やさしい男 後
草の匂いがする。その草の匂いに混じって、もっと生温かい匂いもした。攻められて追い上げられて、もう二度も精を放った今、ようやっと土方は島田の雄を、その狭い場所に受け入れようとしている。
「あの…いい、ですか、副長…」
「…ふ…ぅっ。あ…」
「いい」も何も、もうずっと待っていた。褒美をやると言うより前から、ずっと島田のそれが欲しかったのに、焦らすような愛撫ばかりで、いい加減、土方は焦れている。
「は、やく…、来い…ッ」
「…はい…っ」
上擦った土方の声は、あまりにも色っぽく、その涙に潤んだ瞳も、とうに閉じられなくなって喘ぐばかりの唇も、草を掻き毟る白い指も、全部が綺麗だった。
唾液に濡れたその唇で、来いと言い、恥じらいながらも自分から脚を広げて、地面から腰を浮かせて、土方が島田を待っている。
薄紅の開く寸前の蕾のような、可憐な土方の後穴に、猛り狂うものを押し付け、強引に開いて貫く瞬間。その気持ちは、他の何にも例えられるものではない。
ケダモノの証のように猛り狂う、俺の肉の竿を、この人が…こんなに気高く美しい人が、自分から欲しがって受け入れてくれるなんて、まるで夢のような。
「く、ぅあ…ッ、島…田、ぁあ、ぁ!」
熱くて狭くて、それなのに柔らかく、赤子が女の乳を吸うときは、きっとこうであろうと思えるような動きで、土方のそこが蠢いて、島田の雄に絡み付くのだ。
貫かれた一瞬、痛みに堪えるように歪む彼の顔までが、島田の心を滅茶苦茶に騒がせる。
「痛いですか…っ?」
「く、んぅ…う! い、いてぇ…。お前のは、ヤケにでけぇし…なぁ」
女よりも綺麗な顔をして、そんな言い方をするのが無性に可愛い。痛いと言われて、一瞬止まる島田を、土方の目が無意識に誘うのだ。ちらりと視線を合わせ、すぐに逸らして、渇いた唇をちらりと舐める、赤い花の色の舌先…。
「すみませんっ」
ぐい、と腰を進めた途端、ずっと遠くまで聞こえてしまいそうな、細い掠れた悲鳴が上がる。
「んん、ふぅ…、ひ、ぁあぁッ!」
「土方さん…っ」
「は、ぁあッ。し、島田っ、俺ぁの、口、塞いでくれ…。声、が…っ。んん…ぅ」
体を繋げたそのままで、島田は体を土方の上に倒し、自分の胸で土方の顔を覆う。土方は着物の肌蹴た島田の、鎖骨のあたりに顔を埋め、無意識に彼の肌に吸い付き、鎖骨の窪みに歯を当てた。
より深く、奥まで貫いて腹に当たっている土方の精が、とろとろと熱い液を流しているのが判る。感じている快楽を秘めておけずに、びくびくと痙攣して、今にもイきそうなのが判るのだ。
今、自分らがどこにいるのかなど、もう忘れてしまって互いに溺れていたのに、その一瞬、不自然に土方の体が強張るのを、島田は気付く。
ぎりぎりに広げられ、抱え上げられて宙で揺れていた脚を、土方は無理にでも閉じようともがいた。結果的に肉の壁が絞まって、より以上の快楽に喘ぎながら、掠れた声で彼は言う。
「し、島田…。やっ、駄目だ、離してくれ…ッ」
「…どう、したんです…っ?」
あまりに感じ過ぎ、辛いのだろうかと思って、土方の顔を覗き込むと、その目が島田の肩先を通りすぎ、その向こうの草むらを見ているのが判る。島田は土方の腰を抱えたまま、強引に体を捻って後ろを見た。
そこに自分達の性交を見る、一つの視線。
ついさっき、気を失わせたうちの一人が、半身を持ち上げ、目を見開いてこちらを凝視していたのだ。
いつから見ていたのか判らないが、その男の股間がはっきりと立ち上がって袴の布を押し上げているのことにまで、島田は気付いてしまった。
「いやだ、いや…っ。し、島田…ッ、ぁあ…。み、見られ…っ」
悲鳴を上げる土方の方へと視線を戻すと、土方は羞恥に頬を染め、こんなところで部下を誘って、淫らなことを始めてしまった自分を、酷く責めているのだと判る。
「…副長。大丈夫ですよ。誰にも、見られてなどいません、ただの気のせいです」
酷く優しくそう言って、島田はさらに、彼の奥を、何度も丁寧に突き上げ始めた。土方はイヤイヤ、と子供のようにかぶりを振って、それでも逃げたがって暴れていたが、島田はそれを許さない。
島田は、地面に土方の足先が届かないように、改めてその膝裏を抱えなおした。
そして白い尻の両側を、大きな手のひらでそれぞれ包んで、左右に広げさせ、さらに深く、届く限りの場所をゆっくりと突いて、最も感じる場所ばかりを執拗に攻め立てる。
仰け反った土方の胸では、赤い小さな花の蕾のような乳首が、さらに赤く熟れた色になっていた。白い胸から滑らかな腹へ、その形のいい臍から、もっと下へ視線を下すと、半透明な雫を、ぽろぽろと零す性器。
「…そこも、そっちもみんな、ちゃぁんと後で、もっと…可愛がってあげますから、少ぅし待ってて貰えますね? 副長」
甘やかすような言葉でそう言われると、土方はその声に酷く感じて、島田の袖を強く握った。
「島田…っ、しま、だ…ぁ…っっ!」
そのまま紅い唇を噛んで、腰をびくびくと跳ね上げ、土方はその瞬間、気が遠くなるような強い射精感を味わったのだった。
*** *** ***
島田は着たままだった羽織を脱いで、草の上にそれを広げ、ぐったりと力の抜けた土方の体を、そこにそっと横たえた。意識はあるのだが、激しすぎる快楽の残り香に酔っていて、土方はされるままでいる。
そうして土方を横たえさせ、脱がせた着物で被ってやり、ぼんやりとした顔を愛しげに見てから、島田はゆっくりと振り向いた。
日頃は酷く温和で、怒った顔など見せない彼を、間者が知っていたとは思えないが、知っていたとすれば、その変わりようを信じられないと思っただろう。
「お前は、随分、運が悪いんだなぁ」
そう言った言葉の温容さと、まったく対極的な、その時の島田の目の暗さ。見てはならないものを見てしまった間者は、島田の手に口を塞がれ、顎の骨が砕けそうなほどに絞め上げられる。
男はそのまま目を見開いて呻き、ほんの少し後には、自分の知っていることを全部喋っていた。
痛みと恐怖のあまり、歯の根の合わない口で、べらべらと喋り尽くし、それから男は、死ぬより辛い激痛を与えられた後で悶絶する。すべて吐いた後で顎を砕かれ、叫べないようにされた上、次には、男ならば誰でも一番弱い場所を潰され、最後には喉を。
その日、どこの誰よりも不運なその男は、それでやっと、永遠に痛みのない場所へ逝ったのだった。
*** *** ***
気を失っていたわけじゃない。意識はちゃんとあった。重ねていた身を離してから、島田が自分を抱かかえ、大事に大事に地面に下したのを感じていた。
優しい温もりが離れる。でもまだ包むような温かい眼差しを感じる。島田が自分を眺めてくれて、これ以上はない、どうしてそんなに、と、そう思えるような見つめ方をしてくれているのが判った。
やがて、その特別な眼差しまでもが、自分から離れてしまって、途端に曝した素肌に寒さを感じ、土方は少し、自分自身の体を抱くように腕を動かしている。
…お前は、随分、運が悪いんだなぁ。
そう言った島田の声も聞こえていた。その後に続くあの間者の呻き声も聞こえていた。攻められ、攻められて、間者は島田の尋問に全部答え、最後には「もういたぶらないでくれ、もう死なせてくれ」と、懇願すらしていたのだ。
それを全部、視線をそちらにはやらないで、土方はじっと聞いていた。
その後、島田はもう一人の間者を、わざわざ一度蘇生させて、それから念を入れて、もう一度落とす。土方と自分と、二人が過ごす時間に、また邪魔に入られてしまわないように。
「…あぁ、副長、起きられて平気ですか。すみません、俺、やりすぎて」
「さっきの男達は」
短く聞いたその言葉に、島田はどう答えようかと、ほんの一瞬躊躇する。戸惑う間に、土方はゆっくり辛そうに立ち上がって、自分からは少し離れた、草の深い茂みの中へと視線を投げた。
緑の草の陰から、突き出している二本の足。もがいて暴れて苦しんだからなのか、その足は奇妙な形にばらけて投げ出されていた。そしてもう一人は、最初に放り投げられたと同じ場所に、ぐったりと横になっている。
土方は、見るからに息のない一人の方へ、表情のない顔を向け、殺したんだろう、と言下に問う。攻める響きは何処にもない。
「必要な事は、聞き出したんだな、島田」
「…はい」
「そっちのは…そろそろ起きるか」
「いえ、さらに深く落としなおしましたから、半刻は絶対に気付きません」
淡々としたそのやり取りは、しっかりと隊服に身を包んだ島田と、殆ど裸のままの恰好の土方とで始まり、そして終わる。土方はゆっくり、ゆっくりと島田の方へ片手を差し伸べ、よく見なければ判らない程度に薄く笑った。
「…やりすぎて? 終わったようなこと、言ってるよな? 島田」
「そういう意味じゃ、ないです」
土方の手を取ると、島田は彼の方へ引き寄せられた。そろそろ夕刻だ。屯所に戻った方がいいと、二人ともちゃんと分かっているが、今日は言い訳する用意がある。
間者に襲いかかられて、それを取り押さえはしたものの。尋問に少し手間取った。死体と生者の一人ずつを抱えて、明るいうちから京の街を歩くのもどうかと、少し時間を潰してきたのだと、そういう言い訳をすればいい。
「は、…ぁ…っ、んん…ッ」
島田に胸の粒を舐められて、土方は草の上で身を捩る。大きな背中に腕を回して、出来る限りの強さで縋りつけば、その強さに答えるようにして、島田は土方の肌に噛み跡を付けた。
そうしながら、下へ這わせた熱い手で、島田は引っ切り無しにそれを扱き、ぬめり出る白い液で、淫らな水音を鳴らす。関節が痛むほど、大きく脚を広げられ、すべてを島田に任せ、土方は声を堪えながら震えていた。
快楽に飛びそうになる意識の裏で、土方は思うのだ。
島田、お前、少し変わった。
優し過ぎる目ばかり、いつもしている男と思っていた。
こんな鬼に率いられる新選組に
あるいは居られぬ人間だと思ったこともある。
この鬼のせいで変わったのか。
この鬼のせいで嗤って人を殺めるのか。
それでも俺にだけ優しければいいと、
そう思う俺こそは、本当の鬼だな。
揺さぶられながら、ぼんやりと見上げる京の空は、血の色の赤に少し似た夕焼けを広げていた。
終
07/05/20(10/01/29再UP)