文 ; 犬神 実





『          』 第一話











「医者と味噌は古いほどいいというからな」と嫌味たっぷりに投げつけられた言葉に、勢い腰を浮かせたのは化野の里の若者だった。言われた当の本人は、顔色ひとつ変えることもなく、猛った里の者を目で制しただけだ。

 この患者から見れば、確かに、化野は医家としては若い部類に属するのだろうし、そのうえ“蟲師”という訳の分からん者に紹介するから、それに診てもらうのが妥当とのたまったのだから無理もないと言えば無理もない。しかし、この数日の治療の経過と症状では、いかにも蟲が絡んでいそうな病状で、そう診断するしかない。

「蟲師には今日明日中にも、この里に到着するよう算段はとってある。騙されたと思って一度だけでも診て貰ってはいただけないだろうか」

 確信があるわけでなかった。それにしても、この無力感はなんだろう。蟲師と医師との領分には違いがある。蟲の視えない自分に蟲師と同じ治療をしろというのが無理なことも理解している。でも、それをまざまざと見せつけられたのは、あの蟲師──白い髪で碧眼をしたギンコという名の蟲師──と出会ってからだ。まるでズブズブと底なしの沼に足を踏み入れてしまったような焦燥感とでもいおうか。それでいて、その手腕に憧憬の念を抱かずにはいられないのだ。これでは、まるで初な若造が抱いた恋心に溺れるようなものではないか。

 ギンコ。はやく来てくれ。そして俺の診断が、判断が正しかったのだと証明してくれ。










第二話
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