もみじ葉に慕う




 部屋の隅で、灯りが音もなく揺れている。

 まさか朝まで続くのか、と時に土方は思うのだ。十も年の若い男に抱かれ、幾度放っても、放たれても、まだまだ足りぬと無言で引き寄せられ、力の抜けた脚を広げられ、熱い身体を重ねられて。

「あ…。て、めぇ…。いい、かげんに…っ。んぁ…ぅうッ!」

 咎め立てする声が途中で磨り潰されるように、彼の喉の奥に消え、替わりに嗚咽が零れて落ちる。先端をそこにあわせて、一気に貫かれる。その動作はまるで、抜き放って振るった刀を、あっさりと鞘に落とし込むように。

 この、ばかやろう、鞘と刀とおんなじように、すとんと抵抗なく滑り込むようなもんじゃぁねぇんだ。少しぁ加減というものを。

 消された悪態は心で渦を巻くものの、それまでが快楽に押し流され、とろけて甘い声になる。容赦なく自分が突き上げられているのか、入れられた途端に、自分から腰を揺すり上げているのか、もうよく判らない。

「は、ぁ…っ。あぁあッ! さい、と…っ、く、ふ…ぅ…」

 斉藤の腹の上に飛び散った、己の熱い体液が、とろりと零れて、まだ繋がりあったままの場所へと、流れて流れて戻ってくる。そんなぬめる感触が、自分の淫らさを指し示すようで、どうにもこうにも…。

「もう、離れろ…っ、今、離れなかったら、お前とは金輪際…っ。ひ…ぁッ!」

 唐突に激しく、しかも一気にそれを抜き取られて、あげるつもりも無い声が上がる。吸い付くように受け入れていた場所が、まるで斉藤のそれを惜しがるようにひくついて、その瞬間にまた一度、土方は小さく放ってしまっていた。

「…抜いた。これでいいのか?」

 広げられた脚を閉じ合わす力も、すぐには取り戻せず、土方は後ろに両肘付いて、それでもじろり、と斉藤を睨む。斉藤は睨まれたことなど気にせぬふうで、力ずくで奪い取った彼の着物を、畳の上にするりと引き寄せ、それを無造作に土方の体の上に掛けた。

「どうすればいい、着せた方がいいか」
「いらねぇ…っ」
 
 それでもなんとか脚を閉じて、土方は掛けられた着物を体の上に引き上げる。引き上げすぎて、脚がまた腿まで見えて、その白い肌の色に、斉藤は自分でも気付かず目を細めていた。

「前に…。真っ赤な紅葉を、見に行ったことがある」
「いきなり何、言い出しやがる」

 だんまりも嬉しかねぇが、それにしても、あまりにいきなりな。眉をしかめて土方は言うのだが、無視して斉藤は言葉を継いだ。

「その見事な紅葉の色が、ずっと俺の頭の中に残っているのだが」
「……」

 土方はまだ苛立ちのおさまらない目で、それでもじっと斉藤を見る。腹が立つほど寡黙なこの男が、聞かれもせぬのにそんなことをいうのが珍しくもあったし、見事だ、と斉藤に言わせるような紅葉を、自分も見てみたいと、土方は思った。できるならこの男と一緒に。

「その時、俺は『まるで血の色だ』とそう言った。聞いてた女は、何か恐ろしいものでも感じたらしいが」
「女…? 女と?」
「どうかしたか」
「いや、別に」

 髪も体も、まだ乱したままのような姿で、土方は、ぷい、と横を向く。女と紅葉見物に行った話なんぞ、聞きたくもないし、聞かせる斉藤の気持ちも判らない。どうしてくれよう、と土方は思う。

 出て行けとでも言ってやろうか、終わったんならもう用はない、とでも。だけれどそんなことを言って、本当にすぐに立ち去られてしまったら、次の逢瀬までがきっと、酷く長く感じられるだろう。結局口をへの字に曲げて黙っている土方に、斉藤は同じ声の調子で続けた。

「その女の連れの男は、どこか嬉しそうな顔をした。どちらにしても、俺の思っていることは、その男と女には判らなかっただろう」
「……誰の、ことだ」
「もう、居ない奴のことだ」

 誰、なのか。土方は考えるのをやめた。斉藤のその言葉だけで、なんとなく判るような気がしたからだ。彼はその二人のことなど、何も関係ないと言いたげに、うっすら笑って小声で言った。

「その時、その紅葉の赤い色で、俺があんたを、初めて抱いた時のことを思い出したんだ。あんたはあの時、少し、血を流した」
「なっ、なに言いやが…っ」

 かぁ、と頬に朱がのぼる。確かに、そうだ。あの時のことを忘れられやしない。男が男にいきなり押し倒され、四肢の自由を奪われ、口も聞けぬようにされ、さんざ犯された時のことを、そんなにすんなり忘れ去れるはずも無い。しかも、その男と今もこんな関係とあれば、尚の事。

「…女は、最初に男と契るとき、血を流すだろう。それと同じとも思えなかったが、俺はあんたのその血の色を見た時に」
「も、もういいっ、言うなっ」
「興奮、したんだ」

 外に声が聞こえてしまいそうなほど、激しく遮って、土方は布団の上でもがいた。それでも続きを聞かされた。本当は立ち上がり、隣の部屋へでも逃げたかったのだが、脚も腕もいう事を聞かなくて、無様に足掻いただけに終わっている。

 布団についた片手が、彼自身の着物の端を踏んでいた。そのまま四つん這いで進もうとしたものだから、着物は布団の上に落ち、土方の裸身がまた斉藤の目の前に曝け出されている。

「土方さん」
「…うるせぇ…ッ」
「怒ったのか。金輪際抱かせてくれないのか」
「………」

 黙り込み、土方はちらりと斉藤を見る。それからすぐに視線を逸らして、こっそりと震えた。一瞬目に映った斉藤が『怖い』目をしていたからだ。欲情したからといって、十も年上の男を、しかも上司を、押さえ付け縛り上げて強姦した男なのだ、こいつは。

 その後しばらくしてから、惚れていると告げられ、流されるようにして今に到っているのだが、恐らく、今だって必死に抗ったりすれば、同じことをされそうな気がする。また土方の背筋は、ぞくり、と。

「そうは…言ってねぇだろ…」

 そうしてぽつりと否定してやれば、斉藤は途端に視線を、ほんの僅かだけ和らげる。けれどもそれも束の間、また怖いような色が彼の目に滲んだ。

「また、あの赤い色が、見たくなった…近いうちに」
「…も、紅葉のことだろう…?」
「さぁ…」

 背筋に震えが走る。血を見るほどに激しく抱きたいと、そう囁かれたように思ったのは、気のせいなのか、そうじゃないのか。そうされたい、と思ったのは、気のせい、だろうか。

「紅葉なら、俺もお前と見たい。まぁ、そうそうそんな暇もねぇだろうけどな」

 自身の感情を誤魔化す意味もあって、なるべくさらりと、土方は言った。斉藤はその時、驚いたように目を見開いて、その唇でほんの微かに笑ったようだった。こんな時は、少しばかり、彼が年相応に見えなくもない。俺もお前に惚れている、とか、そんなことは、今更口にはできねぇが。

 土方の年の若い恋人は、その後、どこか恐々彼を抱き寄せる。不遜で勝手な態度が、時にそうして揺らぐのが、想われている証だろうか。怒ってないか、と視線が問う。知らねぇよ、と意地悪く笑って見せる。包まれながら、彼は言った。

「しばらくそうして、ただ抱いていろ、いいと言うまで」

空が白むまで、土方は彼に抱かれていた。




 斉藤がその次に非番だった時、約束していたにも関わらず、彼は中々土方の部屋に来なかった。何かあったのかと案じ始めた頃、らしくもなく息を切らして彼は現れたのだ。

 真っ赤に色付いた、紅葉の枝を一つ片手に提げて。



















 綺麗な綺麗なもみじの絵葉書を頂いたので、こんな話が浮かんでしまいました。あれー、可笑しいな、別カプを書く予定だったのに。ごめんよ、島田、次こそ貴方を書きますね。

 これ、実は大河のワンシーン引用ですが、いろいろ嘘がありそうだ。ま、気にしないでくださいませよ。所詮はこんなヘタレな「組」もの書きです。


2008/10/25