R ・ H 1
何、これ…歪んでんじゃね…?
ぼんやり開いた目の前に、金色の輪っかが見えてて、葉柱は声に出さずにそう呟いた。
よく見りゃ輪っかの形は歪になってる。それに、凄ぇ傷だらけなのな。当たり前か、こいつはゲームの最中にだって、このピアスを外したりしねぇから。プレイ中だって付けてるこれは、風呂だろうが、寝る時だろうが、付けっ放しのそのままだ。勿論、今も。
考えてみたら、羨ましいことこの上なかった。チームもガッコも違う俺なんかは、行き帰りのバイクの前後で近寄る程度と、あとはこいつが気まぐれに起こして、ヤりてぇ…って言った時、こうして肌重ねてラブホでベッドインするだけ。
葉柱はヒル魔の耳の金のリングから、その顔へと視線をずらし、伏せている瞼と、そこに綺麗に生え揃った睫毛を眺めた。髪と違って染めてるわきゃねぇけど、ヒル魔の睫毛は色素が薄くて、薄茶色してて、光が当たると髪と同じ金色に見えるんだ。
そりゃもう、すげぇきれいで…きれいで…。
そうっと体を起こして、葉柱は寝ているヒル魔の瞼に唇を寄せた。睫毛に軽く唇を触れさせて、その柔らかな感触を味わって、こんなことが出来る幸せを体感する。
あぁ、もう…堪んねぇよ、好き過ぎて。
「ん…」
ヒル魔が小さく顔を歪めて、目を覚ます兆しを見せた。まだ起きんな、ってそう思う。昨夜ほんの少し鼻にかかったような声出して、俺のことベッドに誘った小悪魔から、手に負えねぇほんとの悪魔に戻っちまったら、幾ら近くにいられたって、お前と俺の距離は遠くなるんだよ。
でも、いくら願ったってもうダメだ。ヒル魔の瞼が震えて、今にも目ぇ開いちまうのを、葉柱は慌てて体離して、睫毛にキスする、なんてそんな甘いことしてたのを隠さなきゃなんねぇ。
「…ってぇ!?」
「あ…っ?」
「なっ、にしやがんだっ、てめぇ…っ!」
激しい怒声を放ちながら、いったん体縮めたヒル魔の片足が、葉柱のみぞおち蹴り上げようとしていて。
「ちょ…っ、まっっ…。待てって、ヒル…っ…。け、怪我しちまうからっ」
「あ゛ーっ?」
「だからっ、髪っ、おっ、おれの髪がてめぇのピアスにっ、引っかかっちまってんだよ…っ」
こんな状態で、蹴り飛ばされちゃたまんねぇ。俺は多分、髪が幾らか抜ける程度だろうけど、ヒル魔は下手すりゃピアスの穴が裂けちまうだろ。間近から無言で向けられる、その凶悪なツラ。刺さりそうな目付き。睨まれたってしょうがねぇ、俺、事実を言ってるだけなんだし…っ。
「………」
「わ、分かったのかよ…っ?」
「…外せよ」
「あ、あ…う、うん、そーすっけど…。ちょっと、ま、待って」
何しろほんとの至近距離だ。息が掛かる近さ、なんてもんじゃねぇ。必死んなって、ヒル魔のピアスを視界に入れ、それでいて髪が引き攣れちまわないように、つまりヒル魔のピアスを引っ張っちまわねぇように、苦心すればするほど顔と顔の距離が詰まる。
「…いてぇよ」
「ご、ごめん、でも、すんごい難し…いんだって、マジで」
大体、こんな無理な姿勢、とんでもねぇんだよ。密着したら怒鳴り散らされそうだから、体くっつけないように、右肘をシーツについて、絡まっている自分の髪、左手だけで手早く解こうだとか。気ぃ抜くと、ヒル魔の頬に、葉柱の唇が触れそうだ。
「変質者かよ? てめぇ」
酷ぇ言い方された。ふー、ふー、って、変な息遣いしてるのを、ヒル魔が意地悪く笑うのだ。
「か…勘弁して、こっち、悪気ねぇし」
泣きたいような気持ちで言うと、ヒル魔は自分から顔を少し持ち上げてきた。その頬が葉柱の頬と唇とに届く。
「腕」
「あ、えっ?」
「えっ、じゃねぇ、腕回せよ、俺のカラダに。起きっから」
言いながら、ヒル魔は先に葉柱の背中に腕を絡めた。裸の素肌をぴったりと重ねて、葉柱にも自分の肩を支えさせ、ゆっくり無理のないように体を起こす。
寝乱れてくしゃくしゃのベッドの上で、素っ裸で強く抱き合ったまま、キスをするでもない、どっちかがどっちかのカラダ求めるんでもない、ただ、ピアスに絡んじまった髪を、無理なく解くためだけの数分間。
「不器用過ぎ、てめぇ」
「し、しょーがねぇだろ、近過ぎてよく見えねぇんだよ…っ」
呟かれた声が、耳から入って来ると同時に、重ね合わせた肌越しにも伝わる。エッチの最中に、こいつが声を押し殺し切れずに喘ぐ時と、おんなじ響き方だから、変にドキドキしちまう。静まれ心臓! てか、コレって万が一さ、あそこまで反応しちまったらどうなんの? も、もしかして、俺、殺される?
ぶち…っ。
焦ったせいだと思うけど、二、三本、葉柱の髪が抜けて、他の何本かは無事にほどけた。ひとまず安堵の息をつき、葉柱は密着してた体を離して、急いでヒル魔に背中を向ける。ヤバかった…。焦って視線泳がせた拍子にヒル魔のアレが、片膝立てた脚の間から見えちまって、もう…っ。
「あっ、のさ、ごめん、痛かっ」
「別に大して痛かねぇ」
戻した視線の先で、ヒル魔は自分で自分のピアスを外し、そこに絡んでる俺の髪を外してた。え、そんな簡単に外れんの? だったらなんで、俺にやらせたりとか…。ワケ、分かんねぇけど、いつもの気まぐれなの? それとも俺、からかわれただけなの?
「あ、あのさ、なんかちょっと赤くなってねぇ?」
ヒル魔の右の耳たぶに、ピアスの針の小さな穴が開いてる。そこが少し赤く見えて、葉柱は本気で気にした。ヒル魔は自分で耳たぶに触れながら、ベッドを下りて鏡を見に行ってしまう。枕元には、外されて放り出されたピアスが一個。やっぱり形が結構歪んでて、細かい傷がいっぱいあって…。
別にヒル魔は、ファッションで付けてるだけじゃないらしいけどさ、新しいのは…買わないのかな。拾い上げて、よく見ようとしたら取り上げられて、そのピアスはそのまんま、ベッド脇のくず入れに放り入れられた。
「チっ、留め金んとこイカレちまいやがんの」
「…あぁ、そ、そうなんだ、じゃっ、お、俺が…俺が買ってベンショー…」
ドキドキ、胸が酷い激しさで打ち鳴らされてた。やべぇよ、何言ってんの俺。アクセサリー買ってやろうか、とか、そんで身につけさせるとか、そういう彼女にするみてぇなの、こいつに言ったりして、どんだけ蜂の巣になりてぇんだよ、葉柱ルイ…!
「………たりめーだろ、糞奴隷」
だけど、銃は突き付けられなかった。表情も変えずにそう言って、ヒル魔はシャワールームに行ってしまうのだった。
続
はーい、一ヶ月ぶりのアイシ新作ですねー。前後編か、全三話くらいかなーと思います。先月初め頃、長く書いてた連載が一個終わったとき、アイシの小説はこれ以降書かなそうかなー、って思って、地味に宣言してたんですけど、引き止めて下さる方がいたので、もう少し書こうかなって思って。
せっかくだから、アイシファンの方に読んでもらいたいですし、サーチのデータも更新してこようかなーって思っていますよ。こんな辺境ですけど、読んでくださる方、ありがとうございます! もう少しお付き合いくださいませねV
12/03/04