Machine 1
「…あ、呼び出し、っスか?」
隣にいたやつがそう言った。ちょっと顔が熱くなる。ほんと、耳のいい奴は嫌だね。ヒトの胸ポケットのバイブ音なんざ、聞こえたって聞こえねぇフリするもんだろ。そう思ったものの、結局何も言わずに葉柱は椅子を立った。
殴る蹴るの乱暴受けまくってるここの部室の椅子も机も、どれもみんなボロいから、片手をついて立ち上がる時にゃ、ぎし、と、ヤな音響かせる。それを真似るように、会いてぇ…って。触れてぇ…って、胸も軋んでた。
「練習、最後、走り込みな」
ばぅん…っ、バイクのエンジン唸らせて、葉柱は慣れた道を走っていく。泥門まで五分ちょっと。無理すりゃ五分以内だけど、怒鳴られんの判ってても無理はしねー。
会ってはいるさ、それも毎日。
でも、ほんの五分程度。
たった五分で迎えに走って、
わずか五分乗せて走って、
そのままバイバイ。
また明日、だ。
少しばかりの憂鬱持ってても、そんなもんは関係ないから、態度デカ過ぎのコイビトが、気まぐれにエサを投げてくれるのを待ってる。それしかねぇ。そうするしかねぇ、情けなくっとも……惚れた方の弱み、ってヤツだ。
そうして葉柱は、いつも通りに泥門について、珍しく校門の前で待ってたヒル魔をバックシートに乗っけて走った。行く先は、いつもの駅で、改札前に下ろせばヒル魔は、切符買おうともせずに駅員室って書いてあるとこに入ってって消える。
まぁたきっとロクでもねぇネタで、駅員脅してタダ乗りしてんだろうって判って、珍しくもないから葉柱も気にしていない。
じゃあ、戻っか、と、そう思った丁度その時だった。跨ってるシートに何かを感じた。何かってのは、なんていうか、違和感っていったら一番近い。振動? 音? とにかく、あー、こりゃヤベぇ、って葉柱はそう思ったのだった。
ヒル魔は葉柱の想像してた通り、入っていった駅員室から、なんてことない顔でホームへと抜けていた。ここから一コ、二コ先まで行くと彼の住むとこがある街で、別に葉柱に部屋まで送らせりゃあいいのだが、そしたらきっと、送らせるだけじゃ済まない。そんな気がして言い出さない。
別に、気ぃ遣ってるなんてことじゃない。ワリぃと思って、なんて有り得ない。ただ、次の試合まで間がねぇから、余計なことしてらんねぇと思うだけで。
電車がホームに滑り込んでくる。ヒル魔の金髪が軽く吹き乱される。そんな騒音の中で、彼の耳は微かな音を聞き取っていた。…着信。一音の半分もないような、ほんの一瞬の。
表情の一つも変えないで、ポケットの中のケータイを掴むが、出して見る必要なんか本当はない。葉柱専用のケータイの、今まで一回もなったことのない着信音。これからもずっと鳴らないと思っていた音だった。
「………」
目の前では電車のドアが開く。たった数秒開いたドアがもう一度閉じて、電車は再び走り出し、ヒル魔の立ってるホームに、風を起こして走り去る。
静まり返ったホームで、ヒル魔は葉柱のケータイをコールした。相手が出ても、さっき自分にかけてきたことなど口に出さずにいるつもりが、葉柱の方から謝ってきた。
「あ…っ、ワリ、鳴っちまった? さっきの間違いな。ええっと、その、別のヤツにかけよーと思っ」
「てっ、んめぇ…ッ、電車、行っちまっただろうがっ!」
「え、なんで」
「…何ででもいいから責任とって、も一回パシりやがれ…ッ」
静まり返ったホームに響く自分の声に、ヒル魔は眉をしかめている。返って来たのは想像もしていなかった返事だった。
「あー…、今それ、ちょっとムリ。足、イカれちまって、行けねぇわ、俺」
「足…っ」
心臓が跳ねた。事故ったのかと思った。
「てめぇ、今っ、何処にいんだっ。どっかビョーイン…」
「すぐ近くの修理工場、とりあえず、動かせるように応急処置でもしてもらおーと」
「シューリコージョー…」
ブチ。
キレると同時にヒル魔はケータイを切った。自分が葉柱の身を心配していたことに気付くと同時に、それが相手にも伝わったかもしれなくて、平気で会話していられない心境だったのだ。
とは言っても、行ってしまった電車の次はしばらくこなくて、十分も二十分も、こんなさびれたホームで待つのも腹が立つ。葉柱が、すぐ近く、と言っていたのを思い出し、彼はケータイで付近の地図をチラ見した。
ここらへんの修理工場っつったら、あすこの角の、錆だらけのシャッターが、半分閉じてんだか開いてんだか判んねぇボロいとこ。あんなとこに、葉柱のバイクいじれる腕と度胸のあるヤツなんか、いねぇんじゃねぇの、と薄ら笑いながら、ヒル魔は歩き出した。
向かってみれば、笑っちまうほどホントに近い。券売機の前から見えるくらいで、今日は珍しくシャッターが上までちゃんと上がってた。
黒い髪を後ろで縛って、白の汚れたツナギを着た長身のオトコが、スパナ片手に奥から出てきて、シャッター前に停まってる葉柱のゼファーに近付いていく。あんな元気そうなの雇ってる稼ぎがあんのかよ、と思いながらよく見れば、それは実は葉柱本人。
なるほど「足」が使えなくちゃ、ガッコに戻るに戻れねえし、当然、ヒル魔のパシりも出来ないに決まっている。にしたって、なんであんな格好…。
「ナニやってんだよ、糞奴隷」
「ヒル魔。見て判んだろーが。シューリだよ、シューリ…っ。お前こそ何、待ってたって、簡単に終わんねぇからな」
バイクの横に屈みながら、葉柱が自分をロクに見もせずに言うから、ヒル魔は苛立つ。
「誰がてめぇを待つっつったよ」
ぱちん、てケータイ開いて、暗記してるナンバーを押す素早い音がした。誰か別のヤツを呼ぶんだと判る。葉柱は手を伸ばして、ヒル魔の手からケータイを奪っていた。無意識だったから、やってしまってから自分で唖然として、次にはもう居直って。
「急ぐから、待ってて。お前、別のヤツのがよくなったら、ヤだからさ」
「……知らねーーよ」
言い捨てるが、ヒル魔は取り返したケータイをカバンに放り込んでいる。面倒くさそうな態度で、それでも、葉柱の姿の見える場所で、ヒル魔は積み上げられた古タイヤの上に腰を下ろした。
「てめぇこそ、誰かを呼び出そうとしてたんじゃねーの? ヒトのケータイに間違ってかけてきやがって」
呼び出されたそいつが、別に女とかじゃなくても、ここで鉢合わせるのなんかゴメンだと思った。足をぷらぷらさせてると、靴の片方がなんだか脱げそうで、そのまんま少し力を入れて振り上げて、脱げた靴を葉柱の背中にぶつけてやる。
「いて。…ちげーって。いや、だから…バイクしばらく使えなくなったら、お前からの呼び出し、どうしよ、ってそう思ってリレキ見てたら、うっかり押しちまった……だけ、だよ」
聞こえてきた言葉に、ヒル魔は少し満足して、少し後悔した。電車を待つ間の暇つぶしのはずが、葉柱の姿を眺めている時間が、一分、また一分と過ぎるたびに、この出来の悪い奴隷野郎に、エサをやってもいいかな、なんて考えている自分がいたからだった。
「あー…ここだここだ。溶接んとこ、なんか熱持ってやがる。パーツ、ちっと古いしなぁ、しょーがねーか。取っ替えだな」
呟いている横顔が、なんだか楽しそうだった。無意識に傍にいって、すぐ傍で手元を覗き込んで口を挟んだ。
「そこ、コード長くて余ってんじゃね」
「ん? これな。そーなんだけどな。合うのがもうメーカーで作ってなくて、別んとこに使うなげぇやつ流用してんだ。…って、お前、バイクのことも判んの? すっげ。なんか嬉しー…」
「ばぁか、判ってるから、あん時も言ったんだろ。『バラしゃ売れっかなぁ』」
葉柱はちょっと黙った。懐かしいことを言われた気がしたが、それほど前のことじゃない。ただ、あそこから始まったのだと思ったら、変に心臓が騒ぎ出して困る。笑える話だ。脅されて屈服した、だなんて、普通ならハラワタの煮えくり返りそうな記憶なのに。
あぁ、そうだ。
あそこから始まって、今は、
マガリナリニモ、こいびと…
ってヤツ。
「はは…っ、『バイクだけは勘弁してクダサイ』」
半分笑ってそう言いながら、葉柱は愛車のボディを撫でた。
続
いつものことですが、しばらくぶりのアイシです。しかも続くになってしまってるし、大丈夫か、自分! いや! まずは自分を信じるところから! とかねー。ええ、書き始めたからには頑張りますから。時々催促して欲しいと思ってます。←コラ。
いったいいつごろの二人だろう、とか、惑い星作品のどこかと繋がってるのか、とか、考えない方向でオネガイシマス。書いてる私自身が考えてないんで、よろしく!
あぁ、いやいや、違うな、好きに妄想して楽しんでもらいたし!←どっちなんだ。
10/05/30
