘッドのハバシラさんっつったって、今はただの不慣れな買い物客でしかないのに、店のヤツらはみんな遠巻きにして、視線をやったくらいじゃ傍にきてくれやしねぇ。
「あっ、あ、あのっ、さぁ…っ」
多分、今、顔が真っ赤。あがりっぱなしの態度でそう言やぁ、遠巻きにしてた女の店員の一人が、意を決したようにこっちへきてくれる。
「いらっしゃい、ませ」
「あの…ここらへん、見てぇんだけど」
ガラスケースん中の一個を指差して、葉柱はどぎまぎしながらそう言った。並んでるのはヒル魔のしてるリングのピアスに似たアクセサリー。買うならなるべく同じのじゃなきゃあ、って思って、葉柱はデカい目をさらに大きくして、ケースから出してもらったピアスをガン見。
「んんー」
わかんねぇ。これでいいんだろうか、なんか違うような気ぃする。どこ違うんだろ。ポケットを探って、葉柱は例のピアスを取り出した。留め金が壊れたっつって、ヒル魔が二個とも揃えてゴミ箱に放り入れたアレだ。気付かれねぇようにこっそり拾って来たに決まってる。
「これとなるべく似てるヤツ、ほしーんだ」
真剣そのものな顔してる葉柱に、店員も随分緊張が解けたらしい。というか、緊張解除を遥かに通り越して、ちょっと笑ってすらいる。いーよ、笑えよ。んなことに怒ってる余裕ねーんだよ、こっちは。
葉柱の手から丁寧にそれを受け取って、小さなルーペでちらっと見たと思ったら、店員は葉柱の傍をいったん離れて、ケースなんかに入ってない陳列棚にフツーに置かれた品を、一個取って戻ってきた。
「そちらでしたら、これと同じものですね」
「…えっ…?」
そんな安いのなの? 一万しねーとか。だって、あいつがつけてる時は、結構高価に見えてたのに。でも、改めてよく見れば、手のひらに返された歪んだピアスは、傷だらけなの差し引いても、案外と安っぽいものに見えた。
あーそうなんだ。安物なのか。そっちの安いやつ、買やぁいいんだ。なんて微妙な顔して思ってる葉柱に、店員はさり気なく、お勧めの商品情報を囁いた。中々やり手なのかもしれない。
「でも、先ほど見ていただいたものですと、こちらの18Kコーティング加工のものと比べて、ゴールドの発色が違いますし、18Kの中でも、使用されている金の純度が高くて…」
どーでもいい。要はあいつが満足すれば。だってまたこんなふうにボロボロになって、すぐ歪んじまってさ。壊れちまった、もういらねっつって、捨てられるんだぜ。だったらそんな、0が四個もずらずら並んでるやつなんか。
「…こっちの」
と、葉柱が安いのを指差しそうになった時、店員が言った言葉に、彼の心は唐突に動いた。ケース? ケースなんかいらねぇ。保証書? そんなもんどーでもいいし。三日か、三日待てば出来んのか。じゃあそれ、頼むよ。目立たねぇように、しといてくれよ。
どうしたって内緒で、あいつに渡すんだから。
「葉柱」
「………へ…っ?」
「間抜けな声だしてんじゃねぇ…ッ、この糞奴隷、さっきから呼んでんの聞こえねぇのかよ!」
がつん…っ。またマフラー蹴飛ばされた。凹んだらどうすんだよ、俺のゼファーのぴかぴかに磨かれたマフラーがよ。んな簡単に凹まねぇだろって? 気分の問題だ、気分の。汚れたらむしろ俺の気持ちが凹む。
「…バイクオタク」
ぼそ、と呟かれた言葉が、怒ってるってよりどっちかっていうと拗ねてるみてぇで耳を疑った。別に文句もなんも言ってねぇのに、人の心勝手に読んで、勝手にイラついて怒鳴って、また蹴飛ばしたり目ぇ吊り上げたり銃出したり、すんのかな。
「穴っ、塞がっちまうっつってんだろ、ま、だ、か、よ!」
あな…? 穴…、って、そんな遅い時間でもねぇのに、何言っ…。あー、俺も大概、色ボケてんな。昨日やったばっかなのに、期待っつーか、なんつーか。しょうがねぇだろ、いつだっててめぇとヤりてぇよ、悪ぃか!?
いやごめん、エロい方に受け取った俺が悪かった。勘違いしたよ、認めるわ…。
ヒル魔は、今は片耳に一個ずつっきゃピアスつけてねぇんだ。だからつけてたとこに小さい穴が見えてて、それがすぐ塞がるから、塞がる前に代わりのを買えって言ってるんだ。ちっさいちっさい穴、街灯一個の薄暗い灯りじゃあ、辛うじてなんとか見えるかどうかってくらいの。
「あ、それ、そんなすぐ塞がっちまうもんなの?」
んなこと、俺、よく知らねーし。困ったように葉柱が眉を下げると、ヒル魔はわざとらしく溜息をついて、ほっそい白い指した片手で、耳の傍の金髪をよけた。
「付け替えろ」
「? …何を?」
「て、んめぇ…!」
「おっ、怒んなよ。ほんとによく知んねぇんだってっ。何、何したらいーの?」
おろおろしてる俺が、我ながらほんとに情けねぇから、そのまんま情けねぇ気持ちになりながら、それでも怒れねぇよ。好きだし。こんなに好きだし、お前のこと。
まわりにゃ他に誰もいねぇ。部室でいつも最後まで残ってんのはヒル魔で、今は俺とヒル魔だけで部室の外の、一個だけ薄暗くついた街灯の下にいる。んでエンジン掛かったバイクの横で、ヒル魔が、ちら、と葉柱のことを見た。
「…今、ついてるピアス、一回外して、開いてる穴に付け直せ、っつったの、左右とも。穴塞がんねぇよーに、そうしなきゃなんねーんだよ」
「え、でも、俺、下手だし」
「…なんだよ、へぇ…? 嫌だってか」
凄むヒル魔の目って、結構怖いんだぜ。ぞくぞくすんだ、背中とか、いろいろ。
「分かった。じゃ、ちょっと…耳、触る、から」
触んの当たり前なんだけど、ついそう言って断る。ヒル魔は黙って顔を横に向けて、軽く首を傾けた。すげぇんだ、ほんと、こいつの肌ってさ。白くて、なめらかで…。耳たぶなんか、うっすらピンク。
ごく…っ。
自分が息飲む音が聞こえちまって、手が震えた。あれ? このピアス、こないだのと留め金のかたち違わね? イジメか? イジメなのかコレ? 外れやしねぇよ。
「ぷ…っ、また息荒くしてやんの? お前、ナニ? ピアスフェチ? それとも耳フェチかよ」
くっくっ、とヒル魔が意地悪く笑う。フェチだのオタクだの酷くね? その上、笑ってるせいで体が揺れて益々やりにくい。動くなよ、人が真剣になってんのに。
「ちょっと…、悪ぃ」
葉柱はヒル魔の細い両肩を掴んで、部室の外壁に彼の体を押し付けた。ちょっと驚いたみたいに嫌がるのを、片膝軽く出して道塞いで、本気で作業に専念する。お、留め金ここか、ここで外すのか。よし分かった。やっと片方外し…っ。
どきん。心臓が跳ねた。顔が凄ぇ近くって。しかもヒル魔の頬が少し赤く見えたりもして。
「…糞奴隷の癖、しやがって」
ヒル魔がそう言った。言いながら、右肩壁に押し付けられたままで、あんまり動かす余地のねぇ右手で、葉柱の腕に触れたのだ。手のひらは随分熱かった。
「火ぃ点いちまった、だろ。どーしてくれんだ…?」
「あ…。俺、責任、とって、い?」
「……」
きっつい目、ほら、またゾクゾク。背中どころじゃねぇ、芯まで熱くなってく。逆らえねぇよ、いつだって。また一段深いとこまで、堕とされた気になりながら、葉柱はヒル魔の横顔を見つめた。
続
その…相愛ラブラブもののストーリーじゃないはずなのに、この甘さはなんだろう。何か間違ってるかもしれないな、私!とか思いながら、路線変更できずに書いてしまいました。どしたのさ、YOUもっとツンツンしなよ! って感じ?
これを書く前に、ターンオーバーっつー昔書いた話を読み返したのが悪かったのかもしれない。反動かよ、これー。過去の自分の書いたものに振り回される惑でしたー。ではまた続きは一ヵ月後くらいに!
何か声掛けて頂けると喜びます。よかったらお願いv
12/04/01