贄 の 声 4
「体を拭きたいんだ」
絞った手ぬぐいを渡すと、土方は島田の見ている前で、着物を肩から落とし、首筋から胸へと肌を拭き清め始める。白い肌が、そこだけ見ると女の肌としか思えないほど綺麗で、どうにも見ていられない。
「島田」
「は、は…い」
「あの男のことを、怒っているのか…?」
唐突な問いに、島田は怯む。肌を拭く手を止めて、土方は畳の縁へ視線を落としていた。怒っているのじゃない、と島田は眼差しで土方に教えてしまう。
怒っているなどと、そんな軽い感情じゃない。あの男を心底から憎んでいるのだ。首を折ったあの時の感触が、まだ生々しく手に残っているのだが、その感触に、奇妙な悦びを感じるほどに。
返事の無い島田の目に、禍々しいほどの心を感じ取って、土方は哀しげな目をするのだ。
「死んだものを…憎むな。そもそも、あれは俺にも咎があるんだ。確証のないものを、そのまま斬首に…」
「それが何だというのですか…!」
激しい声に、土方が驚いて顔を上げる。そのあらわな肩を掴んで揺さぶり、島田は激しく言葉を吐いた。
「だからと言って、貴方を…あ、貴方があんな…ッ」
「島田。痛い…」
「あ、あぁ、申し訳ありま…」
「…命は、軽いもんじゃねぇんだ。それへ幾つも、幾つも引導渡して、そのうちどれだけが正しかったか、俺は知らねぇ。それでもずっと、組の為にそうしてきた。これからもそうしてくんだ。…だから」
だからな、と土方は笑うのだ。向こうが透けて見えるのじゃないかと思うほどに、儚げな顔をして、美しい肌に陵辱の跡を散らし。
「組の為の贄を、てめぇ勝手に選んでく俺が、こうやって時にはあいつらの贄になったって、別に、それくらい」
土方は笑っているのだ。島田が自分に掴みかかっている手を、やんわりと外して遠ざけて、彼は言う。
「お前がどう思ってるか知らんが…俺ぁは、最初から清くなんかねぇよ。武家の出でもねぇしな。卑しい育ちで…。だから、ああいうことだって、初めてじゃねぇんだ。驚くだろう。けがらわしくて。
だからな、だから、そんなに俺を大事に扱うな。いたぶられて当たり前のこの身を、そんなにされちゃ、鬼みてぇに出来てる心が落ち着かなくて、寝覚めも悪い」
遠ざけられるままに、島田は土方の体を離して、彼の手から手ぬぐいを取って、まだ熱い湯で濯いで絞った。差し出すそれを受け取ろうと、ゆっくり伸ばされる白い手に、島田は穏やかな眼差しを注いでいる。
「指が…震えていますよ」
そうして島田は土方に寄って、土方の白い体を、手ぬぐいで拭き清めてやった。さっきまでとは違い、不思議なことに、島田の心はそれほど騒がない。
戸惑いながらも体を拭いて貰い、しまいには淫らな箇所まで拭われて、土方は声を堪えている。そんな彼へ、島田は酷く穏やかに、やんわりと優しい微笑を見せた。
「一つきりの自分のお体を、黙って贄にと差し出して、それほど辛いのを我慢して…そんな優しい鬼など、島田は知りません」
「な…っ。俺ぁは、優しくなんざ…っ」
「…涙が、零れています。鬼の目にも涙、ですか?」
痩せた頬に、島田の無骨な指が触れる。項垂れたその顔を上向かせ、吸い寄せられるように、島田は土方の睫毛の涙を唇に受け止めた。整っているとは言いがたい、男っぽい島田の頬が、よく見なければ判らない程度に赤く染まっていた。
「その、ご…ご無礼を…っ」
驚いたような顔で島田を眺める土方の目の前で、彼は急に傍から離れ、ずうっと部屋の隅の方まで下がっていってしまう。
「…別に貴方の罪などでは、あ、ありませんがっ、今度は俺が副長に何をするか…。そろそろ、失礼します。とにかく、お体をいたわって下さい…っ」
「待ってくれ、島田」
「は…、はっ」
外へ出て行きかけて呼び止められ、彼の大きな体は震えている。
「明け方まで居てくれ。…何をしても、構わねぇから」
「副長…。そ、それは」
「俺はお前ならいい。お前は俺じゃ嫌か」
嫌な筈が無い。と島田は脳裏で激しく思う。優しい鬼が、ここに居た、と泣きそうな思いで振り向いた。
優しくて、美しくて、本当は脆くて
そんな鬼に、自分は逆らえない。
きっと、生涯、この人の為に。
「ずっと、お慕い…していました」
島田の言葉を聞いて、土方は、知っていた、とでも言うように微かに頷いた。
終
どーにもヘタレ文です。すいません。何故だかこう…あっさり終わってしまって。ふぅ…。やっぱり真ん中とか冒頭をあんまり盛り上げると駄目ですね、私。こんなんだけど、島土ファンの皆様に捧げます。
エチもかけなかったけど、それはきっと、きっと、きっときっときっと、いつかまた別のお話の中でっ。
08/02/19