Machine    2




「おい、待ちくたびれたっつーの、まだかよ?」
「んー…。わり。まだ、もうちっと」

 かしゃ・からん・ぱらぱら・ばさ

 ヒル魔は狭くて汚いピット内をうろちょろして、そこら中に無秩序に転がってる工具やら、パイプやらコード、オイルで汚れたバイク雑誌なんかを手にとってはもてあそび、元のとこに放り出しては暇を潰している。

 興味のあることは何処まででも追求するが、そうでないことは鼻も引っ掛けないヒル魔だから、こんな場所で時間潰すなんて、無駄以外の何ものでもない、筈なのだ。

 だが、放り出されてある雑誌は、葉柱が時々真剣に眺めてるヤツのバックナンバーだったし、細かい部品はどれもバイクの一部分で、ものによっては何処のどれなのか、ヒル魔にだってわからなくはない。

 あのとき「バラしゃ売れっかなぁ」と言った言葉は、ただのハッタリだったけれど、本気でそうしようとすればヒル魔にはそうできるだけの知識があったのだ。

 あー… なんか なっつかし…っ

 オイルの匂いも汚れた工具も、バイクばっかし載ってる雑誌も、バイク馬鹿な男も、何もかも。

「お前さ、ハバシラ」
「ん、ん? あと、もうちょっとだからな、ヒル…」
「バイクが好きなのって、なんで?」
「…へ?」

 あんまり綺麗とは言えない古タオルを地面に敷いて、その上にあお向けで横になって、白いのが汚れ切っちまった皮の手袋の手に、ちっせぇスパナ一本とレンチ一本持って、葉柱は修理に必死になっていたのだ。

 バイクはスタンド一個で立ってるだけで、特にそれ以上固定もなにもしてないから、見るヤツがみたら目を吊り上げそうなアブナい作業風景。それでも急ぐ理由があるから、葉柱はそのバイクの傍に仰向けになって、狭い場所へ手を突っ込んでいる。

「バイク、おもしれぇのかよ…って、聞いたんだよ…」
「そりゃ…おもしれぇよ。特に自分であちこちいじって、世界中でたった一台、俺だけのってカタチにしてっから、なんか…そーだな…。俺好みに育てた、俺の体にぴったりのオンナみてぇな…っつーか、さ」

 言ってる葉柱の頬は、オイルに汚れたまんまで少し上気してた。ほんのちょっと、イラっとしながらも、ヒル魔は座ってた古タイヤから下りてきて、葉柱の大事なゼファーのシートを撫でた。

「そーゆーヤツって、いっぺんバイク馬鹿になっちまったら、他になんか好きなこととかあっても、みんな二の次になったりとか…」

 呟いているヒル魔の声は、まるで夢の中の世界に向けて話しかけているように、小さくて擦れてて聞き取りにくい。葉柱は地面に片耳押し付けて、小さなネジ一個止めるのに四苦八苦してたから、うっかりそれを聞き逃した。

「なー、ヒル魔、悪ぃけど、ちっとそこ退いてくんね? 影んなって手元がよく見えねー…」
「……てめぇ…。ち…ッ。…判ったよ」

 ざ…っ、とヒル魔が足元の砂を蹴った。丁度強く吹いてきた風に、蹴られた砂が舞い上がって、でっかく見開いてた葉柱の目に入った。

「い…って!」

 慌てて起き上がろうともがいた葉柱の足が、バイクのスタンドにぶつかった。その時、ほんの少し、ヒル魔がバイクのハンドルに触ってたのもよくなかった。そのデカくて白い金属の塊は、あっという間にバランスを崩して、まだ起き上がりきれていない葉柱の体の上に…。

「ヒル魔、退いてッ!」
「…ッッ!?」

 地響き。本当の地震みたいに、地面が揺れて、がしゃっ、とか、めきっ、とか、奇妙で派手な音鳴らして。

「…ヒル魔…っ。ヒル魔だいじょぶ? どっかぶつかった? 挟まったりとかしてねぇ?!」
「……し、してねーよ」

 俺は、してねーけど、お前…。お前は?

 声は出せずにヒル魔は葉柱を見た。葉柱の膝から下は、はっきりとゼファーの下敷きになってて、彼の顔は明らかに血の気が引いていたのだ。

「怪我ねぇんなら、そりゃよかった」

 なのに葉柱はなんてことなさそうにそういって、ほんの少し、下肢を動かして引っ張るようにする。けれどその途端に呻いて、バツが悪そうに、ヒル魔を見ながら、へへ、と短く笑ってから歯を食い縛る。食い縛った歯の隙間から、葉柱は言った。

「ワリ、今度はほんとの俺の足が、イカレちまったみてー。折れてはねぇと思うけど、さ」

 痛みに顔を歪めながら、葉柱は長い手を動かして、着ているツナギのポケットを何箇所か探るが、探しもんは脱ぎ捨ててあっちに放ってある白ランのポケットだった。

「ワリぃついでに、ヒル魔、帰っちまう前に、いっこだけ、頼まれてくんね。俺のケータイ、あっちのカウンタの中に放ってあるから、そっからケータイ持って来てほし」

 とぅるるる …

 ヒル魔はいつも使ってるのとは別のケータイを取り出して、誰かに電話を掛けてた。もう別のタクシーを呼んでんのかと、ガックリきたし、さすがヒル魔と思いもしたが、相手が出た途端に彼が口走ったのは、想像できてなかったことだった。

「井上っつったか、てめぇ。あと、近藤も、そこにいんだろ。ソッコーで×駅前の修理工場来やがれ。別のはいらねぇ。急用っつって、すぐ来い」

 で、すぐに電話は切られる。

「え?」
「…え、じゃねぇ。足、下敷きなってんだろ。その体勢じゃ自力で起こせねぇし、俺がやんのも時間の無駄だしな。だからてめぇのダチ呼んだ。なんかおかしーかよ」
「…や、別におかしいなんて…。さんきゅ」

 駆けつける二人のバイクの音は、さすがにまだ聞こえない。

「じゃ、さ、どっちかに好きなとこまで送っていかせっから。ヒル魔の気に入る方」
「……気に入る方」

 あ、と思った。妙な聞き方だった。それじゃ何か? 賊学ン中で、自分が一番気に入られてるとか、そーゆーうぬぼれ、してるってことか、俺。そりゃ俺が賊学ヘッドなんだし、バイクも一番デカいし目立つし、ヘッドってことは、運転も巧いってことで。だから…だからその。

「お前のじゃなきゃ、ヤだ」

 二台分のバイクの音が、ぶんぶん、派手な音鳴らして近付いてきた。何だか凄いイイことを言われたような気がして、足をバイクに挟まれたまんま、葉柱は必死でヒル魔の姿を眺めてた。

 ヒル魔は自分の金色の髪を風に揺らし、尖った耳を髪の先に撫でられながら、どっか遠くを見ているような顔でいる。

 あんなこと言って、故意に葉柱を喜ばせようとするような表情じゃない。だからって、うっかり無意識に本音を零すほど可愛いヤツでもない。策略してる目つきでもなくて、ただ、遠くを見ている目だった。

「ヒ、ヒル魔、なぁ…?」
「じゃ…な、ハバシラ」

 
 * ** ***** ** * 

 
「泥門前、三十五分後」
「……や、おま…。俺、足怪我…っ」

 ブツ、と電話は既に切られてる。どうしろってんだ。別のヤツよこせってことか? それとも車で駆けつけろって? 俺、車のメンキョなんてねーし、車もねーし。

 足は幸い、つっていいのかどうか、やっぱり折れてはいなかった。でも結構悪い方向にひねってたから、完治までは一ヶ月。杖無しで、足引きずって歩くまででも二週間。ギブスでがちがちに固められてて、靴も履けないありさまだ。今すぐバイクなんてとんでもない。

 ゼファーも少し傷入ったり歪んだり、部品取れたりしたから、修理に預けてしまっている。つまり今は、賊学ヘッドのハバシラ様が、白い布巻いた松葉杖で、不恰好にひょこひょこ歩いているのだ。送り迎えは井上と近藤が、護衛を兼ねて買って出て、今だって家まで乗せてもらうとこだった。

「よ…呼び出し……スか?」

 まさかそんな訳ないだろう、って響きで、隣にいた井上が葉柱の顔を覗きこむ。

「その『まさか』みてぇ」
「あいつっ、何考えて…っ」
「なんも考えてねーんだよ。ヒトの迷惑なんかっ。ああいうヤツはッ」

 口々に悪態をつく井上と近藤だが、本当は他人にそんなことを言えるほど、素行の良い賊学の生徒なんかいやしない。

「いや…待てよ? さっき、泥門前、三十五分て」

 葉柱は頭をガリガリ掻いて、近藤のバイクのバックシートから下り、井上に持たしてた松葉杖を受け取った。

「歩きと電車で来いっつってんだ、あいつ」

 不可解そうに顔をしかめるダチ共二人に手を振って、葉柱は慣れない松葉杖で歩き出すのだった。




























 あぁ、続きどうしようかな、と思いながら書いていたら、妙過ぎる展開に。いえ、葉柱さんが怪我とかいうのは、前も書いたことあるワンパタなんですけど(すまん)どうも原作にないヒル魔さんの過去つうか、そんなのが出てきそうです。

 オリキャラとか。そういうの嫌いな方にはごめんなさい。あくまで過去ですんで〜。


10/06/27