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水車小屋 3
水の音がする。外で小さな川の流れる音だ。その水に力を得てゆっくりと回る水車の音も。
カタ カタ カタ カタ カタ
「あ…。無茶、するな…っ」
単調にいつまでも続く音を、心のどこかで数えながら、土方は喘ぎながら言った。癒え始めたばかりの酷い怪我のことを忘れたように斉藤は土方を抱き寄せる。組み敷かれ、上から圧し掛かられながら見れば、やっぱりまだ血の気の薄い顔をして、斉藤は小さく眉を顰めていた。
「やはりまだ駄目だ。痛むんだろう。離せっ」
「断る。あんたを抱くんだ。ずっとこうしたかった。気が狂いそうなくらい、あんたが欲しくて、もう…」
土方の体の両脇に手をついて、その臂を曲げながら、斉藤は彼に身を寄せる。たったそれだけの仕草で、隠しきれない呻きをもらし、斉藤は噛み締めた歯で、きしり、と音を立てていた。息遣いが浅い。額にうっすら浮ぶのは、激痛に苛まれての脂汗だ。
「この、強情ものが」
「う、ぁ…ッ!」
ほんの軽く、土方は斉藤の腕の怪我を握った。たったそれだけのことで、がくりと姿勢を崩し、彼の体の上へ、斉藤の胸が落ちてくる。身を起こそうとして出来ずに、悔しげに歪む顔が目の前にあった。
「お前のその腕がもし、ずっと完治しなけりゃあ、俺は三番隊隊長を、別の奴に挿げ替えなきゃならねぇんだぞ」
「……は…。そしたらあんたの小姓にでもなるさ」
「馬鹿。周りから何言われるか、判ったもんじゃねぇ」
気付いても互いに言葉には表わさないが、彼らの間に流れる空気の変化を、気付いているものもいる。二人が間近い部屋で寝起きするようになれば「やはり」とばかりに噂が飛び交うのだろう。鬼の新選組副長に、とんだ醜聞だ。
けれど、心の何処かで土方は思う。そんな噂が皆の耳に入り、やがて知れ渡って、当たり前とでも思われるようにでもなれば、二人が言葉を交わすのも会うのも、不自由の無い夢物語のような関係に…。
「馬鹿……」
もう一度そう言って、土方は自分を笑う。殺伐とした時代の、その中でも殺伐としたこの、新選組という集団の中で、そんなことは到底有り得ない。きっと今もこの京よりは穏やかな時間の流れている、多摩の風景の中で、しかも彼らがまだ若い少年の頃ならば、少しはありえたのかもしれないが。
カタ カタ カタ …
と、水車の音がまた耳に響く。勇と総司と俺と、三人して悪戯ぼうずみたいな日々の中、そこにもし、この斉藤一も混じっていたなら、今この時代の、この京で二人はどんな関係だっただろうか。今と変わらないだろうか、それとも少しは違っただろうか。
考えてもせんないことと知りつつも、土方は暫しぼんやりとそんなことを思っていた。水車のまわりで、ガキらしい遊びをしたり、ちゃんばらごっこしたり、その遊び相手の一人に、斉藤がいるような空想を…。
「そういやお前、総司と同じくれぇの歳だっけな」
それならガキの頃は、俺や勇さんと比べたら、きっとまだまだ「ちび」なんだろうか。そう思うとおかしい。そんな頃にもしも好き合ったとしたら、それでも斉藤は俺を押し倒すんだろうか。
「土方さん…?」
「ん。あぁ、すまん、ちょっと考え事だ」
くすり、と小さく笑って見せてから、土方は自分の体の上で、なんとか身を起こそうとして呻いている斉藤の体を、なるべく静かにそっと持ち上げた。そのまま体を反転させれば、自然と土方の方が斉藤に覆い被さる恰好になる。ちょっと驚いたように目を見開く斉藤の唇は、いまだに少し青ざめたままだ。
「こんなのはな、斉藤…」
そう言いながら顔を寄せて、斉藤の首筋に軽く吸い付き、土方はゆっくりと手を伸ばした。斉藤の着ている着物の前を開き、袴の前を緩め、手早く下帯までも解きかけて、その次には自分の着物を脱いでいく。
「あんた、何」
「いいから、お前は黙っていろ。…こんなのは俺だって、誰を相手にも、したこたねぇんだよ」
うっすら染まる白い素肌をして、そのすべらかな脚を広げて土方は斉藤の腰を跨いだ。怪我をしている斉藤の体には、間違っても負担を掛けないように、床に片手を置いて身を支え、脱いだ着物を丸めてから、斉藤の頭の下へと入れてやる。
「これなら楽だろう」
「…あぁ、そりゃあ。その、す、すいません」
「……ぶ…っ!」
酷く珍しいことを聞かされた、と、土方は思わず吹き出して、くすくすといつまでも笑っている。あまりのことに唖然として、それでも目の前に曝された土方の裸身に、斉藤はぼんやりと見惚れていた。
「何だ。見るだけでいいのか? 折角やりやすいようにしてやったのに。…少しは触れよ、そら」
と、怪我してない方の斉藤の手を取って、土方は自分の脇腹に触らせた。その手がそろりと彼の肌を這い、まだきっちりと締められたままの、真っ白な下帯に掛かる。手伝うようにして、自分の下帯を緩めて落とせば、ふるりと零れ落ちる薄紅のものが、もう斉藤の目の前に。
ごく、と息を飲んで、斉藤は思わず言ったのだ。
「これがもし、俺への冥土の土産なら、ここでこのまんま死んでも、惜しくはないかもしれない」
「ふざけたこと抜かしやがると、しまうぞ」
土方はそう言いながらも、やっと、じかに触れてもらえた快楽に、妖しく眉根を寄せるのだった。
「は…ぁ、あ…ぅッ…」
自分の片手の指と、指を組んだ斉藤の手に、うっかりすがったりしないように、土方は必死に膝に力を込めた。体を揺するたび、床板の上についた両膝が左右に滑ってずれる。ゆっくり受け入れようとしているはずが、ガクリ、とそこに斉藤のものが食い込んで、土方は仰け反った。
抉られる箇所までがいつもと微妙に違って、眩暈のくるような強い快楽。気を抜くと、怪我人の体の上に、身を崩れさせてしまいそうだ。もう一度、膝になんとか力を入れ、落ちかけた体をぎりぎりで支えながら、土方は髪を乱している。
「い、一回、抜く…。やっぱり無理…だ…っ」
「いや、そのままで」
「ひ、ぅあ…!」
腰を浮き上がらせて逃げようとしているのに、斉藤は強引に土方の腰を引き寄せ、今までで最も深く、己のものを受け入れさせた。その分、相手の重みが体にかかり、腕の傷が痛んだけれど、痛みを受け入れてあまりある恩恵だと思っている。
「さ、いと…。お前、の…カラダ、平気なのか?」
「少し痛む。が、どうでもいい。あんたを…抱けるんなら」
「ばっ…! これ以上、無茶をす…。あぁ、よせっ、そんな…ひぅ…っ」
苦痛に顔を歪めながら、斉藤は自分から腰を持ち上げて、ゆらゆらと数回、土方の体を揺すり上げた。
彼は土方の細腰を、両脇から両の手のひらで掴んだまま、突き上げるように動作する。痛みに眉をしかめたままで、それでも嬉しそうに口元で笑っている斉藤を、咎めるよりも心配して、土方は斉藤のしていることをやめさせようとした。腰に掛かった手を引き剥がそうとしかかるが、逆に重心が崩れそうになって土方は慌てる。
「もし、あんたの方が動いてくれるんなら、無茶はしない」
このやろう、と、つい思うのだが、身を離して逃げるのは、自分だって実は嫌で、羞恥に視線を逸らしながら、土方は恐る恐る腰を沈めた。ず…、と、それが奥へと突き刺さる。僅かな痛みと共に、理性を突き崩されるような深い快楽が押し寄せて、無意識に数回腰を上下させた。
「は、…っ、ぁ、あぁ…ッ、さい…と…」
「俺の胸の上へ、手を置いて」
「あ…。い、痛くねぇか?」
「あんたは軽いから、平気だ」
「言うにことかいて…。く…ぅッ」
言われるまま、胸に手を置いて身を支える。前屈みの姿勢になることで、また違う箇所に快楽が来て、土方は髪を振り乱して喘いだ。長い黒髪が、緩く横で結ばれたまま、鎖骨の下まで垂れている。それがさらさらと土方自身の肌を滑って、白い肌との対比に眩暈がくるほど扇情的だ。
「色っぽいな、あんた…。綺麗だ…。これが俺のものだなんて」
「し、死んでもいいとか、言うんじゃねぇぞ」
「死にたくとも死ねない」
「あぁ、そうだ。…それでいい」
二度と俺にこんな思いさせるな。と、心で土方は思っている。ガキの頃に一緒に遊んだ記憶なんざなくとも、この先も、乏しくて短い自由のその中で、この男とこんな時間が持てるのなら満足だ。
そうして、ふわり、と笑う顔に、斉藤は眩暈を感じていた。春はまだ遠いのに、小さな梅の花が咲くように、土方は美しかった。川の流れる静かな音がして、梅の花はここにこうして咲いて…。あまりよくは知らない、多摩の田舎の春を、斉藤はぼんやりと思ったのだった。
続いている、水車の音を聞きながら
終
ん〜。なんか綺麗にまとまりました、かね? エッチ、途中になっちゃいましたが、珍しいものが書けたので満足です。惑い星は水車なんかみたことないんですけど、それでも川の流れる水音と共に、優しい木の温もりを感じさせるような音が、聞こえていた気がします。
一枚の「ふるさと」切手から生まれたノベルでございますが、楽しんで貰えたら嬉しいですー。お付き合いありがとうございましたっ。
09/04/14