曲がり刀と対の鞘 ・ 後




 刀と言ったら武士の魂だ。それをどうしてきたか覚えが無いと斉藤は言っている。ついさっき、土方がこっそりと見た斉藤は、あんなに一心に刀の手入れをしていたというのに。

 それこそ、土方が小声で斉藤の名を呼んでも、ちっとも気付かないくらい、一心に刀ばかり見ていたくせにだ。

 斉藤が呆然としている目の前で、土方の部屋の障子が内側から開いた。そこに立っている土方が、何故だか少し笑った顔で、彼の腰あたりを見下ろしている。

「確かに腰には無いな、見てきちゃどうだ? 気になるだろう」

 笑いながらそう言っている土方から、その時。ふわりと梅の匂いがする。庭で嗅いだのもこの匂いだ。早春の香り…。梅の花の匂い…。

 斉藤は間近から真っ直ぐに土方を凝視して、きっぱりと言い放った。

「いや、こっちが先だ」
「何が先だって?」
「あんた、俺を怒っているのか?」

 自分の体で土方を押すようにして、斉藤はもう、強引に部屋へと入ってきてしまう。そうくると思っていなかった土方は、数歩下がりながらも、斉藤が後ろ手に障子を閉める音を聞いた。

「報告の時、一度も俺を見なかった。怒っているんだろう。何故だ」
「…別に」
「じゃあ、なんで俺を見なかったんだ」

 両肩に手を掛けられ、そうして淡々と聞かれながら、土方は何故だか少し可笑しくなる。怒っていると誤解するのは判らなくもないが、じゃあどうして土方が彼の部屋へきて、こっそり見ていたのかとか、それは考えない斉藤があまりに可笑しい。

「怒っているなら、わけを言ってくれ。気になってどうにもならない」

 それこそ、刀を放ってくる程だ。斉藤が土方の態度に、色々と動揺しているのは間違いなかった。

「さっきは…他の隊士も、わらわら居やがったから、わざと見ないようにしただけのことだ。別にそれ以外、何もねぇよ。お前を見ると、時々目が…そこに止まっちまう時があるから」

 それもこれも、食い入るような凄い目で、斉藤が自分を見るからだ。夜を一緒に過ごすたび、感情の底まで全部侵すほどの、そういう抱き方をしやがるから、それを思い出しちまうこともあるし。

 告げられた言葉を聞いて、斉藤は微妙に頬を赤くしているのだが、夜の薄闇の中では、そんなことは土方にも判らない。いつもと同じの無表情に見え、土方の方は、つい心を明かした自分に腹が立ってくる。

「とにかく、怒ってなんざいねぇし、見なかったわけも言った。さっさと刀を確かめにいけ!」
「…嫌だ」
「い、嫌だ?! 賊が入ってきたらどうするんだっ。大人しく斬られるのかっ?」
「相手の刀を奪う」
「あ、相手が槍だったらっ?」
「その時は、あんたの脇差を貸してくれ」
「こ、この…ッ、勝手ばっか言っ…。さい、と…っ」

 唇を塞ぎながら、斉藤は土方の細い腰に腕を回し、強く体を重ね合わせる。双方、腰に刀がないから、合わせた体には隙間がなく、着ているものの布越しに、生々しいくらいの形を感じてしまう。

 土方は文字通り腰が引けて、身を離そうともがくのだが、後ろへ下がろうとすればするほど、斉藤の片膝が、彼の両脚の間を割ってくるのだ。そうしてなお、彼のそこの熱や、さらに微妙な角度までもが、自分の股間に伝わって…。

「妙なもん、す、すり寄せてんじゃ…ッ」
「あんた、いい匂いだ。香でも付けてるのか」

 鼻の先を耳朶に触れさせて、それからその耳朶を唇で愛撫して、斉藤は甘く囁く。土方はそうやって敏感な場所を攻められ、無意識に斉藤の背中に縋って喘いでいた。

「香、じゃない。ただの…梅の茶だ…。ん、ぁ…」

 実は山南さんから貰ったのだと、そこまで説明しようとするが、もう声が続かない。柔らかな唇を吸われながら、着物の襟を左右に開かれ、片方の乳首がそこから見えた。

「…んぅっ、ふ…、け、けだものか…っ? お前っ、離…っ」
「暴れないでくれ。声も大きい。誰か来てこんなところを見られたら、あんた、困るだろう」

 困るのは副長だけだ、と言いたげに、斉藤は土方の耳に囁きを落とす。是非も聞かずに着物を乱され、解かれかけた白い下帯が、もう土方の足元まで零れている。

 自分は着物の前を開くだけして、下帯を器用に少し緩めて、斉藤は猛っているそれを、もどかしげに外へと引き出した。立ったまま、片膝だけを抱えられて縦にふとももを広げられ、土方は声をひそめたままで斉藤を罵った。

「けだものッ。お前、武士として少しは恥じらいというものを…っ! ぁ、はあぅぅッ!!」
「あんた、声が大き過ぎる…」
「だっ、誰の、せいっ。ひぅ、ぁぁッ」

 閉じた障子の前に立ったまま、左膝を抱えあげられて、土方は深々と貫かれていた。嫌でも斉藤の体にすがり付いていなければ、まともに立ってもいられない。

 ぐいぐいと強引に突き上げられ、容赦なく奥を突かれるたびに、床に残った右足の踵が、畳から簡単に浮いてしまう。立ったまま抱かれるのも初めてで、ましてや後ろにある穴に、前から強引に捩じ込まれ、いつも以上にそこが広げられている。

 斜め前から体を押し付けてくる斉藤の、熱く天を向いたそれが、無理な角度から突き入れられて、痛くて苦しくて、それなのに息が止まりそうに感じてしまう。

「変だ。全部入らない…」
「…っ、ば、馬鹿か?! こんな無理な恰好で…っ」
「じゃあ、一回抜いて入れなおすか」

 少し上擦っているものの、いつもとあまり違わない斉藤の声音が、聞いていて酷く腹立たしい。自分はこんな泣くような声をあげているのに、なんで斉藤は余裕なんだ。十も年下のくせして、可愛くない。だいたい不遜だ。

 この時の土方は、感じすぎているせいなのか、考えていることが少し可笑しい。腹が立つなら、突き飛ばすなり罵るなりすればいいものを、年上の威厳を見せようと、なんとか息を静めてこう言った。

「か…角度が悪いんだ。一箇所ばかりに当たってるから、そのまま突いたって、奥まで…入る筈がねぇ。だから、す、少し抜いてもう一回…。んくぅ…っ、はぅッ」

 斉藤の方が、腰を下へ落とせばいいものを、彼は腕に抱えている土方の片膝を、更に上へと持ち上げた。刺さった肉の杭は、それで確かに少し抜けたが、土方の右足は畳から離れ、宙に浮いてしまっている。
 
 体が傾いて、奥を滅茶苦茶に抉られ、土方は今にも気を失いそうに感じていた。

「こう…か?」
「てめ…ぇっ。ち、がっ…」
「違うか」
「は、ぅああぁ…ッ」
 
 着たままの斉藤の着物の腹が、その時、熱い滴りでぐっしょりと濡れた。体を向い合わせたまま、こんな酷い繋がり方を強いられ、土方がとうとう射精したのだ。

 イく時はいつも、小刻みに体を揺すって果てるから、その腰の揺れで、斉藤のそれが、土方の体をゆっくりと、さらに深く貫いていく。とうとうすっかり奥まで入って、根元まで受け止めてもらって、斉藤は一人、妙に満足そうに笑う。

「…無茶な入れ方でも、たとえ多少なりと曲がってても、あんたはちゃんと受け入れてくれるんだな。俺の刀と鞘よりも、あんたと俺の体の方が、随分と馴染みがいい」

 間近で上気した頬を見せながら、土方はそれでも悪態をついた。

「じ、自分のもんを抜き身の刀と思うんなら…っ、ちったぁ、鞘を大事にしやがれ。俺のは木でも鋼でもねぇ、柔らかい肉で出来てんだっ」
「…凄いことを言う」

 斉藤にそう言われ、妙に生々しいことを言ったと自覚して、土方は体を繋がれたまま、無理に顔を横へと向けた。まだ一度もイってないのに、斉藤はゆるゆると自身を抜いて、土方の体を畳の上に横にさせる。

「なら、大事な鞘と、この刀がもっとしっくり馴染むように、あんたを」

 着物を脱ぎながらそう言われ、腹を立てたような目をしながら、もう土方は抵抗しなかった。体を近寄せられると、目を逸らしながら膝を開いて、露な腰を浮かせて斉藤を迎え入れる。

 慣れた姿勢で前から繋がって、斉藤の腰に脚を絡めれば、尚更一つになれた気がして気持ちがいい。ゆっくり、ゆっくりと揺さぶられて、斉藤が中に放ったあと、緩く抱かれながら土方が聞いた。

「お前、怪我はしてねぇのか…?」
「…そういえば腕を少し。血が滲んだ程度で怪我のうちに入らない。それより刀が僅かに曲がって、なかごが緩んで血が入ったから手入れしてたんだが、その間、あんたのことばかり考えてて、なにをどうしてたか覚えがない。報告の時、あんたが俺をちっとも見ないからだ」

 斉藤は不満そうにそう言って、尚更強く土方を抱いた。何もない畳の上を睨み据えながら、彼はブツブツと何か呟いている。

「あんたの姿が見えたからって、手入れ途中の刀を放り出してくるなんて、自分が少し、信じられない…」

 それを聞いた土方は、現金にも酷く上機嫌になって、斉藤の裸の脚の間に、そっと片膝を滑り込ませる。滑らかな肌の感触を太ももに感じて、斉藤はまじまじと土方を見た。眩しいような綺麗な顔で、土方は斉藤の耳元に言ってやる。

「刀を見に行かなくていいのか」
「…刀とあんたと、どっちか選べと言われてるような気がする」
「考えすぎだ」
「ここで刀を見に行ったら、あんた、俺を嫌いになる」
「考えすぎだと言ってんだろう」

 だが、土方は引き止めるように、斉藤の片膝を自分の両膝で挟み込んで離さない。斉藤がその滑らかな膝を、自分から振りほどけるはずがなかった。

「戻らねぇのか…?」

 もう一度土方が言ったのは、二回目に体を繋げる直前。肌の全てを曝した土方に、誘う目で見上げながら言われて、斉藤はほんの少し笑ってしまった。

 十も年上のクセに、子供みたいな罠のはめ方。
 なのにこんなふうに溢れるほど、年上の色気を滴らせて。

「もう一度、この鞘に刀をおさめたら戻る」

 怒ったような真剣な顔で言って、斉藤は火傷するほど熱い肉の刀を、土方の狭い鞘の中にゆっくりと突き入れた。苦しそうに眉をしかめながら、それでも土方も、微かに笑ったようだった。

「溶けそう…だ」

 薄闇に聞こえた声が、どちらのものだったのか、土方も斉藤も、あまり意識してはいなかった。



                                    終

 
 






 おっ、書きたかったラストのお茶目が、書けなかったよ。なんてこったい。まぁ、いいや。笑。いや、そのね。斉藤さんが元に部屋に戻ったら、実はちゃんと刀が刀掛けに置いてあって…ね。

 なぁんだ、あんなに急いでても、土方さんに首っ丈でも、無意識に刀は大事にしてるのよ、このヒト。でも土方さんは、刀より自分を想ってくれてる斉藤さんに舞い上がってるのよ?

 というわけで、斉藤さんは「やっぱり刀は放り出してあった」とかなんとか、土方さんには言っておく、という。そういうエピソードが入れられませんでした。やはりノベル書きは思うとおりにいかないよ! それはそれで楽しい私なのです!

 それにしても、後編、長っっっ。汗。


 
08/01/20