雪 散 る 夢 の …




 美しい夢を見た。白い、白い世界だった。気付けばそれは雪の降り積もった白銀の風景で、その世界を作った雪は、まだ音も無く、深々と降り続いていた。

 土方は林の中を歩いている。細かな枝を茂らせた木が、何という木なのかは知らない。ただ、枝には一枚の木の葉も無く、枯れた葉の代わりに、雪がすべての枝を白く飾っている。

 色の無い雪の中を一人で歩き続けて、ふと気付くと、少し離れた木々の間に、誰かがひっそりと立っているのが見えた。降りしきる雪のせいで、はっきりは見えないが、それが武士だと、彼には判った。

 濃い色の着物を着て、その腰に片手をあてて、もう一方の手も静かにそこに添えている。そしてその男は、次の一瞬に、目に見えぬほどの速さで、真一文字に剣を抜き放つ…!

 見事な太刀筋に土方は、息をするのすら忘れて見入り、そうして今更のように、その男の事を自分がよく知っているのに気付いたのだ。新選組、三番隊組長、斉藤一。他ならぬ自分が、十ある隊の一つを任せた男だ。

 それまで思ったことは無かったのに、その時、土方は唐突に感じ取っていた。

 この男に、俺は勝てない。
 流派がどうとか、
 俺は所詮、我流だからとか、
 そういうことじゃない。
 ただ、
 「勝てない」と思った。
 こんなにも美しい剣が、
 自分よりも弱い筈はないのだから、と。

 雪は、永遠なのではないかと思えるように、ただ静かに降り続いていた。その雪のせいで霞む視界の向こうで、斉藤はゆっくりと振り向いて、立ち尽くしている土方を見た。

 見開かれた目が、次には何故か、眩しげに細められ、斉藤は抜き身の剣を手にしたままで、項垂れた。

 項垂れた彼の唇が、少し動いたように見えたが、声は聞こえず、雪がよりいっそう強く降り始めた。


*** *** ***


狭い布団の中で、不意に土方が寝返りを打った。斉藤はそれに気付いて彼の体に腕を伸ばし、傍に引き寄せようとしたのだが、伸ばした手を一睨みされて、ついつい訝しげな顔をしてしまう。

「眠いんだ。…触るな」
「でも、そんなに離れたら、布団からあんたの体がはみ出してしまうだろう。風邪を引くから、もっとこっちへ」
「うるさい。向こうをむいてろ」

 さっきまで、胸にすがり付くようにして腕の中に居たのに、いきなりどうしたのか。斉藤は土方の心が判らずに困惑する。身を削るほど強く想っていても、土方の見ていた夢のことまで判る筈がなく、困ったように息をついた。

 その息が、ほんのりと首筋に届いて、土方は首をすくめながらも、苛々と唇を噛んでいた。

 さっき見ていた夢が、実は、眠りの中で作られただけの、夢の情景ではないと気付いてしまったのだ。あれは現実の事だ。随分前に、本当にあったことなのだ。

 そしてあの時そう感じたように、土方は自分の剣技よりも、斉藤のそれの方が優れていると今も思っている。なのに今日の昼間、周囲からせがまれて、斉藤と竹刀を打ち合わせた時、自分の方が一本取ったのだ。

 それが気に入らない。許せないと、そう思う。相手は組の副長だから、打ち負かすわけにいかないと思って、斉藤はわざと負けたのに決っている。

 さっきの夢で、以前の感情を思い返すまでは、今日はただ、自分の調子が良くて、たまたま勝ったのだと思っていた。でもそうじゃなくて、斉藤にわざと勝ちを譲られたと思えば、気分のいいはずはなかった。

 勝たせてもらって、そんなことにも気付かず気分を良くして、いつもと同じに抱かれて喘いだ自分が、悔しくて恥ずかしくて腹が立つ。いつも通りに、こうして自分を抱いた斉藤にも業腹だ。いっそ、部屋から出て行けと言ってやろうか。

「土方さん…」

 呼ぶと共に、後ろで斉藤がもそりと動いた。そうして掛け布団が、すっぽりと土方の体を覆って、彼は温かさに包み込まれた。布団の上から、包むように一瞬抱かれ、次にはその優しい重みが、すい、と離れていってしまう。

 ちらりと振り向けば、斉藤は寒い部屋の空気の中で、横を向いて着物を着始めていた。

「…部屋に帰るのか?」
「あんた、急に機嫌が悪くなったから。きっと、俺が何か怒らせるようなことをしたんだと思って」

 この言い方も腹が立つ。理由が判っているのならまだしも、訳も判らないままで反省されて、勝手に傍を離れていくなんて。急に取り残されたら余計に寒い。体はどうでも、斉藤を求める心の方が、寒くて凍えて眠れなくなる。

「待ちやがれ、この。お前、昼間、手ぇ抜いたんだろ」
「昼間? あぁ、あの試合。それは誤解だ。あんたを相手に手を抜いたら、どれだけ打ち据えられるか判ってる」
「嘘言うな。お前の方が俺より強い。竹刀の試合だからって、勝つのは俺の筈がねぇ…っ」

 布団を跳ね除けて起き上がり、そう言い放つ土方の体に、思わず見惚れて釘付けになる斉藤の目。寝乱れた黒髪が、首筋や鎖骨に掛かっているのも艶めかしい。

 数秒の間凝視して、それから無理に目を逸らし、斉藤は止めていた手を動かして、腰の帯を、しゅ、と締めた。

「土方さん、もしも勝ったのが俺の方だったら、それでも怒るんだろう」
「わざと負けられるよりマシだ!」

 もっともな怒りに、斉藤は少し考えて、廊下へと出る障子に手をかけたままに言う。

「…あんたの打ち込みは、他の誰のよりも本気で読みにくい。仮に十回打ち合えば、八つ読めても二つは読み違う。その二つのうち一つが今日の試合だってだけの事だ。手は抜いてない。誓って言える。あんたはあんた自身が思ってるより、ずっと強い」

 それから斉藤は、さらりと障子をあけて、外の雪景色を見た。夜半から降り始めた雪は、いつの間にか勢いを増していて、ほんの一時の間に庭の景色をすっかり変えている。

 それを見て、土方はさっき夢で見た過去の風景を思う。そして斉藤も、偶然同じ時の事を思い出した。あの時、降る雪の帳の向こうから、不意に姿を見せた土方は、あんまり綺麗で儚げで、生身の人間じゃないように見えて…。

『あぁ…。雪の精かと、思った…』

 そう呟いた自分の言葉を、斉藤は思い出して、あまりのらしくなさに今更頬が熱くなる。

 あの時はこの人と、こんな関係になれるとは思ってなかった。一度でも触れれば、苦しいほど恋い慕うこの人が、腕の中で溶けて消えてしまうような、そういう禁忌の恋だと思っていた。

「機嫌が直ったんなら、土方さん…」

 斉藤は障子を閉めて、土方へと向き直る。「強い」と、そう言われて、もうすっかり機嫌のよくなっている彼が、布団の上で無防備に顔を上げる。

「ん、ん…っ!?」

 唇が塞がれて、そのまま布団に押し倒される。冷えてしまった体には、幾度もの口づけで火が灯されて、土方は斉藤の体を押し戻そうとした。それなのに、抗う両腕もばたつかせる足も、あっと言う間に封じられ、気付けば斉藤の背中に、ただ必死ですがり付いている。

 剣では十に八つ読まれるとして、閨では百ある抗いも、百ある弱みも感じやすさも、きっとすべて読み暴かれてしまうに違いない。けれど、斉藤にだからそれを許せる。許せるどころか、いっそ嬉しい。

 二つの体を一つにしながら、そんな最中に斉藤は、体の上からずれてしまった布団を、片手で引き上げて土方の肩までを被った。寒がりな土方の肌が、夜の冷気に凍えてしまわないように…。

 肌が白くてこんなに綺麗でも、彼は雪の精ではなく、生身の体の男だから、こんなに激しく抱いて、温めていたって、風邪を引くかもしれないのだ。



                                     終










 こんばんわっ。はい、唐突に斉藤×土方です。

 なんか、今日は雪景色が、とってもとっても綺麗だったので、こんな話が浮かんだのです。前ならばブログにちゃらっと書くだけだったろうけどねぇ。最近、前ほど湯水の如くネタが浮かばないから、ちゃんとノベルで書いておかないとっ。涙。

 もう、あんたたち、勝手にやってりゃいいじゃん! とか言いたくなるようなこのラブラブぶり、どーなんです? 可愛くていい、って言ってくれる人います?! 

 というワケ?で、斉藤×土方の冬の一夜、書かせて頂きましたぁっ。あれ? 今更気付いたけど、斉土ってなんか雪の話ばっかり?? 変だな、紅葉の話ばっかりなら判るのに??


07/11/21